別冊 ー5thー
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「空太刀。」
かけられた声に、本を書棚に直してから振り返った。
彼女の手から未だ包帯はとれていない。
「如何なさいましたか、手塚三正。」
閉館後の図書館は静まり返っている。
咲はこの時間が好きだった。
「世話になった。
お前を犠牲にしてまで、柴崎を守らせてくれたことに感謝する。」
まっすぐ己を見つめてくる瞳は、あの人に似ている、といつも咲は思う。
己の力を見定め、無情なまでの選択をできるようになって、また少し、似てきたと思った。
だがそう言えば目の前の彼は激怒するだろう。
そこはまだあの人とは違うところだ、と咲は淡く微笑んだ。
「いえ。
柴崎三正には辛い思いをさせてしまいました。
・・・どうぞこれからもお大事になさってください。」
「ああ。」
手塚は柔らかく微笑んだ。
初めてあったころに比べて円くなったものだ、と思う。
「ところでお前、兄貴とはあれからどうなんだ。」
世間話のようになされる予想外の言葉に、咲は目を瞬かせた。
「・・・どう、といわれましても。」
真剣な瞳が、咲を見据える。
「あいつは俺とは違う。
柴崎も心配しているんだ。」
咲は唖然とする。
「あいつは危険な目に合うお前を助けたことなど、今まで一度もありはしない。
むしろだまして、出汁にさえするだろう。
あいつはそれができる男だ。
それをやってのけられるだけ、理性があり、感情を抑えられる。
頭が回るんだ。」
それは咲にも容易く想像できた。
あの人は、自分の理想が一番で、そのためにならなんだってできる人だった。
咲が彼を庇って刺された時だって、頼んだ通り咲の犠牲を上手く広報に使っていた。
それができるのだ、彼は。
できてしまうのだ。
自分の感情を、容易く押さえつけることが。
「正直に言う。
・・・別れた方がいい。」
西日の差しこむ図書館は嫌に静まり返っていた。
「手塚三正は、お優しいですね。」
咲は俯いてぽつりとつぶやく。
影になっていて咲の表情は手塚にはよく見えなかった。
「あの人とは、全然違う。
・・・私も貴方を慕えたならばよかったでしょう。
でも残念ながらそうはいかなかったようです。」
ゆっくりと上げられた咲の顔には、いつも通り表情はない。
「私に王子様はいりません。
両親と同じで、本を守りたいだけですから。
だから、本と、あの人が守りたい本がある世界なら、それで構わない。」
オレンジの陽を受けた顔に、ゆっくりと頬笑みが浮かぶ。
「私を出汁にすることで、本が守れるならば結構。
あの方の理想がかなうのならば結構。
特殊部隊がその任を終え、解体される日が来るために、私は命をかけているんです。
そのために使われるならば、本望。」
「・・・俺にはひどく不幸に見える。」
眉をひそめる手塚。
「日野の生き残りですから。」
「・・・だそうだ、兄貴。」
手塚は振り返って歩き出した。
咲はこぼれおちそうなほど目を見開く。
彼と入れ替わる様に書棚の影から現れたのは。
「死ね馬鹿。」
耳元で悪態をつかれた彼は、くすりと笑った。
「いらないと言われた王子様登場。
・・・まぁ、王子なんてもんじゃないか。」
西日が眩しくて、咲は目を瞬かせた。
「弟を使って、本音を聞き出そうとする俺だ。
君が思っているよりも卑怯じゃないかい?」
ようやく我に返った咲は、淡く微笑んで口を開く。
「・・・使えるものはすべて使うのが貴方ですから。」
「道はまだ険しく遠い。」
「分かりきったお話です。」
「君はまだ若い。」
「稲嶺さんと同じことをおっしゃるんですね。」
「いつでも離れてくれて構わないよ。」
「ええ、存じています。
ですが残念ながら私は図書館とともにあると決めました。」
手塚慧は書棚の本にそっと触れた。
その優しい指が、咲は好きだった。
「奇遇だな。
俺もなんだ。」
夕暮れの確認事項