本編前
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「毬江ちゃん、誕生日おめでとう」
「私に?
ありがとう、小牧のお兄ちゃん!」
公園から聞こえてくる声に、自然と足が止まった。
ベンチのところに、咲と同じくらいの女の子と、お兄さんらしき男の姿があった。
その人の姿は見覚えがある。
たしかあの人の名札に書いてあったのは
(図書大学校 3年 小牧……)
小牧の手からは可愛らしい桜色の四角い包みが手渡されていた。
咲はその様子に釘づけになる。
咲の家では、誕生日を祝う習慣はないが、咲はその理由を問うほど野暮ではないし、気を遣わなければならないことはわきまえていた。
自分の誕生日は書類を書くときに使うものに過ぎず、いつもよりも少しだけ長く御仏壇の前で手を合わせる日に過ぎない。
祖父母はその日はいつもよりも無口で、やはり同じように御仏壇の前でいつもより少しだけ長く手を合わせる。
それでもやはり、誕生日というものに小さな憧れがあって、でもそれは隠さなければならないものであることもよくよく分かっていた。
だから、視線をなんとか引きはがし、止まっていた足を無理に動かす。
情けなく歪んだ眉を、無理やり戻す。
「お母さんがケーキ焼いてくれているの!
3時のおやつに食べに来てくれる?」
「え、俺もいいの?」
「もちろんだよ!」
追いかけてくる声が切なくて、走り出した。
(タマネギと、牛乳と……)
心の中で祖母に頼まれた買いものリストを繰り返す。
(しかたない、しかたない、しかたない)
そう呟けば、泣きたい気持ちは少しずつ消えて行った。
桜色の涙