それから
名前変換
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貴重な特殊部隊での訓練を終えて、俯いて汗をぬぐう。
体力が落ちてきたような気がしてならない。
自主トレはしているものの、以前のように訓練に明け暮れるわけにもいかない。
(夜走るかな。)
「鈍ってないんだな。
流石だ。」
頭の上の方から声をかけられて顔をあげる。
班長の手塚だ。
「いえ、体力が落ちていてダメです。」
「そうか?」
眉間に皺を寄せる手塚の隣で、郁が目を瞬かせた。
そういえば今日は体調が悪いのか動きが随分と控えめだったように思う。
「自分が気にしているから余計にそう思うんじゃない?
聞いた限りではトレーニング量は充分だよ。」
「でも、」
その先の言葉が続かなかった。
今週末から手塚麻子は産休に入る。
自分が情報部で持つ仕事が、一層重くなる。
むしろ正式な辞令を待つまでの間、特殊部隊に名前だけが残っている形になる。
「ま、今日はゆっくり飲もうぜ。」
肩にぽんと山本の手が置かれる。
忙しい業務の間をぬって、飲みに行こうと誘ったのは班長の手塚だった。
「今日はどっちっすか?」
飲むのは大抵堂上家か手塚家と決まっているのだ。
「店だ。
予約してある。」
その言葉に思わず目を瞬かせる。
「行きたい店でもあったんですか?」
「まぁな。」
知っていたのかと郁を見れば、曖昧に笑った。
「柴崎が教えてくれて気になってて!
せっかくだから手塚班水入らずでどうかなって思って!」
嘘のつけない彼女のどこか動揺した様子に、咲と山本は顔を見合わせる。
「なら間違いないですね。
楽しみにしています。」
咲がそう言うと安心したように郁が微笑んだ。
「では解散。」
「また後で。」
こなメンバーで飲むのも、もう最後になるのだろうと、皆が気づいていた。
「えっ!」
しんみりした気分で席に着いた咲は、郁の言葉に目を瞬いた。
「それはおめでとうございます!」
山本の明るい声に、郁は照れたように頬を掻く。
咲も思い出したように祝福する。
「おめでとうございます。」
じっと見られているのを感じ、郁はそっと腹を撫でた。
「まだ・・・全然わからない、ですね。」
「そうだね。
まだ全然。
こんな仕事だから、早めに業務内容変えてもらうことになったの。」
「来週からは基本は業務部と同じ仕事になる予定だ。
明日からは訓練にも参加しないことになっている。」
「春に編成変わったところなのにこれで、本当申し訳ない。」
眉尻を下げる郁に、山本が首を振る。
「何言ってるんッスか!
楽しみですねぇ、堂上Jr.かぁ・・・。
男の子でも女の子でも、やんちゃで決まりでしょうねぇ。」
「どういうこと?!って反論できないのが悔しい・・・。」
「その点、手塚二正の所はかわいい女の子が期待できていいですね。」
「なにそれ!
うちだってかわいいに決まってるんだから。」
「ということで!」
話を切り上げるように、そして話を戻すように、手塚が声を張った。
盛り上がっていた郁と山本、そして黙って話を聞いていた咲が、手塚を見た。
班長の彼は任命式の時のように引き締まった表情をしていた。
この顔を見る度、彼についていこうと思うのだ。
強くまっすぐ前を向く瞳は、誰かにひどく似ている気がするし、同時に全く似ていないようにも思う。
「手塚班は今週で解散だ。」
一瞬店内の喧騒が遠ざかったような気がした。
咲が班から外されることは分かっていたことだった。
でもそれはそれだけで、班が解体されるとは知らなかった。
たった数ヵ月でも、自分達の班だ。
特に特殊部隊の中でも随一の若さを誇る班で、それを自覚していただけに周りに劣らぬよう一丸となって励んでいたのだ。
自分が居なくなっても誰かが自分の穴を埋めて班は続いていくと思っていただけに、ショックが大きい。
俯いて寂しそうに笑う郁は知っていたのだろう。
手塚と郁にとっても初めて任された班だったのだ、咲達よりもショックは大きいだろう。
だから、山本も咲も反論できなかった。
少しずつ喧騒が戻ってきた。
「楽しかったんだけどなぁって、私が言える立場じゃないんだけどさ。」
ぽつりと郁がこぼした言葉に、山本が首を振る。
「俺も、楽しかったッス。」
そしてお得意の笑顔を見せた。
「残念だが、空太刀の異動と、笠原のおめでたに伴って解散するんだ。
結構なことだろう。」
手塚もそう言ってビールを飲んだ。
銃の使用が許可されていた頃は、怪我をして班の編成が変わることがよくあった。
もちろん、復帰できないため、中には殉死したために解体を余儀なくされることも少なくなかった。
そんなことに比べたら、確かに嬉しいことで。
「そうっすね。」
やはり山本が笑う。
咲は握りしめいた手に気づいて、拳をほどいた。
時は刻々と過ぎて行く。
入隊した頃は最年少だった咲にも、沢山の後輩ができた。
憧れのカミツレも手にいれた。
館長も、副館長も変わり、仲間が結婚した。
眩しいほど若々しい新しい班ができ、そして、そして。
「・・・ありがとうございました。」
咲もついに、自ら別の道へ進む一歩を踏み出す。
「ありがとうございました!」
前向きな山本の明るい声。
「ありがとう。」
少し水っぽいけれど、明るく振る舞おうとする郁の声。
「ありがとう。」
やっぱり誰かに似ているけれど、でも咲にとってたった一人の班長の、穏やかな声。
ー咲さんは、咲さんの思うように進みなさい。
組織にこだわる必要も、私を追いかける必要もない。
自分の一番輝ける場所へ、行きなさい。ー
稲嶺の言葉を思い出す。
「またいつでもこうして集まれるんだから、そんなに落ち込むな。」
昔、彼はよく落ち込んで、堂上や小牧に慰められていた。
「そうだよね。
今日は手塚班水入らずで楽しもう!」
いつまでも健在の郁の笑顔に、咲もつられて微笑んだ。
「お前は酒が飲めなくとも酔っぱらってるみたいだからな。」
「余計なこといわないでくれる?!」
「まぁまぁ、落ち着いて。」
後戻りはできない。
変わっていくからこそ、夢を叶えられるのだ。
ー自分たちが消えることを意味するけれど、それがまた、自分たちの幸せを意味する、そんな夢。ー
入隊試験で咲はそう言った。
そして、誓ったのだ。
私は叶えて見せます
