本編 ーzeroー
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クラスには大抵、大人しい子がいる。
複数人いる時もあれば、ひとりしかいないこともあるけれど、毬江が今年のクラス替えで決められたクラスには、ひとりしかいなかった。
メガネをかけた、胸ほどまでのストレートヘアの、女の子。
いつもひとりで本を読んでいる。
クラスの子たちとどこか雰囲気を異にしていた。
授業中先生に当てられたときと、何かクラスメイトに聞かれた時に、最低限の答えを返すだけで、それ以外はずっと黙っていた。
クラスメイトはどこか気味悪がって近づかなかった。
新学期が始まり、季節は梅雨になろうとしていたが、毬江も耳が悪いこともあり、彼女と話をしたことはなかった。
そんな彼女と授業でグループを組むことになったのは、偶然ともいえるが、必然ともいえる話だ。
一つ年上の毬江にはクラスの女の子たちも気を遣っていたし、あまり親しくもない彼女と組む義理もない。
その授業はというと、互いにお勧めの本を紹介し、読んで感想を交換し合う、というものだった。
その時、初めて彼女の表情が動くのを見た。
かすかに弧を描くように細められた瞳。
『よろしくね』
彼女の声は聞こえなかった。
でも、はっきりと動いた唇の動きから、
言葉が読み取れる。
毬江はこちらこそ、と笑顔を返した。
彼女の戸惑いなく取られたこの行動は、毬江にとっては少し意外だった。
てっきり声もかけられず、無視されてしまうのではないかと、内心不安だったのだ。
そして視野に入った彼女の机の上にある本にふっと目が行く。
バーコードの色を見れば、それが関東図書館の図書であることはすぐに分かった。
彼女も、毬江が気づいたことが分かったのだろう。
ノートの端に文字を書きつけた。
『毬江さんも、よく行くよね』
几帳面で線が細い、綺麗な文字が並んでいる。
クラスには2人中澤がいるから、下の名前で呼ばれるのはいつものことだ。
でも彼女問いかけに、どこかで会っていたのかな、と首をかしげる。
『私、毎日放課後に通ってるの。
毬江さんは美人だから、どこにいても目立つね』
さらっと出てきた褒め言葉には、何の裏も感じなかった。
むしろ、彼女は褒めているつもりすらないようにも見えた。
表情など、初めに変わったきり、もうピクリともしていないから。
ただ、事実を述べただけ、と言ったところだろうか。
不思議な子だな、と思う。
(そうだ!)
ノートの端に文字をかこうと毬江もペンをとるが、先生が一度静かにするようにと言っていることに気づきその手を止める。
先生の指示通り、まわされてきたペアをかく紙に、彼女が名前をかいて自分に渡してくれた。
空太刀咲
(そっか、咲さん、か)
毬江は名前も覚えていなかったのだ。
ただ、あの変わった子、という表現しか、
聞いたことがなかったから。
でも。
『図書館に、一緒に行かない?』
他の子にそういうのは毬江にしたらずいぶん勇気のいる作業だったかもしれない。
でも、なぜだろう。
彼女相手なら、特に気を使うこともなかった。
ノートの端に書いた文字を見て、彼女はやはり無表情に、でも小さくうなずいてくれた。
「あ、毬江ちゃんだ」
すっかり親しくなった郁が、警備の途中でちらりと見えた姿に呟いた。
よく響く廊下だ。
でも、毬江は気づかないだろうから、近くまで行こうかと思っていたが。
彼女は振り返って会釈した。
「ひとりじゃ……ないな」
いつもひとりで来ていたのに、珍しいことだ。
隣にいた堂上のつぶやきに、郁も本当だ、と驚いたように反応を返す。
彼女の隣には同じ制服を着た女の子が立っていた。
彼女が二人の存在を毬江に伝えたのだろう。
眼鏡にストレートヘアの、大抵どこのクラスにもひとりくらいはいる、いわゆる大人しい女の子、だ。
声はほとんど聞こえないが、郁たちが近くに行くまでに二人は何か話をしているようだった。
「こんにちは、毬江ちゃん」
彼女は小さく頭を下げる。
隣にいた女の子も頭を下げた。
堂上は頭をあげたその顔を改めてみて、見覚えがあることに気づく。
声をかけようとしたところで、女の子は毬江の方を向いてしまった。
ひらりと手を振って、毬江が止める間もなく、くるりと背を向けて図書館の中に入っていった。
「あれ?何かあったの?」
その声に振り返ると、少し離れた所から、小牧が不思議そうな顔で3人を見ていた。
「もしかして、さっきの子……」
「小牧に気づいて中に入ったんだろうな。
彼女、図書館にいつも来ているから、毬江ちゃんと小牧が親しくしているのも知っているんだろう」
空気読める子!と郁が驚くと、
「お前はもっと空気を読めるようになれ」
とすぐに切り返された。
「いつも来てるんだ」
「大抵な。
俺が図書館に入った時点ですでに毎日来ていた。
隊員がレファレンスをしているのをよく見ているから、
気づいている奴も多いんじゃないか」
「図書館隊に入りたいと思っていたりして!」
「あいつならお前と違って使えそうだしな」
きーっと怒る郁に、うるさい、と堂上が小声で注意する。
不意に堂上が小言を止め、視線を郁から離した。
彼の視線を追えば。
「さっきの・・・。」
庭に咲いている紫陽花の花を、デジカメで撮影している女の子。
図書館にある花を写真に収めてくれるなんて、と思うと、単純な郁はなんだか嬉しくなってしまう。
「なんか、いい子ですね」
「少しは見習え」
堂上の声に、郁はまたきーっと怒り始めた。
見ていた人と知り合いになる日