本編 ーzeroー
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毬江が勧めたのは「レインツリーの国」だ。
本を差し出すと咲はしばらく表紙を眺め、
それから頷いた。
了承の意を示しているのだろう。
『読んだことある?』
読書家の彼女ならば読んだことがあるのかもしれない。
不安になって尋ねた問いは悲しくも肯定されてしまった。
毬江がこの本を手に取ったのは、小牧に勧められたからだ。
この本を勧めたせいで小牧がひどい目にあわされてしまったけれど、特別な本であることは変わりない。
だから誰かに勧めるならこの本、と決めていたのだ。
(どうしよう……)
毬江の心配をよそに、咲は首をかしげる。
そして手が動いた。
『もう一度読みたいからいいよ』
ノートの端に書かれた文字にホッとした。
彼女と対峙していると、とても不思議な感覚に襲われる。
口数が極端に少なかったり、表情がほとんどないせいで、コミュニケーションがとりずらいことこの上ない。
それなのにどうしてか、必要最低限の事務的なやり取りはスムーズに行われる。
彼女自身は感情を表に出すことはないのに、相手の感情を読み取ることは得意に見えた。
ほっとする毬江に彼女が差し出したのは、詩集だった。
『読んだことある?』
引き続き書かれた言葉に首を振る。
詩自体、学校の授業でしか読んだことがない。
でも、その本の表紙をなでる咲の手はとても優しい。
あまり有名ではないからーー
彼女の唇はそう動いていた。
特に伝える必要もない言葉なのだろう。
彼女は顔をあげて、初めて顔を合わせた時のように、目元だけでかすかに微笑んだ。
その表情に、この本に込められた思いを感じた。
『大切に読むね』
小牧が近くにいるからだろう。
本に対する気持ちは、自分もわかっているつもりだ。
本を通して、自分は小牧とつながっていられた。
自分と小牧を近づけてくれたのも、やはり本だった。
ちょうど借りていた本も読み終わったところだから、帰りの電車から早速読んでみようと思う。
大切なものを知ってほしい人