本編 ーzeroー
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「毬江。」
図書館の中庭の木陰は、思ったよりも涼しいことを、
咲に教えられた。
「なに?」
手元のサンドイッチから目をあげる。
夏休みの朝は早めにここにきて、二人で朝ご飯をときどき食べるのだ。
今日は毬江が作ってきたサンドイッチ。
「私、大学には行かないって言っていたでしょ。」
大分前から聞いていた話だった。
でも、だからと言ってどうするかまでは聞いてはいなかった。
聞くにも聞けなかった。
彼女の両親はいないことを、気づき始めていたから。
「図書隊に入隊するのが第一志望なの。」
彼女の貸してくれたあの本と関係があるのだろうか。
優しく微笑みながら図書館を見る彼女の眼は、
本当に大切なものを見つめているように見えた。
「ここには寮もあるし。」
祖父が死に、ひとり残された祖母は彼女の叔母に当たる人が引き取ることになったらしい。
彼女はそこについていくわけにもいかない。
「願ったりかなったりなの。」
彼女はいったい、何を願っているのだろう。
「咲は、どうしてそんなに図書館が好きなの?」
素朴な疑問は、何よりも大きな話につながることを、
毬江は知らなかった。
「小牧さんに言われちゃうのも嫌だから、
そろそろ話そうかな。」
あの人、もう気づいてるだろうし。
小牧と話したことなどほとんどないだろうに、
他人のことをすぐにわかってしまう彼女は本当に聡いと思いながら、
毬江は興味深々、というように咲の声に耳を傾けた。
「日野の悪夢については、小牧さんから聞いてる?」
毬江は頷いた。
私が生まれてから翌年に起きた、図書館界の歴史に残る、
悲惨な事件。
「私の誕生日はね、2月7日。
日野の悪夢の日なの。」
彼女の表情はいつも通り、どこか何を思っているのか読めない。
「どういう意味かわかる?」
毬江にはさっぱりだった。
首を振ると、咲はどこかさみしげに笑った。
「私の両親は、日野の悪夢の犠牲者なの。
おなかにいた私だけが、かろうじて生き残った。」
簡単な説明なのに、毬江は頭を鈍器で殴られたような衝撃があった。
「ずっと見てきたの、図書館のこと。
私の両親の命を奪った図書館のこと。
両親が出会った図書館のこと。
両親が、二人で愛した図書館のこと。」
毎日彼女が図書館に通ったのは、
単に図書館が好きだったからではないのだ。
見定めていたのだ。
両親が殉職した場所を。
「私にとって、周りの人たちは全て同じ時と場所を過ごすだけの、
ただ過ぎていく物だった。
でも、図書館だけは違った。
ここにいる本も、人も、みんな生きて見えたの。
不思議。」
彼女はいったい、どんな思いでここまで生きてきたのだろう。
「稲嶺さん・・・今の図書館隊の司令ね。
あの人が作った今の体制も、
私にわかることは少ないだろうけど、いろいろ調べた。
いろんな人を見た。
小牧さんも、堂上さんも、笠原さんも、進藤さんも。
あ、進藤さんはね、私の伯父さんなの。
特殊部隊で狙撃の名手なんだから。」
彼女はくすりと笑った。
「いろんなことを見て、考えて、それで思ったの。
やっぱり私は両親の子なんだなって。
この図書館を守りたいって。
本だけでなくて、この図書館という場所を、
本と人、人と人の出会いの場を、護りたいって。
誰よりも、稲嶺さんと共に。」
彼女はグーンと伸びをした。
「だから、入隊希望を出した!」
彼女のこんな声、初めて聞いた。
もちろん、完全に聞こえているわけではないけれど、
こんなにも、感情を声に載せることができるなんて、初めて知った。
「あっ毬江ちゃんと咲ちゃん、おはよう!」
郁の声に、咲は振り返る。
大きな郁の声は毬江にもかすかに聞こえたようだ。
小さく手を振れば、郁は手を振り返して、図書館に入っていった。
「あの人たちと働くの。
それが私の目標。」
咲は毬江を見つめた。
「一緒に大学行きたいって言ってくれたのは、とっても嬉しかった。
でも、私は一緒にはいけない。」
その分、と彼女はまた目元だけで淡く微笑んだ。
「しっかり叩き込んであげる。」
彼女がここに入隊するのならば、
ここに来れば小牧だけでなく、咲にも会うことができる。
そう思えば、さみしくはないのかもしれない。
「お願いね、先生。」
