それから
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日々は飛ぶようにすぎて行く。
二足のわらじなのだ、当然である。
余計なことを考える暇もなく、山本とランチに行く時間さえなくなった。
「調子はどう?」
声をかけられて咲は弾かれたように立ち上がった。
膝の上にあった資料が芝生の上にばらまかれる。
「そんなに驚かなくていいよ。」
声の主はツボに入ったのか、必死に笑いを堪えながら資料を集め始め、咲も慌てて屈んだ。
「すみません。」
「謝る必要もない、俺が悪いからね。
ほら座って。」
親友の夫に促されて、咲は腰かけた。
その隣に小牧も座る。
初夏の夕暮れの公園に人影はない。
子ども達は皆、帰ったあとだった。
「どうかな、情報部は。」
言葉と共に差し出された乳酸飲料。
咲はそれをお礼を言って受けとる。
鞠江に聞いたのか、出会った頃の事を覚えているのかは#咲9にはわからない。
咲にも、自分がこれが好きだったのか、あの日若かりし堂上と小牧と飲んだからこの味が好きになつたのか、分からなかった。
何はともあれ、彼は時折咲にこの飲み物を差し入れてくれた。
上司以上、友達未満の彼の存在は温かく、心強い。
「仕事も覚えることも多いですが、皆さん親切に教えてくださるのでありがたいです。」
「それは何より。」
優しく微笑むのは昔からだ。
鞠江のことはもちろん大切にしているが、この人は不思議と咲にも目をかけてくれた。
(あと、堂上一正も。)
最近はどちらも遠目にしか見ていなかったので、どこか懐かしく思う。
情報部も居心地はいい。
でもまだ馴染みきれていないのは当然と言えば当然だ。
今のように働き始めてからまだ1ヶ月あまり。
それに対して手塚班に戻ると家に帰ったような居心地のよさがある。
少しずつ減ってきたその安心できる場所での仕事に、不安を感じないわけでもない。
どこか中途半端な立ち位置の自分は、宙ぶらりんで、不安定だ。
以前の射撃の腕を買われての確固たる立場がなくなり、手塚班でもどこか中途半端。
銃を使わないに超したことはない。
だが、自分の価値はそこにあったのだ。
自分達の存在が消えても本を楽しむことができるという素晴らしい未来のために、自分達は戦っている。
十分わかっていたはずなのに、見えてきたその未来に、咲は怯んでいた。
情報部に異動、何て言う話がいつでてもおかしくない。
現に情報部の手塚は、咲を自分の代わりにするといっていた。
確かに今までも彼女の命令で良く動いていたけれど、異動となると話が別だ。
それは咲にとって、特殊部隊での存在価値が薄れてきたということを突きつけられるように感じてしまう。
「君に向いているかもしれないね。」
さらりと放たれた言葉は、事実かも知れなかった。
突き放すでもなく、勧めるわけでもなく、ただ告げられた事実。
「私は・・・。」
言葉が続かなかった。
特殊部隊は能力主義だ。
どれ程思いが強くても、仲間の命がかかっている以上、甘いことは言っていられない。
でも咲は、玄田隊長が蜂の巣になったあのとき、小牧に除隊を仄めかされ、ハッキリと言ったのだ。
ーそれでも、私はここに居たいー
ー稲嶺さんが作ってくれた、この場所で、
泥を、血を被っても、私はここで生きていたいー
あの時は良くも悪くも銃があった。
人を傷つけ、殺しうる、咲の得意な武器が。
だが今はどうだ。
練習にも十分に参加できず、近い将来お荷物になるのは目に見えている。
「情報部だって稲嶺元館長が作った部署だ。
君の思いを叶えられるもうひとつの場所なんだよ。」
咲は息を飲んだ。
彼が言うことは、また事実だ。
「私は・・・。」
「うん。」
「私は・・・もう特殊部隊には要らない存在ですか。」
こんなことを言ってしまう自分は馬鹿げている。
小牧はそんなことを言っているのではないと分かっていた。
分かっているのに、口からはそんな迷惑な言葉が溢れる。
優しい小牧は首を振った。
「情報部での方が君の才能を活かせると思うんだ。
特殊部隊での経験と、君が本来持っている能力がこの図書館を支えるだろう。
俺達のいる特殊部隊は少しずつ消えて行く、旧体制だ。
たくさん尻拭いをしていって、野蛮だと叩かれる存在になっていって、いつか消えてなくなる。
その一方で最先端を走り最も重視されている情報部は、君を必要としているんだよ。
この機会を大切にするんだ。
そうしたら、君の願う未来が近づく。」
咲はじっとうつむいていた。
彼の言葉は正論だった。
咲も分かっている、正論だった。
「みんな、それを願ってる。
君がより安全な場所で、その才能を思う存分活かすことをね。」
咲は膝の上で拳を握った。
「嫌な役回りだ。
変わってほしいよ。」
投げつけられた言葉に堂上は首をすくめた。
「あいにくお前が適役だからな。」
「どれだけ気が重いか。」
「想像はつかんてもない。」
「お前が思う以上だ間違いない。」
「まぁそうだろうな。」
堂上は冷蔵庫から冷えたサイダーを取り出した。
昔からある定番の缶ジュース。
小さく礼を言って小牧は受け取り、プルタブを開けて一口飲んだ。
「強くなったよ。
それから、素直になった。」
彼は心から咲を思っていた。
だからこそ情報部とのスケジューリングの際、なるべく特殊部隊の予定を入れ込んだ。
それは確かに、小牧らしくなかったかもしれない。
それでも彼は、頑なに譲らなかった。
ー彼女が納得し、スムーズに異動できるようにー
そう繰り返して。
「そうか。」
同じサイダーを堂上も飲む。
少女はいつの間にか大人になり、そして巣立ってゆくものなのかもしれない。
親鳥の優しさ
