それから
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「おい。」
慧はかけられた声に振り返る。
そして笑顔を浮かべた。
「お前から声をかけてくるとは珍しいな。」
「・・・なんであいつを戻したんだ。」
弟の視線は、手離した女を思いやっていて、そんな弟だからこそ最愛の人を手に入れられたのだろうと思う。
いつも自分を追いかけていた頑なな少年も、いつの間にか大人になっていた。
「なんのことだ?」
「空太刀のことだ。」
はぐらかす慧の言葉に腹をたてることもなく、じっと見つめてくる。
「彼女の希望を通したまでだが。」
「だから、それはなぜかと聞いているんだ。
あんたなら上手く言って丸め込むのがいつもの手だろう?」
「心外だな。
私がずいぶん悪者のように聞こえる。」
「中らずといえども遠からずだろう。」
「ごもっとも。」
弟はまるで年長者のように溜め息をついた。
「何で今更手離したんだ。」
「それが彼女の望みだからだ。
図書館が何よりも大切な、彼女の。」
「あいつが情報部に異動するために、特殊部隊で俺達は散々頭を悩ませたんだぞ?
嫌がることは分かっていたから、どうしたらスムーズに異動できるかと・・・
上手く馴染んだと安心していたら急に戻ってきたんだ。
俺達の身にもなってくれ。」
「部下の望みを叶えてやるのも上司の仕事だろう。」
「何を上司面している。
部下を正しく導くのも上司の仕事だ。」
「一端の口を効くようになったな。
一時でも班長として部下をもったからか。」
「馬鹿にするな。
常識だ。」
「間違いない。」
彼女の異動前の苦労は聞いてはいた。
特殊部隊が渋り、彼女も異動に消極的だったのだ。
無理もない。
ちなみにまた彼女が戻った後の情報部は戦争だ。
麻子の代わりに来た咲が異動になり、業務部から慌てて一人引き抜いたものの、特殊性のある業務に慣れるには時間もかかる。
部長も土方らも咲の異動に反対であったが、慧があまりにあっさり許可し、その上すぐに異動させたものだから相当焦ったようだ。
それ以来情報部の面々からの視線はどこか慧を責めているように感じてしまうが、それも慧の自業自得だろう。
「兎に角、俺が言いたいのは、空太刀がこのまま図書館に殺されても良いのかと言うことだ。」
慧は思わず黙った。
「彼女は自分の命より図書館を大事に思っている。
何よりも図書館が大切だと思わなければならないと思っている。
そんな生き方をさせていいのか?
仮にも・・・」
光の顔は、今まで見たことがないものだった。
「愛した女だろう。」
慧に挑むように見えて、どこか慈愛が感じられ、それでいて心配そうな。
(いつの間にか変わった。)
慧はぼんやりと思った。
「図書館は場所だ。
ただ存在することはできても、愛を与えることはできない。
集う人が繋がることはできても、図書館と生きることはできない。」
「図書館は場所であり思想だ。
多くの血と涙の上にたつ、自由の象徴だ。
お前が思うよりずっと重要なものだ。」
光は首を振った。
「そういうことじゃない。
人と図書館がなぜ同列に並んでいるんだ。
同じ天秤に掛けるなんて、おかしいだろう。」
彼が言うことは間違いなく正論だった。
「お前が教えてやればいいじゃないか。」
ぽんと投げられた慧の言葉に光は首を振る。
「そんなこと言ってやるな。
あんたの女なんだろう。」
背中を向けて去っていく弟の最後の言葉に聞き覚えがあって、記憶を辿る。
まだ慧も小学生の頃の話だ。
読めない漢字を教えてと本を抱えてくる弟を面倒に思って追い返した日の夜だった。
兄弟関係には基本的に口を出さない父が珍しく、慧に光に教えてやるようにと言ったのだ。
ー父さんが教えてあげればいいじゃないか。ー
そう言えば父は苦笑して言ったのだ。
ーそんなこと言ってやるな。
お前の弟だろう。ー
小さかった弟はもうあと数日で父親なるらしい。
兄はきっとあの日のままなのに
