本編前
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「こんにちは、折口さん。
風邪引きますよ」
家の傍で待つ折口に、買い物帰りの咲は声をかけた。
「あら」
咲の言葉に驚いたような顔をしてから、折口は破顔した。
「お気遣いありがとう。
覚えてくれたのね」
咲は首をかしげる。
「私の名前」
何が嬉しいのか、と咲は今度は反対に首をひねった。
だが折口の視線から、なんとなく自分に用があるのだと感じた。
おそらく祖父を説得してほしいとでも言うつもりだろう。
「祖父は昨日倒れて入院しています。
いくら待っても帰って来ませんよ」
言ってしまえば急に虚しくなった。
もともと口数は少なく、厳しい祖父だ。
甘やかされた記憶はない。
それでもこの家にいるたった3人の家族だった。
祖母もどこか気落ちした様子で心配だ。
だから祖母が好きな店のお饅頭も買って来た。
「そう……大変だったわね」
労りの言葉に咲は俯いた。
鼻の奥がツンとして、慌てて言葉を続けた。
「帰って来ても、私が何言っても祖父は聞きませんよ。
私も祖父の意志に背くようなことはしたくありません」
自分の祖父の頑なさは、誰よりも分かっているつもりだし、こうして少しずつ弱っていく祖父の意地を守りたかった。
正しいかどうかは別として、あの事を聞こうとする人達を突き放す頑固な祖父でいて欲しかった。
少しして、ふと頭に重みを感じて顔を上げた。
見上げると折口が目を細めて、口の端を歪にあげて笑おうとしていた。
そして泣きそうな声を誤魔化すかのように元気に言った。
「それじゃあ仕方ないわね!
お祖父さんにまた怒鳴られに来るわ。
だから、早く元気になってもらって」
そうだ、と鞄を漁り、小さなポーチから小さなキューブ型のチョコレートを一つ取り出した。
「あげるわ、じゃあね!」
美人の励ましは元気が出るものだ。
「また……」
去っていく背中に思わずぽつりと言いかけて、慌てて背中を向けた。
手の中に握りしめたチョコが溶けそうで、また慌ててポケットに入れる。
イチゴチョコの甘い香りが鼻先を掠める。
祖父母はどちらも歳だ。
いつか自分が1人になるのは明白。
それまでに、早く大人にならなきゃならない。
2人を安心させて、自立しなければ。
そう思うと胸の奥が締め付けられるように苦しかった。