本編 ーfirstー
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日の告別式での稲嶺介助役は郁だ。
他の特殊部隊隊員は皆、私設図書館からの資料の輸送の任についている。
郁のアシスタントとしては咲が当たっていた。
車の乗り降りの手配・手伝いや、郁が稲嶺についたまま誰かが走れるようにするためだ。
式は速やかに、厳かに進んだ。
練習を始めたころは、遠目に見ても危なっかしかったが、今日は危なげなくこなしている。
(本当に努力家だから)
そんなきらきらした姿が眩しくて、咲は細めた目を下に向けた。
何故か、その眩しい姿は見ていられない。
式が終わる15分ほど前、咲は手配した車に先に行っておこうと式場を後にする。
車の傍に行くも、トイレにでも行っているのか運転手の姿はなく、業務用の携帯から運転手に電話をかけるがなかなかつながらない。
いらだちを隠せないように携帯の背中をコツコツと指で叩きながら、相手が出るのを待つも。
「やっぱりトイレかな……」
咲はため息をつき、そして咄嗟に大きく右に跳んだ。
大きな音が鳴り、咲は唇を噛む。
ちらりと振り返ると車のボディに凹みが見え、棍棒を構える男が見えた。
その男の背後に更に男を4人確認すると走り出す。
(特殊部隊がいない隙に、稲嶺さんを狙ったのか)
携帯のバイブが着信を告げる。
チラリと画面を見れば、郁だった。
彼女と稲嶺がこちらに向かうのが1番まずい。
電話に出て、こちらに来ないように言うべきか、電話に出なければおかしいと思って来ないだろうか、それともーー
バァン
足に熱を感じ、そのまま倒れ込んでしまう。
「いらぬネズミが入ったな」
(撃たれたッ)
自分が放ったことのある銃弾ではあるが、撃たれたことなどない。
この傷がどれほどのものかもわからないが、焼け付くように痛い。
カチャリと音がして、首筋に冷たい銃口が押しあてられた。
恐怖に体がすくむ。
唇は震えて、声も出せなかった。
全身が心臓になったかのような脈動と、痛みに震える荒い息が、酷く耳ざわりだった。
「……咲?
どうしたの?」
告別式が終わって会場から出たと言うのに、予定の場所に居ないため電話をかけたが、携帯を落としたような激しい音の後、返事がない。
不穏な空気に不安になり、郁は駆けつけた山本に黙るように指示を出して一緒に携帯を耳に当てる。
聞こえるのは複数の足音と、
『いらぬネズミが入ったな』
少し遠くから聞こえる聞き覚えのない男の声だ。
そして携帯に近づく足音。
山本は稲嶺のそばに屈むと、小声で何か耳打ちをした。
電話対応をしている郁には後から告げるつもりなのだろう。
電話から舌打ち音がして、その後にガサガサと音がした。
どうやら拾われたようだ。
『女の隊員はこちらだ。
多少血は流しているが、息はある』
稲嶺と山本も聞き耳を立てる。
「なにが目的?」
『稲嶺和一の身柄だ。
お前たちが逆らえば、監視している同士が動く手はずになっている。
お前たちの傍にもいるはずだ。
不審な動きをすれば、会場を爆破』
『嘘だ!言う事を聞いては』
一瞬の咲の声の後、殴りつける音がした。
「咲ッ?!
やめて!!」
思わず郁が電話口で叫ぶ。
男がそれを好機と思うことを知らずに。
しばらくして音がやんだ。
「笠原君、電話を貸してはいただけませんか」
静かな稲嶺の声に、郁は一瞬迷った後、携帯を手渡した。
稲嶺の瞳がすっと細められる。
誰かを思い出すように。
「その子には手を出さないでくれないか」
貴方が(君が)かけがえのない人だから