別冊 ー5thー
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
無線で進藤につなぐ。
「館内で少年を発見。」
『お前まだ中にいたのか!!』
無線の向こうで、進藤の怒る声がした。
「説教は後で聞きます。
トイレの個室に隠れていました。
とりあえず、脱出しますんで、救急車の手配お願いします。」
『わかった。
気をつけろよ。』
無線を切る。
急いでスーツの上着を脱いで、水に浸し、
少年に着せる。
『これであの煙から守る。
ズボンも濡らす。』
手話でそう話しかける。
祖母が耳を悪くしたとき、何か少しでもと思って覚えたのだ。
結局使うことはなかった。
まさかここで役に立つとは。
頷くのを確認してから、掃除用具の中からホースを探し、蛇口につけてズボンをぬらした。
そして自分も水を頭からかぶる。
少年の顔にはハンカチをかけてやる。
『しっかりつかまっているんだよ。』
手に指で走り書きすれば、少年は咲の首に手をまわした。
咲は息を止めると、トイレから駆け出した。
傍の階段から降り、1階に入ろうとする。
しかし煙のなかに忽然と扉が現れた。
非常事態が起きると、火の手が回るのを抑えるために、
各フロアごとに非常扉が閉まる仕組みになっている。
確かこれはロック式になっているはずだから・・・
と、隊員証を機械にかざすも反応しない。
何が起きたのかよくわからないが、
催涙弾をしかけたやつらが壊していったということも考えられる。
『聞こえるか、咲!
ドアのロックが壊されている。
エレベータを使えば1階に降りられる!」
苦しくなって思わず息を吸い込み、
激しくむせる。
少年が驚いたようにハンカチを取ろうとするが、
背中をトントンと叩いて大丈夫だと伝える。
『しっかりしろ、咲!』
朦朧とする意識で、進藤の檄を聞いた。
もう一度階段を駆け上がり、エレベータのボタンを押し、
一度すぐ隣にあるトイレに入った。
「エレベータで、おり、ます。
1階の出入り口、確保、お願いします。」
自動ドアを開けるくらい、男手ならそう苦労はしない。
むせながらそう伝えると、進藤が分かった、と答えた。
一度少年を下ろし、
気持ち分だけもう一度水をかかり、
うがいをした。
『エレベータで下に降りる。』
少年は頷いた。
チンという音に、咲と少年は手をつないでエレベータに走り込み、ドアを閉める。
激しくむせていた。
あまりの苦しさに、立っていることができず、座り込み両手を床につく。
小さな少年の手が、心配げに背中をさすってくれている。
涙で視界もかすんでいる。
上体を支える腕も震えていた。
さてどうやって出ようか。
頭だけは冷静だった。
エレベータが動き始め、無線が入った。
『俺と山本が向かう。
二人は待機していろ。』
「はい。」
声はほとんど出なかった。
チン
妙に明るい音をたててドアが開くと、
白い煙の中から二人の男性が姿を現した。
進藤が少年を抱きかかえ、
山本が咲を背負う。
そして煙の中を駆けだした。
出口まではすぐだった。
新鮮な空気を吸おうとして、
激しくむせた。
「学校へ連絡!」
進藤の声がおぼろげに聞こえた。
皮膚が痛い。
のども痛い。
目も痛い。
中にいる間は必死で気づきもしなかった痛みに襲われる。
背中からおろされ、山本が支えてくれるのに甘え、
胸に頭を預けた。
何度も気を失うほどせき込み、
その中で体が毛布に包まれるのを感じた。
顔をところどころ赤くした郁と堂上が心配げにかけてきた。
郁はうがい用にコップとバケツを出し、堂上も両手にバケツを持っている。
山本に手伝われながら、咲はうがいをし、手や顔を洗った。
「学校から連絡が入って、慌てて私たちが飛び込んだ所に、咲から連絡が来たの。
良かった、無事でよかったよ。」
バシャバシャと水を飛ばす咲の隣で、郁がため息をついた。
「笠原士長も無事で、何よりです。」
なんとかそう言う彼女の顔には覇気はなかった
山本はずっと彼女のそばで、身体を支えていた。
守れなかった分、まるで謝るかのように。
傷だらけでも