本編 ーzeroー
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「晴れてよかった。
あの洋服、きっと映えるよ」
学校には馴染まなかった。
だから、卒業することには何の寂しさも感じないけれど。
「うん」
小牧さんと一緒に出かけられるのは、どんなことにも代えがたい喜びだけれど。
「どうしたの?元気ないね。
大学にも合格して、制服も脱いで、これから小牧さんと仲良しさんできる人とは思えない顔」
体育館から出て、正門に向かう道。
毬江は曖昧に微笑んだ。
彼女は寂しくないのだろうか。
自分とーー 毬江と、離れることが。
「きっと素敵な日になる。
もう、毬江ったら」
不意に頬がこすられて、驚いた時には涙がこぼれていた。
「ばーか、泣いたら赤くなっちゃうよ、せっかくの卒業祝いデ―トが……」
「馬鹿は咲でしょ、馬鹿っ!」
涙をぬぐう手を払って、思いっきり抱き着く。
周りも似たような状況だから浮いてはいない。
「私、こんなにさみしいのに、咲の馬鹿っ!」
背中に腕が回され、優しくなでてくれる。
小牧さんのような、しっかりとした手じゃない。
もっと細くて、弱い手。
でも、ずっと柔らかい、大切な友達の手。
「ありがとう、毬江。
私も寂しいよ。
ずっと一緒にいたかった。
今までみたいに、毎日顔を合わせて、笑いあって、いつまでもずっと」
その一言が欲しかったのだ。
彼女はいつも、欲しいものをくれた。
友達も、小牧のぬくもりのきっかけも、本も、未来も。
「でも、また会えるでしょう?
あなたの恋人は私の上司になるんだから。
小牧さんに会いに来るのに、私に顔を見せないなんてこと、しないよね?」
返事を返せば嗚咽が漏れてしまいそうだったから、頷いた。
咲は近づいてくる小牧の姿を見つけ、少しだけ待ってあげてください、必ず送り出しますから、と口パクで伝えると、彼は頷いて正門の塀にもたれてこっちを見ていた。
そんなことは露知らず、毬江は、そうだけど、と泣き続ける。
「あと1分だけだよ。
小牧さんより私をとったら、承知しないからね」
「うん」
ようやく返事が聞こえて、咲は彼女の栗色の髪をなでる。
なんてお似合いの二人なんだろう。
小牧さんが花束を持つのは本当に絵になるけれど、きっと。
「ほら一分。」
毬江の顔をあげさせて、ハンカチで優しく目元をぬぐう。
「いつまでいい男待たせるのかな?
そろそろ限界じゃない?」
からかえば、咲ー!っとまた抱きついてくる。
これではキリがない。
「なるんでしょ、大人に」
少し強い力で彼女を離し、ぽんぽんと頭をなでる。
「せっかく一緒に選んだ服なんだから、小牧さんの横に笑顔で並んでくれないと怒るよ。
ほら、行った行った!」
ぐいぐいと毬江の背中を押して、小牧の方に歩いていく。
ある程度まで近づくと、どんっと背中を押して、咲は毬江に背を向けた。
自分はそのまま正門から走り出る。
そうしなければ、毬江は追ってきてしまうだろうから。
理由は別にもう一つあったけれど。
しばらく走って、いつもの公園にやってきた。
彼がそこにいるということは、届いたメールから知っていた。
「卒業、おめでとう」
今日何度も聞いた言葉。
でも、誰よりも一番心に届いたのは、彼の言葉だった。
彼の持つ桜色を基調にラッピングされた花束の花は、大好きなカミツレ。
それは彼が、全てを知っているということを表している。
「受け取ってくれるかい」
微笑みと共に差し出されたそれ。
咲は花束と慧の顔を代わる代わる見た。
その行為は拒絶を示すとは思い難い。
となれば、互いの身の上を全て見て見ぬふりをして、これからも今まで通りの付き合いを続けていくというメッセージでいいのだろうと、おずおずと手を差し出した。
「ありがとう、慧さん」
まだ幼さの残る防衛部の首席と、未来企画の代表。
どこまでも遠い二人の手は、同じカミツレの花束を包んでいた。
祝!卒業