本編 ーzeroー
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「こんにちは」
声のする方を稲嶺は振り返る。
「おや、久しぶりだね、咲さん」
「何かお勧めの本があったら教えてもらえませんか?
クーラーの利いた部屋でしっとり読める本がいいな」
「では、廊下で立ち話も何だから、私の部屋にいらっしゃい」
車いすの後ろを追って歩く。
「稲嶺司令のお部屋なんて久しぶり」
「君に司令と呼ばれるのは初めてだね」
からかうように返された言葉に、咲は小さく微笑んだ。
「いつも司令とお呼びしたほうがいいですか?」
「君にはいつまでも稲嶺さんと呼んでもらいたいものだが」
部屋のドアのロックを開け、自動ドアが開く。
「どうぞ」
「失礼します」
図書館と同じ匂いのする司令室。
祖父と孫、と言ってもいいほど年の離れた二人だが、この二人は同じ時を生きてきた。
更に言うならばーー 同じ時を生き抜いた。
「カモミールティー、入れますね」
「お願いするよ」
司令室につながる給湯室で、咲はこぽこぽとお茶を入れ、近くの棚にあったお茶菓子と一緒に盆に乗せてやってきた。
「父の本、隊士の方の間で広く読まれていると、とある隊士の大切な人である私の友達が、教えてくれました」
遠回しの言い方と、その中に含まれる親密な関係と、それを温かく見守る咲の思いに、稲嶺もほっと笑顔をこぼす。
初めて彼女を図書館で見つけた時は驚いたものだ。
彼女を育てている、今は亡き隊員のご両親が図書館を毛嫌いしているのは知っていたから。
その両親の知らないところで、稲嶺と咲は偶然にも出逢い、密かに関係を築いてきた。
稲嶺は知っている。
光の中にいるべき子ども時代、彼女はいつも、光からは一歩離れた影の存在だった。
どこか孤独で、でもそれを苦とは思っていない様子が、稲嶺には辛かった。
だから少しでも彼女にとって明るい話があることが、嬉しかった。
「言っていた通りだろう」
「稲嶺さんに聞くのと、外からに聞くのとではまた感じ方が違いますよ」
クッキーをかじって、おいしい、と笑みをこぼす咲。
本当に、いい表情をするようになったと思う。
彼女は稲嶺と違って、母のおなかの中で事件を乗り切った。
だから、彼のような働きができたわけではない。
平凡な女子高生となっただけだ。
今は。
「入隊希望を、出したんだね」
稲嶺の一言に、咲は居住まいを正す。
「当然ですよ、稲嶺司令」
やはり彼女から司令と呼ばれたくはなかったと、心の中でため息をつく。
誰よりも特別な思いで見守ってきた彼女を死地に送り込む命令を下すなんて、真っ平御免だからだ。
彼女の両親が、どれほど図書館を愛していたか。
どれほど生まれてくる子を楽しみにしていたか。
彼女と図書館で過ごす時を、どれほど心待ちにしていたか。
同僚だった稲嶺は、その叶わなかった全てを知っている。
だがその娘の強い眼差しも、知るのだ。
「私も図書館を守りたいですから」
君の娘は悲しいほど立派に育ったよ
