本編 ーthirdー
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「すまないね、空太刀さん」
指令室の本棚の、稲嶺の私物だけを取り出して行く。
「いえ、このくらい」
様々な文献は、彼がずっと勉強を続けていたことを物語る。
「続けることにしたんだね」
彼が何を言っているのか、分からない咲ではなかった。
「はい」
振り返って淡く笑って、それから彼女はまた作業に戻った。
そんな仕草は、亡き彼女の母を思い出させる。
育てられてはいないのに、不思議なものだ。
一連の事情は緒方から聞いていた。
「私はね、君が特殊部隊から外れるかもしれないと聞いた時、少し嬉しかったんだよ」
作業を続けながらも、こちらの話は聞いているのだろう。
稲嶺は少し細くなったように見える背中に、話しかける。
「ようやく君が呪縛から解放されると。
それに君が私以外の者の命令で戦地に行かなくて済むから、ね。」
彼女を痛めつける権利は、同じ死線をくぐりぬけた自分にしかないと、どこか心の底で思っていたのかもしれない。
たとえ赤子であった彼女でも、それだけの親近感を抱いていた。
「おかしな稲嶺さん。」
背中が優しく微笑む。
「でも、君が続けると聞いた時、少し安心したんだ。」
その背中に、稲嶺も優しく微笑んだ。
「私は、」
咲は作業を止めて振り返った。
「私は、稲嶺さんと共に働けなくなっても、貴方の意思を継いでいきます。」
強い瞳に、稲嶺は頷く。
「私は、実に業が深い。」
「私もその業を、一緒に背負います。
出来る限り、お手伝いします。」
あの日生まれた赤子は、いつの間にかランドセルを背負っていた。
そしていつの間にか隊服に身を包み、自分の命令で動くようになっていた。
20年が過ぎた。
でも自分たちはそれを過去にすることはできない。
永久に、背負い続ける。
それが日野の悪夢を生き抜いた者の使命なのだと。
その日が来た。
咲の介助を受け、稲嶺は指令室を後にする。
ゆっくりと押されるそれは、昔は危なっかしかったのに、いつの間にかとても安らぐ揺らぎをもたらすようになった。
「貴女はまだ若い。
だから、進みたい道を進めばいいんだよ。」
「はい、もちろんです。」
頼もしい返事に、稲嶺は淡く微笑んだ。
自分と同じ道を歩み続けるのだろうと言う、その期待に、悲しみと安堵を抱く。
「寂しくなったらいつでも帰っておいで。」
そう言えば、約束していた酒をまだ飲んでいないと思いだした。
「ありがとうございます。」
優しい言葉が、耳に心地よい。
本当に、立派に育ったものだと思う。
自動ドアが開く。
稲嶺は目を見開いた。
柴崎が歩み寄ってくる。
「・・・これは、あなたの計らいですか。」
稲嶺の問いかけに、彼女は静かに頭を振った。
「自主的に集まったもので、列の並びもバラバラで恐縮です。」
稲嶺は静かに首を振る。
「稲嶺司令に、敬礼!」
緒方の号令に、一同が敬礼する。
その前を咲が静かに車椅子を押した。
2人の心は満たされていく。
(私がやってきたことは、無駄ではなかった。)
(稲嶺さんは、ここまでやりとげた。)
互いに孤独だった。
全てを失い、独りで歩んでいた。
自然と惹かれあい、再会し、司令と隊員として立場に大きな差はあれど、共に働いた。
この、図書館で。
そして2人の周りには今、たくさんの人が囲んでいる。
((もう、独りではない。))
車に乗るのを手伝い、ようやく2人は顔を見合わせ、微笑みあった。
泣きそうな咲の笑顔は昔からで、それでも笑うことが増えたと思う。
「空太刀一士、これからも頑張ってください。
あなたの大好きな図書館のために。
みんなのために。」
誰からも見えないように、彼は襟につけた階級章を外し、咲の手に預けた。
目を見開く咲に、彼は微笑む。
「あなたに持ち続けてほしい。」
苦難の中の力を、いつまでも。
咲は大きく頷く。
その後、彦江が稲嶺に挨拶をし、車のドアが閉められた。
咲は彦江の隣で敬礼をする。
「これからも、共に闘ってくれますか。」
追い続けた背中を、2人は見えなくなるまで見送る。
「はい。
もちろんです。」
苦難の中の力を、私は忘れない
