それから
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「おっす!」
食堂で並んでいると、後ろから懐かしい声がかけられた。
「山本、手塚二正!
お疲れ様です」
頭を下げると二人もお疲れと微笑んだ。
「久しぶりだな!」
「最近立て込んでいて、お昼は仕事しながら食べていたので……」
「そんなに忙しいのか?」
「いろいろとありまして……」
実践の多い特殊部隊ではまずない話だ。
また少人数で様々な案件を抱える情報部らしいところである。
そんな咲の手には食堂のプリンプレゼント券があった。
ポイントを貯めると交換できるというもので、他にもポイントに応じて唐揚げ追加やラーメンの煮玉子トッピング等もある。
毎日食堂で食べる職員には嬉しいシステムだ。
「疲れたときには甘いもんだな」
咲は少し照れたように頷いた。
ー俺は食わねぇからやるよー
強面の上司がぺらりと机においたそれに、目を瞬かせた記憶は新しい。
咲はふと視線を感じて振り返った。
食堂の外、視界の端で慧の濃紺のスーツの裾が見えた気がしたが、気のせいだろうと心の中で苦笑した。
駐車場からの帰り、たまたま食堂の近くを通りかかった。
ちらりと入った背中をもう一度探し、視界に入れる。
いつも執務室で食べている彼女が、珍しく食堂にいた。
いつもコンビニ弁当ばかりでは体に悪いと思っていたから、これは感心感心、と思うも、その隣に見えた背中に眉をひそめる。
(彼は確か、山本二正)
その隣の弟の姿にも勿論気づいている。
あの二人は特殊部隊で親しいことは知っていた。
もちろん、咲と親しいことも。
山本がこれ見よがしに慧の前で食事に行くと言っていたことを思い出す。
その記憶を追いやるように、三人の背中から目を引き剥がし、歩き出した。
咲の物わかりのよさは慧が彼女を気に入るポイントのひとつだ。
慧の立ち回り上、面倒な女はごめんだった。
年が若いのに彼女はその点をしっかりと押さえている。
押さえすぎているといっても、過言ではない。
彼女にとってもっとも大切なのは図書館だ。
彼女の両親が出会い、愛し、命を落とした場所。
その図書館を守ることこそ、何にも変えがたい使命だと思っている。
だから、図書館にとって価値のある慧にとって、不利益になることは決してしない。
仕事にも集中させてくれるし、仕事の邪魔になる噂が立つような下手なこともしない。
(素晴らしい事じゃないか)
そう心の中で呟いたあと、どこか心に風が吹くような感覚に襲われるのはなぜだろう。
色めいた噂のひとつもないことが慧の母には不満なようだ。
先日会ったときに母はひょっこり咲のことを話題に出してきた。
「だから、ほらあの結婚式の時に話していたお嬢さんとはどうなの?」
女と言うのは幾つになってもこの手の話には食いつきが違う。
父親の方などは、とうに諦めた様子だというのに。
「どうということも」
面倒なことはなるべく早く過ぎ去ってくれることを祈り、そっけない返事をした。
「光の職場にはあのお嬢さんの同期の方がいると聞いたわ。
結婚式の写真で見て思い出したけれど、なかなか素敵な青年ね」
「山本二正だな、彼は確かに気も効くし腕も立つ。
あの世代の出世頭だろう」
山本をなぜ話題に出すのかということを、慧にしては珍しく考えることなく彼の評価を伝えた。
繰り返すが、面倒なことはなるべく早く過ぎ去ってくれることばかり祈っていたのだ。
これが家族でなければもっと気を張っていたのだろうが、案外家族には気を許していることを慧は気づいていない。
「じゃあお似合いね、あのお嬢さんと。
あのお嬢さんもよくおできになるんでしょう?」
ちらりと見ていた時計から、慧は顔をあげた。
「いや、彼とはそんなことにはならないだろう」
慧の勘では、彼の一方通行な恋だ。
咲にとって自分以外を選ぶことはないとどこか確固たる自信があった。
「あらどうして?
いつまでも待たせる年嵩の仕事一徹の貴方より、若くて爽やかでイケメンで、そらから、ふふふ」
珍しく母親は笑った。
その顔は不思議と、歳よりもずいぶんと若く見えた。
「お嬢さんのことをちゃんと想ってくれそうなのに?」
慧はもう一度ちらりと時計を見た。
「そうかもしれないな。
時間だから行くよ」
「ええ、身体に気を付けてね」
追いかけてくる声は、母親の懐かしい声で、絶縁状態だった頃からの時間の流れを感じた。
そして同じく、彼女も長い間待たせていることを思い出す。
離れてくれても構わないと言ったが、慧は彼女が図書館に縛られているからこそそういったとも言える。
そう、慧は彼女のこと視ている。
的確に、確実に。
自分から離れないように、そして邪魔にもならないように。
考えているのだ、すべてがうまく行くように。
ーお似合いねー
母の言葉が胸をチクリと刺した。
それは慧のように彼女を視なくても、共にいられる相手を示していた。
その前では慧の全ては無力だと、そういわれた気がした。
さっき食堂で見た二人の背中が頭から離れない。
彼女が本当に愛おしいのか。
その問いの答えは間違いなくyesだ。
では何よりも愛おしいのか。
そう聞かれれば慧は答えを悩むだろう。
だが、彼女にとって慧が何よりも愛おしいわけではないことを思いだし、それならば自分の答えもnoだと思い直す。
自分達二人にとって、もっとも愛おしいものはただひとつ。
図書館(ここ)だ
