本編前
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
背伸びをしてカウンターに本を乗せる。
カウンターはちょうど咲の顎くらいの高さだ。
カウンターの向こうから、制服を着た若い男が顔を出した。
「借りたいのか?」
ぶっきらぼうな声だ。
胸には名札をつけていて、そこには、
図書大学校 1年 堂上
と書かれている。
咲にも図書大学校 1年までは読むことができた。
しかしその先の名前は良く分からない。
(人の名前って、読むの難しい)
とりあえず、質問にひとつ頷いて答える。
入口で会った虎に似た人の言葉が正しければ、何かしらの手続きをしてもらえるはずなのだ。
「図書カードは?」
今度は首を横に振る。
「もしかして、初めてなのかな?」
視界にもう一人の顔が入る。
明るい色の髪はやわらかそうで、表情もさっきの堂上という人よりよほど柔らかい。
この人も同じように、
図書大学校 1年 小牧
という名札をつけていた。
この名前は読める。
隣のクラスの担任の先生は小牧先生だから。
今度は頷いて答える。
「じゃあ、カードを作らないといけないね」
向けられた笑顔に目をそらす。
なんとなく、温かい笑顔は居心地が悪い。
「堂上、そっちの登録用紙取って」
小牧の言葉で、ひとり目の名前が咲にも分かった。
(あんな字を書くんだな。
変わった名前)
渡された紙に、鉛筆で必要事項を記入していく。
とめはねはらいに気をつけて、なるべく丁寧に書く。
カードを小牧に渡すと、綺麗にかけて偉いね、と褒められ、咲は居心地が悪くなって俯いた。
そわそわと待っているうちにカードができる。
カードなんて持ったことがなくて、どこにしまったらいいのか迷ってしまう。
なにせ図書館に来ることを禁止している祖父母に見つかるわけにはいかない。
クリアファイルの中では見えてしまうし、筆箱には入らないし、道具袋に入れたらハサミやテープカッターで傷がつきそうだ。
「……貸せ」
不意に声が降ってきて、手に入れたかードが横から取られる。
「あっ!」
思わず声を上げる。
「ほら」
なだめるような声と共に手の中に落ちたのは、カードよりも一回り大きい赤い四角いものだった。
折りたたみ式になっているようで、開かないようにかかっているゴムを取り、おそるおそる開けてみると、貸出の時にピッとしてもらうバーコードのある面が見えた。
どうやら図書カードを入れておくためのものらしい。
まるでお姉さんが持っているお財布のようなそれは、一目で咲を惹きつけた。
「今、新しく登録した人にプレゼント中なんだ」
その早口に、堂上を見上げようとしたが、わしゃっと頭を撫でられて目を瞑る。
こんなふうに頭を撫でられたのは、正月に親戚の叔父以来で気恥ずかしい。
だがこれならお道具袋の中に入れても傷つくことはないはずだ。
堂上から解放されるとすぐ、ランドセルを開けて、借りた本とカードを急いで、でも丁寧にしまう。
それから傍に立って見守っている堂上を見上げた。
見上げられた方は不思議そうに片方の眉をあげた。
「どじょーさん、ありがと。」
そしてぺこりと、なるべく深く頭を下げて、咲は図書館を駆け出た。
その足取りの軽いこと。
唖然とする堂上と何とか笑いをこらえようとする小牧の視界から、赤いランドセルと黄色い帽子はあっという間に消えて行った。
「かっこいいねぇ、どじょーさん。」
30分たっても思い出し笑いの止まらない友人を、堂上は睨みつける。
咲が背伸びをしても見えない、大人が立ってちょうど良い高さにある貸出カウンターの上には、先ほど咲がもらった図書カード入れのサンプルと、
図書カード入れ 500円
の札が立っている。
「……煩い」
やや緊張しながら堂上が初めて発行した図書カード。
例えこれから先、職員となってどれほど業務に慣れようとも、あれほど大切に握りしめてくれる小さな手を、いつまでも覚えていようと思った。
2人の初めて