本編 ーzeroー
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「毬江!」
彼女がこんなに興奮しているのは、はじめて見たかもしれない。
頬を赤くして、鼻の頭も赤くして、駆けてきた。
一通の封筒を握りしめて。
「毬江、毬江!」
そのまま抱きつかれて、どうどう、といさめる。
「どうしたの?
……もしかして」
「合格っ!」
その嬉しそうな声に、毬江はきゅっと抱き返す。
「おめでとう!」
彼女の図書館への思いは知っていた。
誰よりも、強い思いであることも。
だから嬉しいことなのに、彼女と離れることがただただ寂しい。
「咲の努力の賜物ね」
「毬江のおかげだよ。
あの本を読んでくれた毬江がいたから、最後まで頑張れた」
彼女の言葉は、その言葉そのままの意味以上に重い。
「今度は毬江の番!」
咲に背中を叩かれて、毬江も頷く。
「クリスマス、小牧さん有休とれそう?」
にやにやわらいに毬江は頬が熱くなる。
「そっちじゃないでしょ!」
「風邪ひくだろう?」
声をかけられてはっと顔を上げる。
目の前には苦笑を浮かべた慧。
「だって」
子どものようにそう言って俯く姿に思わず溜息をつくと、それは白く、彼は隣に腰を下ろした。
公園の小さな休憩所。
屋根はあるが、吹きさらしに違いはない。
それもこんな遅くまで。
ふわりと鼻に、花のような香りがした。
そう気づいた時には、咲が力いっぱい慧に抱きついていた。
「今日、とっても嬉しいことがあったんです」
だから、慧さんの顔をみたくなっちゃって。
「今日来るとは限らないだろう、約束なんてしていないのに」
「それでもいいの、それでも」
何があったのか、とは聞かない。
慧も今日が何の日か知らないわけではない。
自分も数年前、同じように合格通知を手にした日だ。
また未来企画代表として勿論のことながら、今年の合格者の一覧も入手している。
エントリーシートから試験の成績から、その人事に関わる全てを。
彼女の名前を防衛部の二等図書士主席の欄に見た時、一ミリたりとも驚かなかった。
全ては、予想通りだった。
「そうか」
慧は黙って彼女の頭を撫でた。
図書館に並みならぬ興味を持つ彼女なら、きっともうどこかで手塚慧の名前を見つけただろう。
その彼女が何も言わないのも、自分がなぜこんなの喜んでいるのか明かさないのも、全ては今まで通りの付き合いを続けるためだということは、痛いほどわかっていた。
「良かったな、本当に、良かった」
そう言えば、うん、と胸の中から声がする。
こうしていれば、どんな暖かな部屋にいるよりもずっと、温かかった。
一通の合格通知