本編前
名前変換
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「うちはもうそういうのとは縁を切ったんだ。
しつこく来られても困る」
家に帰ると祖父が誰かと話していた。
静かな声だが、これは怒っている時の声だ。
特に、“あのこと”に関して。
「ですが、貴方の一言で変わることだってあるんです。
先日、図書館隊でまた死者が」
「関係ないと言っているだろう。
出て行ってくれ」
咲はお客さんが出て来る前に庭に逃げ込んだ。
庭木の影から様子をうかがう。
「……失礼いたしました」
玄関から女の人が出てきた。
ショートカットで、怒られてもしゃんと背筋を伸ばしたままの、綺麗な人だ。
(どこかで見たことあるような……)
そのまっすぐ伸びた背筋に、咲は首をかしげながら家に入った。
「お譲ちゃん、こんにちは」
買いものに行こうとしたところを、女の人に呼びとめられた。
振り返ると、見覚えのある人だった。
(この前、おじいちゃんに怒られていた人だ)
咲はぺこりと頭を下げた。
「こんにちは」
挨拶をされたら、返さなければいけない。
「空太刀咲ちゃん、よね?」
今度は答えない。
答える義理はないから。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」
咲にはよく分からなかった。
女の人の目的なんて。
だけど、尋ねた。
「名前はなんていうんですか?」
相手はおそらくある程度咲のことは知識として持っているに違いない。
きっと、“あること”に関して、特に。
なのに、咲がなにも知らないのは、フェアじゃない。
「えっ?」
何を言われているのか分からないようだ。
「お姉さんの、名前です」
そう言うと、女の人は驚いた顔をして、それから困ったように笑った。
「ごめんなさい、失礼なことをしたわ。
折口マキよ」
彼女の質問に答えることは、祖父の意向に反する。
そして子どもとは思い通りに扱えないものだというのは、一般的な認識だ。
「ふぅん……じゃ、さよなら」
だから咲はくるりと背を向けて駆けだした。
「え、ちょっと!待って!」
背中越しに慌てた声が聞こえて、背中がむずむずして思わず頬が緩む。
静かに玄関の引き戸を開けて、すぐに閉めた。
昔ながらの作りの家は重々しく薄暗い。
でも奥の台所で夕食の用意をする祖母の気配と、居間で新聞を読む祖父の気配がした。
この匂いは、夕食は鯖の味噌煮だろうか。
今まだのむずむずを押し込めて、咲は静かな声で言った。
「ただいま……」