本編 ーfirstー
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「お前は戦力にならないと俺が判断した」
耳に入った突き放すような言葉に、咲は思わず廊下を曲がりかけた足を止め、慌てて音を立てないように数歩戻った。
その時こちらに背を向けている郁には当然気付かれることはなかったが、彼女の正面に立つ堂上とは確実に目が合っていて、気まずさに手が汗ばむ。
「堂上教官は私のこと信用していないんですね」
続く、涙を堪える声。
(あの人は、そうして切られに行く)
「信用できる何かを見せたのか、お前は」
そう言い残し、去っていく足音。
咲も慌てて来た道を戻る。
(……優しいから)
「日野の悪夢」を含む良化法に関するあらゆる情報が収蔵された私設図書館が閉館する噂は咲も小耳に挟んでいた。
資料が護送されるのは間違いなく、出るなら特殊部隊だろう。
その人員配置の件だろうか、と推察する。
あの二人の感じているだろう胸の痛みを想像するのは容易い程に、ずっと見てきた。
だからこそ、その胸の痛みがどこか羨ましい。
思いと、絆、互いが互いにとって大切な居場所に違いないからだ。
それを考えるほど胸ががさがさと音を立てる。
苦しい、と思った。
全ては無い物ねだりだと、強く拳を握り前を向く。
ふと今朝、柴崎と今夜飲むから部屋に来ないかと郁に誘われた事を思い出した。
もちろん咲はノンアルコール限定なのだが、ちょうどその時、アルコールを切らしていると言っていたはずだ。
この分では今夜は辞退した方がよさそうだと咲は思う。
それが互いの為である、と。
そうであるのに心のどこかで寂しく思う自分がいた。
あの郁の眩しい笑顔の温もりも、柴崎の穏やかな眼差しも、自分に向けられたその瞬間を思い出すだけでひどくくすぐったい。
朝から楽しみにしていた自分は弱く、惨めだ。
だが悔しいくらい羨ましいその人を、その羨ましい程の眩しさ故に、好きなのだと痛感する。
それがまた悔しくて、でも、寂しい。
(帰りはビール買おうかな……)
幼さを持て余す自分がまた、惨めだった。
「あれ……ビール、切れてたはずじゃ……」
冷蔵庫を開けた郁は首を傾げる。
「可愛い三河屋さんが持ってきてくれたのよ」
柴崎が小さく微笑む。
「可愛い三河屋さん?」
郁は要領を得ないようだ。
「ま、飲んですっきりして、明日から車椅子の介助練習しましょうか」
柴崎は綺麗に笑う。
咲の郁への思いを危険視していた柴崎であるが、これを届けに来た時の咲のいじらしさに気を良くしたのだ。
それはしばらく前のこと。
ノックの音にドアを開ければ、俯いてビニール袋を持つ咲がいた。
ー早いじゃない、笠原まだなのよー
ー誘っていただいて申し訳ないのですが、友人との約束を思い出しまして、それで、差し入れだけでもと……ー
視線を逸らして捲し立てるように一気にそう言って、袋を差し出す。
毬江以外の交友関係を知らないため何ともいえないが、柴崎は何処か嘘くさいと思った。
ーどうしたの?ー
何か思い詰めているのだろうかと優しく尋ねると、はっとした様に柴崎の顔を見て、僅かに安堵を見せる。
それから少しして、はにかんだ。
ー……なんでもないんですー
そのどこか満たされたようにさえ見える姿に、この子はいつも1人で生きてこなければならなかったのだと思った。
たった一言、尋ねられただけで満足する程、彼女が今まで経験した優しさは薄いのかもしれない。
そのいじらしさに、もっと愛情を与えたいと思う反面、彼女が今これで良いなら、与えすぎるのは彼女にとって良くないだろうと思う。
そこでふと昼に、食堂で耳に挟んだ話を思い出す。
「そうだ、笠原はこんなに飲めないから半分届けて欲しい先があるの」
「あれ……ビール、切れてたはずじゃ……」
冷蔵庫を開けた堂上は首を傾げる。
「ん?
