別冊 ー5thー
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ほう。
縁側で碁を打つ上司と、元上司の隣で、咲は湯呑で手を温めため息。
今日は郁が柴崎と出かけているはずだから、咲も気兼ねなく外出できる。
最近は気が塞ぎがちなようなので、連れ出してくれる郁が有難い。
咲がいるのも忘れてか、稲嶺と玄田は思い出話で盛り上がっているようだ。
妻がアマ3段のお金を下ろすのに相談しなかったことを怒ったこと。
玄田の碁の腕が鈍ったこと。
手塚が碁を打てるのを黙っていたらしいこと。
緒方の思い人が現れたこと。
「妻を喪って、自ら業の深い道ばかり選んできましたが・・・私は幸せな司令でした。
緒方君にもぜひ伝えてください。
年寄りを待たせるのは罪悪ですよ、先が短いんですから。
ねぇ、咲さん。」
小さい頃は咲ちゃんと呼ばれ、高校生くらいになると咲さんと呼ばれた。
入隊してからは他人の前では空太刀さんと呼ばれていたが、この人は引退してからまたすっかり咲さんに戻ってしまっている。
「稲嶺さん、自分ばっかり人を急かしてずるいですよ。
稲嶺さんだって頑張って長生きしてくれないと。」
咲は稲嶺に微笑みかける。
「私はまだ二十歳すぎなんですから。
隣の玄田さんを見てくださいよ。」
「それもそうだ。」
「おいおい空太刀・・・。」
笑いが弾けた。
玄田は照れたように笑う。
職場では見れないような、ただの二十歳すぎの娘の咲がそこにはいて、普段どれ程の覚悟でこの娘は戦場に立つのだろう、と重いを馳せる。
「久しぶりにひとつ、どうですか。」
「では、お願いします。」
さらりとしたやり取りに、玄田が顔をあげた。
「おい待て空太刀。
お前打てるのか。」
何度も碁を打てる相手を探しているという話はしており、それは咲の耳にも入っているはずだった。
(白を切りやがって!)
さすがに稲嶺の前で罵るのは憚られた。
「私が小さい頃から仕込みましたから。」
「なかなか勝てないんですけどね。
昔から負されっぱなし。」
悪びれる様子もなく咲はすっと碁盤の前に座ると、迷いなく白を打つ。
「でも中学くらいになったころにはずいぶん良い手を打つようになりましたねぇ。」
稲嶺も迷いなく黒を打つ。
「初めて勝ったのは、高校2年の秋でした。」
「覚えているんですか。」
「もちろんですよ。
どうです、今度一緒に大会にでも。」
「いえ、私なんてまだまだ。」
とんとん拍子に進んでいく試合だが、なかなかの接戦だ。
しかし先に考え込んだのは咲。
「そこ行きますか。」
「ええ。
でも早く気付きましたね。」
「常套ですからね、稲嶺さんの。」
「あら、久しぶりにやってるの?」
フクさんが手に菓子を持って顔を出した。
「隣の坂本さんも、久しぶりに会いたがっていたわよ。」
それぞれの隣に菓子を並べながら、フクは咲に話しかける。
「最近ちょっと立て込んでいまして。
また落ち着いたら伺います。」
忙しいそうだが、ずいぶん明るく笑うようになった、とフクは思う。
初めて出会ったときはずいぶんと内気な子だと心配したものだ。
今は立派な娘である。
「ええ、待っているから。」
何かいいことでもあったのかしら、なんておばちゃんはあれこれ想像を膨らませた。
ほのぼの縁側