任せなさい、と咲は笑った。
あなたが言ってくれるの、ずっと待ってたよ
図書館の中庭の木陰は、思ったよりも涼しいことを、
咲に教えられた。
「なに?」
手元のサンドイッチから目をあげる。
夏休みの朝は早めにここにきて、二人で朝ご飯をときどき食べるのだ。
今日は毬江が作ってきたサンドイッチ。
「私、大学には行かないって言っていたでしょ。」
大分前から聞いていた話だった。
でも、だからと言ってどうするかまでは聞いてはいなかった。
聞くにも聞けなかった。
彼女の両親はいないことを、気づき始めていたから。
「図書隊に入隊するのが第一志望なの。」
彼女の貸してくれたあの本と関係があるのだろうか。
優しく微笑みながら図書館を見る彼女の眼は、
本当に大切なものを見つめているように見えた。
「ここには寮もあるし。」
祖父が死に、ひとり残された祖母は彼女の叔母に当たる人が引き取ることになったらしい。
彼女はそこについていくわけにもいかない。
「願ったりかなったりなの。」
彼女はいったい、何を願っているのだろう。
「咲は、どうしてそんなに図書館が好きなの?」
素朴な疑問は、何よりも大きな話につながることを、
毬江は知らなかった。
「小牧さんに言われちゃうのも嫌だから、
そろそろ話そうかな。」
あの人、もう気づいてるだろうし。
小牧と話したことなどほとんどないだろうに、
他人のことをすぐにわかってしまう彼女は本当に聡いと思いながら、
毬江は興味深々、というように咲の声に耳を傾けた。
「日野の悪夢については、小牧さんから聞いてる?」
毬江は頷いた。
私が生まれてから翌年に起きた、図書館界の歴史に残る、
悲惨な事件。
「私の誕生日はね、2月7日。
日野の悪夢の日なの。」
彼女の表情はいつも通り、どこか何を思っているのか読めない。
「どういう意味かわかる?」
毬江にはさっぱりだった。
首を振ると、咲はどこかさみしげに笑った。
「私の両親は、日野の悪夢の犠牲者なの。
おなかにいた私だけが、かろうじて生き残った。」
簡単な説明なのに、毬江は頭を鈍器で殴られたような衝撃があった。
「ずっと見てきたの、図書館のこと。
私の両親の命を奪った図書館のこと。
両親が出会った図書館のこと。
両親が、二人で愛した図書館のこと。」
毎日彼女が図書館に通ったのは、
単に図書館が好きだったからではないのだ。
見定めていたのだ。
両親が殉職した場所を。
「私にとって、周りの人たちは全て同じ時と場所を過ごすだけの、
ただ過ぎていく物だった。
でも、図書館だけは違った。
ここにいる本も、人も、みんな生きて見えたの。
不思議。」
彼女はいったい、どんな思いでここまで生きてきたのだろう。
「稲嶺さん・・・今の図書館隊の司令ね。
あの人が作った今の体制も、
私にわかることは少ないだろうけど、いろいろ調べた。
いろんな人を見た。
小牧さんも、堂上さんも、笠原さんも、進藤さんも。
あ、進藤さんはね、私の伯父さんなの。
特殊部隊で狙撃の名手なんだから。」
彼女はくすりと笑った。
「いろんなことを見て、考えて、それで思ったの。
やっぱり私は両親の子なんだなって。
この図書館を守りたいって。
本だけでなくて、この図書館という場所を、
本と人、人と人の出会いの場を、護りたいって。
誰よりも、稲嶺さんと共に。」
彼女はグーンと伸びをした。
「だから、入隊希望を出した!」
彼女のこんな声、初めて聞いた。
もちろん、完全に聞こえているわけではないけれど、
こんなにも、感情を声に載せることができるなんて、初めて知った。
「あっ毬江ちゃんと咲ちゃん、おはよう!」
郁の声に、咲は振り返る。
大きな郁の声は毬江にもかすかに聞こえたようだ。
小さく手を振れば、郁は手を振り返して、図書館に入っていった。
「あの人たちと働くの。
それが私の目標。」
咲は毬江を見つめた。
「一緒に大学行きたいって言ってくれたのは、とっても嬉しかった。
でも、私は一緒にはいけない。」
その分、と彼女はまた目元だけで淡く微笑んだ。
「しっかり叩き込んであげる。」
彼女がここに入隊するのならば、
ここに来れば小牧だけでなく、咲にも会うことができる。
そう思えば、さみしくはないのかもしれない。
「お願いね、先生。」
任せなさい、と咲は笑った。
あなたが言ってくれるの、ずっと待ってたよ
