本編前
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車はどこかに走って行ってしまったようだ。
バタバタと足音がして、図書館から人が走ってくるのが分かった。
「大丈夫か?」
尋ねられても、咲はうまく言葉が紡げなかった。
「ちょっと見るぞ?
足伸ばすな」
座り込んでいる咲の足の具合を見てくれる。
派手に擦りむいていたが、痛みを感じる余裕はまだ咲にはなかった。
「手も見せてくれるか?」
本を抱きしめていた手を、そっと解く。
震える手のなかで、本は無事だった。
でも、指先から血が出ている。
拾ったときにできた傷だろう。
「すりむいたんだな。
医務室に行こう。
他に痛むところはないか?」
頷くことしかできない。
その時、ようやく、自分は怖かったのだと分かった。
「本を助けてくれて、本当にありがとう」
その言葉で、ようやく咲の緊張は解けた。
ランドセルを下ろし、その隊員が咲を抱き上げた。
震えがようやくおさまった。
こんなふうに抱きあげられるのなんて、少しくすぐったかった。
「お家の電話番号は?」
緒方と名乗った隊員の質問に咲は首を振る。
彼は咲を助け、ずっと付き添ってくれた。
少しぶっきらぼうだが、親切で優しい人だと言うのはよく分かった。
だから嘘をつくのはとても心苦しいが、知られたらまずいのだ。
非常にまずい。
「利用者ならカードの登録のときに書いているはずだ」
「ああ、そうか」
その会話に、なんということだ、と咲は焦る。
ちなみに、登録時に書いた番号はでたらめだった。
家に連絡されるようなことをするつもりはないし、されたら困るから。
「ここ、使ったことあるのかな?」
質問に咲は首を振る。
この前、進藤に注意されたばかりなのだ。
見つからないようにうまくやらないと。
「ありがとうございました。
お稽古あるから、帰ります」
そう言って立ち上がる。
すりむいたところが、少し痛かった。
「でも、」
隊員が何か言う前に、扉まで駆けて行って、開けた。
その時、ちょうど目の前に現れた車椅子にびっくりして身をすくませる。
車椅子に乗っている男性も驚いたようだ。
「間に合ったようだ。
びっくりさせてすまないね」
優しく笑うその顔は、知らない人ではないような気がした。
相手もそうなのか、小さく首をかしげている。
「小さなお嬢さん、貴方のおかげで本が無事でした。
あれは、本当に大切な貴重な本でしたから、助かりました。
ありがとう。
ですが、お怪我は大丈夫ですか?」
丁寧にお礼を言われることも、こんなに気遣われることもない咲は、顔を真っ赤にして首を振った。
「確かに本は大切です。
ですが貴方は」
「あ、の、本」
小さなこえが、どもりながら言葉を遮ったので、稲嶺は口を噤んだ。
傷だらけで小さく震えて必死に言葉を紡ぐ様子はどこか痛々しく、それでいてどこか折れそうな危うい強さを滲ませていた。
「早く、治し、て、あげて、くださ、い」
そういうとぺこりと勢いよく頭を下げて、咲は医務室を飛び出した。
進藤は男を警察に引き渡してから医務室へ顔を出した。
子どもが貴重な本を車から助けたと聞いて、どんな子か気になったからだ。
「一歩遅かったな」
「どんな子だった?」
「勇気ある優しい子だ、まだ低学年だろうに。
本を早く治してあげてほしいと言って逃げるように帰っていったよ」
緒方の話しに進藤は眉をひそめる。
どこか心当たりがあると。
外見を訪ねようとして、開きかけた口を噤んだ。
見つからないよう上手くやれと言ったのは自分だ。
隠れようとする少女の存在を、無理に白日に晒す必要はない、と。
稲嶺が静かに口を開いた。
「今時あんな子どもがいるとは思わなかった。
ちょっと将来は心配だが」
身を顧みないところを思ってだろうと、進藤は思った。
同じく大切な人を日野で亡くした2人は、業務外で幾度か言葉を交わしてきた。
その少ない会話は、両者の心の共通項を見出すには充分だった。
「その子も本より大切にしたいものが見つかるといいですね」
首を傾げる尾形を尻目に、稲嶺と進藤は微笑みあった。
小さな何かが
バタバタと足音がして、図書館から人が走ってくるのが分かった。
「大丈夫か?」
尋ねられても、咲はうまく言葉が紡げなかった。
「ちょっと見るぞ?
