それから
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朝だった。
中庭の隅で座り込んでいる女性を見かけた。
「大丈夫ですか?」
近寄っていって声をかける。
「は、はい。」
顔色の悪い小柄な女性はあまり大丈夫そうではない。
鞄にはマタニティーマークがつけられていた。
噂には聞いたことがある悪阻だろうかと思うが、どうすればいいのかなんて出産経験のない咲にはわからない。
迷った末に自動販売機まで走って水を買ってきた。
「すみません。」
申し訳なさそうにそう言って受けとり、水を飲む様子に外れてはいなかったと安心する。
「医務室もありますが、よろしいですか?」
念のために確認する。
「はい、ありがとうございます。」
辛いだろうに笑顔を向けてくれる。
きれいな人だ、と思う。
こんな人を奥さんにできる幸せな夫も、産まれてくる赤ちゃんも、幸福者だと。
「千鶴っ・・・」
不意に声がしてその方を向く。
そこにはしまった、というような顔をした上司の姿があった。
よく似た表情を最近見た気がした。
(あ、新居の話の時・・・。)
それで咲はすべてを理解した。
上司が咲に来いと片手で呼ぶので、女性に頭を下げてから指示にしたがう。
「・・・様子は。」
「水を飲まれて少し落ち着かれたようですが。」
上司は何を考えているのか、口を開かない。
「・・・医務室にお連れしようかと思ったのですが大丈夫とのことでした。
どうするのがよいのでしょうか。」
「やはり医務室だろうな。」
ポツリと彼は言った。
「それから・・・もし辛いようなら家まで送ってやった方がいいかもしれん。
また報告をくれ。」
そして彼は背中を向けて去っていった。
面倒事を恐れてだろう。
とりあえず急いで女性の元へと戻る。
「上司の指示を仰いできました。
まずは医務室へどうぞ。」
千鶴と言う名前であろう女性は目を瞬かせたあと、苦笑を浮かべた。
「大丈夫です。
少し散歩をしようと思っただけなので。」
困ったのは咲だ。
ああ見えて頑固な上司の指示を無視したとなれば大事である。
「あの、念のため医務室で休まれては・・・。」
「結構です。」
どこか怒っているようにもとれる様子に、何を間違えたのかと必死に考えるが、答えは見当たらない。
そうこうしているうちに立ち上がろうとしてよろめくので、慌てて支える。
「では、もう少し・・・あのベンチででもゆっくりなさってください。」
自分よりもずいぶんと小柄な体に不安になり、近くにあるベンチを示す。
「ありがとうございます。」
その人は諦めたように咲に連れられてベンチに腰を下ろした。
もう一度水を飲み、ため息をつく様子に大変なのだろうと思う。
「もしかして貴方が空太刀さん、ですか。」
急な質問に少し迷ったあと、頷いた。
土方から聞いているのだろう。
「聞いた通りの方。」
くすりと笑うので首をかしげる。
「とっても真面目な方だって。」
思わず苦笑する。
確かに真面目だと定評はある。
真面目すぎる、と。
「いろんなこと頼めるって、言ってましたよ。
特殊部隊だったんですよね?」
どこまで話しているのだろうと恥ずかしくなる。
「はい。」
「あなたみたいな方がいてくれるとずいぶん助かるって言っていました。
あの人にしては珍しいことを言うものだから、お会いしてみたくて。」
土方は多くは語らない。
どちらかと言えば背中で語るタイプだ。
「何て言ったと知れたら怒られちゃいますけど。
あ、私千鶴って言います。
夫がお世話になっています。」
ぺこりと下げられた頭に慌てて首を振る。
「とんでもないです。
こちらの方がいつもお世話になっています。」
千鶴はにこにこと笑った。
「ちょっと偏屈なところがありますけど大丈夫ですか?」
「偏屈な方には慣れているので。」
咲も小さく笑って、それから真面目な顔をした。
「でも心から尊敬しています。
日々本当に勉強させていただいているんです。」
千鶴はほっとしたように頬笑む。
「前の会社ではいつも一匹狼だったみたいで、会社の方の話なんて一度もしたことがなかったので心配していたんです。
でも転職してからなんだか楽しそうで。」
何を思い出したのか、くすくすと笑った。
「私も図書館に転職しようかな。」
その言葉がなんだか嬉しくて、咲は自然と微笑んだ。
自慢の職場
