それから
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連日のマスコミや非暴力団体から追い回され、図書館職員は皆疲弊した。
銃規制を行った副館長本人の発砲となれば、どこも黙ってはいない。
久しぶりに慧は頭をフル回転させて対応し、騒動がようやく落ち着いたある日の朝のことだった。
「これは?」
目の前に差し出された白い封筒。
それを差し出す手を辿ると、伏し目で俯く部下の顔があった。
彼女はいつの間にかすっかり大人になった、と思う。
初めて出会ったときなど、まだ制服に身を包んでいたというのに。
あの日はたしか、本屋にいた。
一冊の本を手に取る彼女の横顔があまりに優しくて、声をかけてしまったのだ。
らしくないことをした、不審がられるかと思ったが、彼女はそんなことを思いもしなかったようだ。
あのらしくない自分が、彼女との秘密の関係を作り出すきっかけだったのだから笑えてしまう。
「異動願いです。」
ぱんっと放たれた言葉。
「見ればわかる。」
慧は髪をかきあげ、思わずため息をついた。
彼女のことは誰よりも視てきた。
自分から離れられないよう、自分を想い続けられるよう、狡くこういった関係に手慣れている大人の慧は、絶妙な距離を保ち、的確にコミュニケーションをとってきたはずだ。
慧と離れたくないと想うように仕向けてきたはずだ。
今の職場とて、慧のお膝元で彼女にとってもよかれと思ってのこと。
こんなものを突きつけてくる予兆など、微塵も感じられなかったというのに。
(それとも銃騒動の後始末に終われて気づかなかったとでも言うのか?)
自分に限ってそんなはずはないと思い直す。
男とは時にとんでもなく自信家だが、慧の場合はその自信は確固たるもので、思い上がりでもなんでもない。
実力である。
「今の職場に不服があるのかい?
君は今もっとも適切なポストにいると思っているのだが。」
上司らしく尋ねてみる。
もちろん、答えが否であることは知っている。
「情報部に不満があるのではありません。
私の力不足故です。」
淡々と告げられる言葉に慧は胸のなかで舌打ちする。
「私、思っていたんです。
慧さんは副館長で、誰よりも図書館を愛し、守ろうとしてくれている。
そんな副館長のためなら、なんだってできる。
自分は図書館のために生きるんだって。」
まっすぐな瞳。
ぶれることのない、ぶれることを許さない、瞳。
それは図書館の一職員としての想いを超え、彼女の全てだった。
何よりも本を愛し、図書館のために生きようとする彼女に惹かれ、そして彼女を、合意の上で遣ってきた。
彼女の辛い過去でさえ、必要もあらば使ってきた。
全ては図書館のため。
それが自分と咲の関係だった。
愛だの恋だの、そんなものよりももっと深く熱く絡み合う。
自分達の目的のために、二人はいつの間にか惹かれあったのだ。
否、少なくとも、慧は惹かれた。
一回り以上年下の、少女に。
「でもだめでした。」
咲はくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
表情が薄かった少女は、笑顔を覚え、涙を覚えた。
それを教えたのは、慧ではない。
この図書館での出会いが、そうさせた。
(俺がしたのは、その覚えた涙を流させただけだ。
いつも、いつも。)
「私にはあなたを撃てない。
わかっていました。
心臓を撃ち抜いたように見せかけることが最善だと。」
そうだ。
忠実な部下で、慧と理想を共にする彼女ならば撃つだろうと、慧でさえ思っていた。
恐怖に冷や汗を流しながらも、それでも誉め言葉を考えていたくらいだった。
完全に誤算だった。
「でも、撃てませんでした。」
彼女が撃てないことも、
「違う・・・撃たなかったんです。」
彼女に代わり、自分が男を撃ったことも。
「私は、命令に背きました。
副館長が撃たねばならなくなったために、図書館への非難は大き過ぎるほどでした。
・・・あのとき、私がもっと早く引き金を引いていれば、こんなことにはならなかった。」
その引き金が、咲の頭を撃ち抜くためのものを指していることに、慧は深い溜め息をついた。
「そうだろう。
そして私はお前の葬儀に参列し、死ぬほどの後悔を抱えて、己の敷いた銃規制を呪いながらそれまでよりもずっと仕事に没頭しただろうな。」
その声には思ったより刺があった。
苛立っていたのだ。
思い通りにならないことに。
慧はこの時、初めて自分は不器用なのだと知った。
「申し訳ありません。」
頭を下げる女も、自分も、とんでもなく不器用だと。
だから手離すしかなかった