足伸ばすな」
座り込んでいる咲の足の具合を見てくれる。
派手に擦りむいていたが、痛みを感じる余裕はまだ咲にはなかった。
「手も見せてくれるか?」
本を抱きしめていた手を、そっと解く。
震える手のなかで、本は無事だった。
でも、指先から血が出ている。
拾ったときにできた傷だろう。
「すりむいたんだな。
医務室に行こう。
他に痛むところはないか?」
頷くことしかできない。
その時、ようやく、自分は怖かったのだと分かった。
「本を助けてくれて、本当にありがとう」
その言葉で、ようやく咲の緊張は解けた。
ランドセルを下ろし、その隊員が咲を抱き上げた。
震えがようやくおさまった。
こんなふうに抱きあげられるのなんて、少しくすぐったかった。
「お家の電話番号は?」
緒方と名乗った隊員の質問に咲は首を振る。
彼は咲を助け、ずっと付き添ってくれた。
少しぶっきらぼうだが、親切で優しい人だと言うのはよく分かった。
だから嘘をつくのはとても心苦しいが、知られたらまずいのだ。
非常にまずい。
「利用者ならカードの登録のときに書いているはずだ」
「ああ、そうか」
その会話に、なんということだ、と咲は焦る。
ちなみに、登録時に書いた番号はでたらめだった。
家に連絡されるようなことをするつもりはないし、されたら困るから。
「ここ、使ったことあるのかな?」
質問に咲は首を振る。
この前、進藤に注意されたばかりなのだ。
見つからないようにうまくやらないと。
「ありがとうございました。
お稽古あるから、帰ります」
そう言って立ち上がる。
すりむいたところが、少し痛かった。
「でも、」
隊員が何か言う前に、扉まで駆けて行って、開けた。
その時、ちょうど目の前に現れた車椅子にびっくりして身をすくませる。
車椅子に乗っている男性も驚いたようだ。
「間に合ったようだ。
びっくりさせてすまないね」
優しく笑うその顔は、知らない人ではないような気がした。
相手もそうなのか、小さく首をかしげている。
「小さなお嬢さん、貴方のおかげで本が無事でした。
あれは、本当に大切な貴重な本でしたから、助かりました。
ありがとう。
ですが、お怪我は大丈夫ですか?」
丁寧にお礼を言われることも、こんなに気遣われることもない咲は、顔を真っ赤にして首を振った。
「確かに本は大切です。
ですが貴方は」
「あ、の、本」
小さなこえが、どもりながら言葉を遮ったので、稲嶺は口を噤んだ。
傷だらけで小さく震えて必死に言葉を紡ぐ様子はどこか痛々しく、それでいてどこか折れそうな危うい強さを滲ませていた。
「早く、治し、て、あげて、くださ、い」
そういうとぺこりと勢いよく頭を下げて、咲は医務室を飛び出した。
進藤は男を警察に引き渡してから医務室へ顔を出した。
子どもが貴重な本を車から助けたと聞いて、どんな子か気になったからだ。
「一歩遅かったな」
「どんな子だった?」
「勇気ある優しい子だ、まだ低学年だろうに。
本を早く治してあげてほしいと言って逃げるように帰っていったよ」
緒方の話しに進藤は眉をひそめる。
どこか心当たりがあると。
外見を訪ねようとして、開きかけた口を噤んだ。
見つからないよう上手くやれと言ったのは自分だ。
隠れようとする少女の存在を、無理に白日に晒す必要はない、と。
稲嶺が静かに口を開いた。
「今時あんな子どもがいるとは思わなかった。
ちょっと将来は心配だが」
身を顧みないところを思ってだろうと、進藤は思った。
同じく大切な人を日野で亡くした2人は、業務外で幾度か言葉を交わしてきた。
その少ない会話は、両者の心の共通項を見出すには充分だった。
「その子も本より大切にしたいものが見つかるといいですね」
首を傾げる尾形を尻目に、稲嶺と進藤は微笑みあった。
小さな何かが