ああ、気の利く三河屋さんが届けてくれたんだ」
小牧がおつまみを出そうと棚を漁る。
「どうやらもう一軒のお得意様はお酒が弱いらしくて、1パックもいらないんだって」
堂上は気づいたらしく、はっとした顔になり、それから頭を掻いた。
気が利きすぎだ、バカ
耳に入った突き放すような言葉に、咲は思わず廊下を曲がりかけた足を止め、慌てて音を立てないように数歩戻った。
その時こちらに背を向けている郁には当然気付かれることはなかったが、彼女の正面に立つ堂上とは確実に目が合っていて、気まずさに手が汗ばむ。
「堂上教官は私のこと信用していないんですね」
続く、涙を堪える声。
(あの人は、そうして切られに行く)
「信用できる何かを見せたのか、お前は」
そう言い残し、去っていく足音。
咲も慌てて来た道を戻る。
(……優しいから)
「日野の悪夢」を含む良化法に関するあらゆる情報が収蔵された私設図書館が閉館する噂は咲も小耳に挟んでいた。
資料が護送されるのは間違いなく、出るなら特殊部隊だろう。
その人員配置の件だろうか、と推察する。
あの二人の感じているだろう胸の痛みを想像するのは容易い程に、ずっと見てきた。
だからこそ、その胸の痛みがどこか羨ましい。
思いと、絆、互いが互いにとって大切な居場所に違いないからだ。
それを考えるほど胸ががさがさと音を立てる。
苦しい、と思った。
全ては無い物ねだりだと、強く拳を握り前を向く。
ふと今朝、柴崎と今夜飲むから部屋に来ないかと郁に誘われた事を思い出した。
もちろん咲はノンアルコール限定なのだが、ちょうどその時、アルコールを切らしていると言っていたはずだ。
この分では今夜は辞退した方がよさそうだと咲は思う。
それが互いの為である、と。
そうであるのに心のどこかで寂しく思う自分がいた。
あの郁の眩しい笑顔の温もりも、柴崎の穏やかな眼差しも、自分に向けられたその瞬間を思い出すだけでひどくくすぐったい。
朝から楽しみにしていた自分は弱く、惨めだ。
だが悔しいくらい羨ましいその人を、その羨ましい程の眩しさ故に、好きなのだと痛感する。
それがまた悔しくて、でも、寂しい。
(帰りはビール買おうかな……)
幼さを持て余す自分がまた、惨めだった。
「あれ……ビール、切れてたはずじゃ……」
冷蔵庫を開けた郁は首を傾げる。
「可愛い三河屋さんが持ってきてくれたのよ」
柴崎が小さく微笑む。
「可愛い三河屋さん?」
郁は要領を得ないようだ。
「ま、飲んですっきりして、明日から車椅子の介助練習しましょうか」
柴崎は綺麗に笑う。
咲の郁への思いを危険視していた柴崎であるが、これを届けに来た時の咲のいじらしさに気を良くしたのだ。
それはしばらく前のこと。
ノックの音にドアを開ければ、俯いてビニール袋を持つ咲がいた。
ー早いじゃない、笠原まだなのよー
ー誘っていただいて申し訳ないのですが、友人との約束を思い出しまして、それで、差し入れだけでもと……ー
視線を逸らして捲し立てるように一気にそう言って、袋を差し出す。
毬江以外の交友関係を知らないため何ともいえないが、柴崎は何処か嘘くさいと思った。
ーどうしたの?ー
何か思い詰めているのだろうかと優しく尋ねると、はっとした様に柴崎の顔を見て、僅かに安堵を見せる。
それから少しして、はにかんだ。
ー……なんでもないんですー
そのどこか満たされたようにさえ見える姿に、この子はいつも1人で生きてこなければならなかったのだと思った。
たった一言、尋ねられただけで満足する程、彼女が今まで経験した優しさは薄いのかもしれない。
そのいじらしさに、もっと愛情を与えたいと思う反面、彼女が今これで良いなら、与えすぎるのは彼女にとって良くないだろうと思う。
そこでふと昼に、食堂で耳に挟んだ話を思い出す。
「そうだ、笠原はこんなに飲めないから半分届けて欲しい先があるの」
「あれ……ビール、切れてたはずじゃ……」
冷蔵庫を開けた堂上は首を傾げる。
「ん?
ああ、気の利く三河屋さんが届けてくれたんだ」
小牧がおつまみを出そうと棚を漁る。
「どうやらもう一軒のお得意様はお酒が弱いらしくて、1パックもいらないんだって」
堂上は気づいたらしく、はっとした顔になり、それから頭を掻いた。
気が利きすぎだ、バカ