短編
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「そ、やっと。」
目の前の妹分を、麻子は満足げに眺める。
「はい・・・やっと。」
噛み締めるような言葉に、彼女達二人の長かった迷いが見て取れた。
一昨年生まれた長男は、外で元気に父親である光と駆けずり回っているし、麻子は二人目を身籠っている。
それだけ月日が流れたということだ。
付き合ってかも長かったし、咲が幸せを掴もうと決めてからもまた、長かった。
ふっと表情が緩む。
本当に、長かったけれど、それが二人らしいか、と。
「良かったじゃない。
式はどうするの?」
「式は控えさせていただこうと思っています。
慧さんの立場上、するなら盛大な式になってしまうので、それはちょっと。」
もともと華やかなことにあまり憧れない咲の性格からも、今後の職場での仕事のやり易さから考えても、なるべく控えめにしたいことは麻子にもよく分かった。
「職場でも別姓で行くつもりなんです。」
さっぱりとしたものだが、こうでなければあの男の妻は務まらないのだろう。
「なら写真くらいは撮りなさいよ。」
「写真?」
「そ、ウエディングフォトくらい撮りなさい。
一生に一度の予定でしょ?」
麻子の茶化した言い方に、咲は照れたように笑う。
「そうですね。
でも、慧さんお忙しいですから。」
「だから、そういうこと言わない!
奥さんになるんだから、二人の記念でしょ?
あんたのわがままじゃないの。
子どもにもほら、いつか見せてあげる日がくるんだから。」
「子どもなんて、まだまだ」
「兎に角!
ウエディングフォトは撮りなさい!
絶っ対っ!!」
「は、はい・・・。」
麻子に押されて思わず咲は頷いてしまった。
「入籍日に、希望はあるかな?」
慧の家で夕食を食べているとき、不意にそんな話になった。
慧は寮には住まず、マンションの一室を借りており、咲も仕事が休みの日には時折出入りしている。
今日も夕食を作って彼の帰りを待っていたのだ。
子供の頃から祖母に変わって家事をしてきた咲の丁寧な料理の腕は確かで、麻子も一目おいている。
今日のさばの味噌煮の味付けも上手くいった、等ということを考えていた咲は驚いて顔をあげる。
「希望、ですか?」
「敬語。」
「あ、ごめんなさ、違、ごめん。」
慧はくすりと微笑む。
そんな表情も様になっていて、彼が本当に夫になるのかと思うと不思議だ。
「で、どうかな?」
「申し訳ないけど、特にないかな。」
「ほら、クリスマスとか、バレンタインとかは?」
「役所混みそうだね。」
「まぁね。
じゃあ俺から提案。」
慧は箸を置いた。
咲も改まって、手を膝に置く。
「2月7日にしよう。」
咲はこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。
「慧さん、それは・・・」
そこから言葉が続かない。
自分の誕生日ではあるが、その日はもっともっと大きな意味がある。
図書隊にとって永遠に忘れられることはない悲劇、『日野の悪夢』の日だ。
「俺だって迷った。
君はこの日を毎年厳かに迎える事を望んでいたからね。
毎年どこか沈痛な面持ちでこの日を、迎える。
きっとこれから一生。
・・・だが果たして、それはご両親の望みだろうか。」
予想外の言葉に咲は虚をつかれる。
「たった一人の娘が、自分の誕生日を迎える度に辛そうな顔をするのを喜ぶ親がいると思うかい。」
真剣な瞳に、少ししてから咲は視線を落とし、首を横に振った。
「ついでに、愛する妻のそんな姿を毎年眺めていきたいと思う夫もいない。」
その言葉に今度ははっと顔をあげる。
まだ妻だの夫だの言うことに慣れず、咲はほんのり頬を染めた。
夫になる男の目は、真剣そのものだった。
「嫌なら勿論別の日にする。
だが俺の、俺達の思いを理解してくれるなら、咲の誕生日を生涯幸せな日にすると、誓うよ。」
「ふぅん、それで2月7日にしたわけか。」
麻子がアルバムをめくる手を止めてにやりと咲の表情を見る。
開かれたページには純白のドレスに身を包んだ咲と、それに合うタキシードに身を包む慧が穏やかな微笑みを浮かべて見つめあっている。
二人の背後にあるガーランドには入籍日が。
恥ずかしさに耳まで赤くした咲は、蚊の鳴くような声で肯定の返事をした。
「あんた本当に初ね。」
麻子は楽しそうに笑う。
ソファに座る麻子の隣に長男がよじ登って同じくアルバムをのぞきこんだ。
「うわー!あにき、おうじさまみたい!」
「おい、お前の兄貴じゃないだろ。
慧叔父さんって呼べ。」
「やだ、兄貴の方がかっこいいもん。」
光が向こうから呆れたように言った。
咲と麻子はと言えば、誰かさんの王子様の事を久しぶりに思い出し、顔を見合わせて笑った。
愛の表し方について
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