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荷物を倉庫に運ぶ。
どうやらもう使っていないものだが、一応資料として置いておくらしい。
図書館イベントの残骸もとい資料は、こうしてどんどん増えている。
現に今日も段ボール3つが保存行きだ。
かさ高いが軽いため、小牧には別の業務を頼み、一度にひとりで運んでしまう。
図書館から出てしばらく歩いていると、何かに躓いた。
前が見えづらいのだ、これはミスだったかもしれない。
(まずい、転ぶ!)
慌てて体勢を立て直そうとすれが、追い打ちのように強い風が吹き、よろめく。
その時、腰に何かがぶつかり、派手な音が鳴った。
たとえるなら、そう、ランドセルの中の教科書がばらまかれるような……。
まずい、と思って反射的に振り返ろうとして。
「うわっ!!」
そしてそのまま、堂上もまた派手な音を立てて転んだ。
積まれだ段ボールから飛び出したのは、昔お話し会で使っていた人形をはじめとする小物だった。
「だ、大丈夫か!?」
慌てて起き上がって、立ち上がろうとしている子どもに駆け寄る。
「大丈夫、です」
子どもは泣くこともなく、健気にそう言うが、ちらりと見れば膝や肘をすりむいている。
さらに近くには教科書やノートが散乱している。
言うならば、通路はひどい状況だった。
右手にはお話し会の残骸、左手にはランドセルの中身。
「すまん……
医務室に行こう」
まずはそれからだ、と子どもの目線に合わせて言うも、子どもは首を横に振った。
正面から顔を見て、相手の子が自分が初めて図書カードを作ってあげた子だと気づく。
だからと言って何があるわけでもないのだが。
「大丈夫です。
私もすみません」
小さくそう言うと女の子は教科書を拾い始める。
有無を言わせぬその様子に、堂上も流されるように残骸を拾い始めた。
「派手にやったね」
大半を拾い終えたころ、小牧がやってきた。
「なかなか帰ってこないからさ」
そういいながら残りを拾うのを手伝ってくれる。
そして咲の手から最後の人形を受け取り、直した。
「君も、ありがとう」
時折見かける少女に、小牧はいつの間にかなじみを覚えていた。
ふっと咲の赤い膝に向く。
「……怪我してるじゃないか」
咲がどう説明しようかと思う間に、堂上が口を開いた。
「さっきぶつかってしまったんだ。
悪かったな」
しゃがみ込んで咲に改めて謝る堂上に、小牧の顔色が変わる。
傷口は見るからに手当をしていない。
洗ってさえいないかもしれない。
堂上を立たせて口早に話す。
「手当てを優先すべきだろ」
それは明らかに相手をとがめた口調だった。
「だがこのくらい」
「お前と違って小さな女の子だ。
洗ったのか?」
「まだだ」
「じゃあ、荷物は2度に分けて運んだ方がいい。
手当は俺が」
「あの!」
視界の下から声がし、見下ろす。
必死な顔で女の子が訴えていた。
「さっきのお人形、手、取れかけていたから、治してあげてください」
予想外の話に、2人はきょとんとする。
咲はぺこりと頭を下げると、帰ろうとした。
「待って君!
手当てをしないと」
咲は慌てたように首を横に振った。
「大丈夫です」
小牧がしゃがんで説得する。
「ばい菌が入ると大変だよ」
「でも」
「こう見えても痛くないように手当てするの、得意なんだ」
優しく微笑む小牧。
痛いのが嫌なわけではなかったが、これだけ言ってくれるのを断るのも悪い気がして、咲はようやくうなずいた。
「じゃあ堂上」
「ああ」
堂上はどこか拗ねたように残りの段ボールを運びだした。
それを見届けてから小牧は咲を連れて医務室へ行く。
「泣かなかったの、偉いね」
そう言えばこの前毬江が言っていた猫で転んだ時も、少しも泣き顔を見せなかった、と思う。
毬江であればすぐに泣くだろうに。
「慣れてますから」
大人っぽい口ぶりと、恥ずかしそうな赤い顔をかくすように、咲は呟く様子がどこかアンバランスで、小牧はふと顔を曇らせた。
「すまん」
医務室に入ってきた堂上は、小牧にそういい、しゃがんで絆創膏を貼ってもらっている咲と視線を合わせた。
「悪かったな、大丈夫か」
心配されるのが恥ずかしいのか、咲は頬を赤らめてぶんぶんと首を振った。
堂上は手に持っていたペットボトルを3つ、近くの机に並べた。
「珍しく気が効いたね」
小牧の小声はスルーだ。
咲はきょとんとしている。
「喉乾いたろ。
転ばせた詫びと、拾ってくれた礼だ」
「……悪い、です」
こんな小さいのに、そんなふうに言えるのか、と少し驚く。
「俺達も喉乾いちゃったし、一緒に飲もうよ。
どれがいい?」
小牧の助けで、女の子もおずおずとジュースに手を伸ばす。
手に取ったのは、CMでもお馴染の某乳酸飲料だった。
自分達では飲むことはないものだが、一応買ってきた。
当たりでほっとする。
残りの可愛いキャラクターの書いてあるリンゴジュースとサイダーを、小牧と一本ずつだ。
もちろん小牧はサイダーで、堂上がかわいいリンゴジュースを飲む羽目になるが、いたしかたない。
堂上が封をあけるのを見て、咲もあけようとするが、うまく開けられないようだ。
小牧がさっと開けてやる。
(そう言えばこの年頃の女の子が近所に居るって言ってたか)
「……ありがとうございます」
恥ずかしそうにうつむく女の子。
一口飲んで、ぱぁっと顔が明るくなる。
その反応に、堂上と小牧もほっとした顔を見せた。
「ごちそうさまでした。」
「いえいえ、ごめんね。
でも本当に連絡しなくて大丈夫かい?」
「はい」
「何かあったら図書館に連絡してね」
「はい」
カタンカタン、とランドセルを鳴らして、軽い足取りで帰っていく少女を見送る。
「図書カードみれば電話番号は分かったろ」
門を出て姿が見えなくなってから、堂上が疑問を口にした。
「……あの子、なんか家の事情もありそうだし、本人が嫌がったんだ。
無理強いもできない」
何故そんなことが分かったのか、と言うような堂上の視線に、小牧は肩をすくめた。
「実は家が近いみたいなんだ。
公園で話したことがあって」
「お前が言っていた子の友達かなんかか?」
「うーん。
学校は一緒だろうけど、知らないみたい」
初めての味は大好きな味でした