本編 ーthirdー
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「おいチビ、返し忘れとるぞ」
ようやく戦争が終わった後、最後の掃除をしていると、玄田が咲に声をかけた。
玄田の太い指をたどり、心当たりに咲はあっと腰に手を当てる。
触れたのは硬く冷たい感触。
拳銃だ。
「申し訳ありません。
掃除用具と一緒に片づけます」
玄田はそうしろ、と言って咲に背を向けて次の作業へ映った。
その時アナウンスが流れた。
どうやら開場したらしい。
走らないように、と引き続きアナウンスが注意を促す。
それを聞く咲の目には、小さなゴミの山があった。
最優秀作品の裏にあるそれは、誰かが集めたものの、取り忘れたのであろう。
(急がなきゃ)
だがこれを片づければ、もう惨事の後も見えないだろう。
手早く片づけていると、ドタドタという足音がした。
「一体どういうつもりですか!」
『無抵抗者の会』が押し掛けてきたらしい。
キャンキャン叫んでいる。
玄田隊長が対応しているらしいが、嫌な仕事だろうな、と思う。
他の隊員たちは怒りを感じたり、気になったり、理由はそれぞれだろうが、皆手を止めて2人に見入っている。
咲も面倒なことだと作品の裏から遠巻きに眺めていた。
「ご高尚なご意見ですな」
聞き覚えのある声は、テレビで見た県知事だろう。
「誰も好き好んで銃を手に取りはしない。
撃てば必ず相手が傷つき、あるいは死にいたる。
彼らは我々に変わって手を汚しているのです」
この人は、流石に県の代表である人間だな、と思った。
今回の『自由』の選定といい、この図書館の状況といい、この人も覚悟を決めたのかもしれない。
だが、ふと疑問が頭を持ち上げる。
何故『無抵抗者の会』はこのタイミングで中に駆けこんだのだろう。
ここで図書館隊に訴えかけるより、他にもっと効果的な方法はあるはずだ。
ここにきても摘まみだされるのがオチ。
ならばチラシを配るでも、外で演説するでも、していた方がましでは。
「作品の前に立ちはだかり、死しても検閲に屈しない膝を覚悟し、己の死が大衆を覚醒させることをも覚悟に数えたうえでの発言か!
その覚悟があるならたった今県展のために、検閲に蹂躙される文化のために死線を潜った彼らを好きなように責めるがよろしい!」
県知事の言葉に、隊員達が励まされている空気を感じる。
しかしその時だった。
「そこをどけぇ!」
響く銃声に、反射的に作品の裏に身を潜めてた。
ドタドタと逃げる音と声は、きっと無抵抗者の会の者だ。
(そうか、これが目的で……)
「全員伏せろ!」
玄田の怒鳴り声に、隊員が伏せる音がする。
作品の陰から向こうを伺うと、玄田の陰で見えにくいが、1人の男がマシンガンを構えているのが見えた。
「お前たちが狙っている最優秀作品はオレの後ろだ!
撃てるものなら撃ってみろ!」
咲はさっと作品の後ろに隠れた。
腰に触れる。
冷たく硬い感触。
拳銃だ。
ー撃てるものなら撃ってみろ!ー
玄田の言葉を思い出し、咲は拳銃を抜きとった。
無茶ばかり言う上司のことだ。
きっと、自分に伝えたかったのだ。
(発砲許可は、出た)
緊張のせいか、呼吸が止まっているような感覚に陥る。
スライドを引けばカチャっと音がなって、いつでも打てる状態になった。
弾は7発だ。
7発で決める。
作品の陰から、マシンガンを構える男の膝を狙う。
玄田を撃たないように、細心の注意を払う。
辺りに緊張が満ちた。
吐き気がするほどの緊張を振り払い、咲は集中力を一瞬で高め、引き金に指をかけた。
そしてついに。
「うわーーーーーーーーーーーッ!」
裏返った悲鳴と共に、銃声がばらまかれる。
同時に咲も引き金を引くが、一発目はわずかにぶれたのか外れたらしい。
玄田を撃ってしまうかもしれない恐怖心と、重圧とに負けた結果だ。
自分の弱さに、そしてその結果が招く死の予感に、鳥肌が立つ。
一発の銃弾が咲の頭をかすめて飛んで行った。
辺りに激しい音を立ててあたる銃弾。
咲は必死に自分の心を追いやり、冷静を取り戻そうとする。
(撃つんだ!)
もう一度引き金を引いた。
今度は男が倒れた。
しかし弾は止まらない。
どうやらまだ居るらしい。
その事実にぞっとする。
咲は銃を握ると作品の裏から転がり出た。
弾の方向から敵の位置を把握し、片膝をついた低い体勢のまま、銃を構える。
そのときようやくマシンガンの弾が切れたのか、音が止まった。
「それでしまいか?」
大きな体が、前のめりにゆっくりと傾げた。
「玄田隊長ッ!」
隊員が叫ぶ声が、咲の心をえぐる。
玄田の体の影になっていた咲の姿が、そして敵の男の姿が、互いの目に触れた。
仲間が急に呻いて倒れたのをおかしいと思っていたのだろう。
彼の目は目標的を咲に変えた。
男は撃ち終わったマシンガンを捨て、腰から拳銃を引き抜いた。
「動くな!
動けば撃……あぁッ!!」
銃音と共に男はよろめいた。
左肩を撃ったのは、利き手であろう右手を奪わないという情けを、咲がかけたからだ。
図書隊員達の目が初めて咲を捕え、見開かれた。
「……銃を捨てろ」
咲は銃を構えたまま立ち上がる。
男は左肩を押さえながらも、銃を捨てようとはしない。
血走った眼で咲を睨みつけ、痛みに震えながら再び銃を構えた。
「逃げろ!」
小牧が叫ぶのと同時に、男は引き金を引いた。
1発。
男が撃ったのは咲ではなく、最優秀作品『自由』だった。
咲が男を睨みつける。
「やめろッ!!」
2発。
「撃つぞッ!!」
咲は銃を握りしめた。
3発。
4発目を撃つより早く、咲は銃の引き金を引いた。
「うぁぁぁぁ!!」
2度目の悲鳴で、男は拳銃を取り落とした。
右肘から血が流れている。
もう彼の手は使い物にならないだろう。
「取り押さえろ!」
緒方副隊長の怒声が響き、隊員達が襲撃者を取り押さえる。
「隊長ッ!」
隊員達が玄田に駆け寄るのを、咲はただ茫然と見つめていた。
手から、拳銃が滑り落ち、派手な音を立てたはずなのに、辺りの喧騒に掻き消されてそれは目立つことはなかった。
「空太刀!
怪我はないか?」
山本が咲に駆け寄って体を見る。
何か所もかすり傷はあるが、大事には至らかったが、本人がただ茫然としており、痛みを感じていないように見えた。
「おい、空太刀!」
山本の声も聞こえていない。
笠原は手を噛んで必死に泣くのを堪えている。
(私が一発目を外さなかったら……)
玄田の傷の確認は小牧が行った。
耳をふさぎたくなるひどい状態だ。
(マシンガンを撃つより早く、脅していたら……)
「救急車手配しました!」
手塚が報告するのが、遠くで聞こえた。
(貴方には待つ人がいる)
隊員達が必死に玄田の名を呼び、止血作業をおこなっている。
(貴方を求める人が、いる)
我に返った笠原が、必死に父に協力を求めている。
酸素が足りない気がした。
息を吸っても吸っても足りなくて、呼吸が荒くて、苦しかった。
(でもここで倒れて人の手を煩わせるわけにはいかない)
落とした拳銃を手探りで探し、震える手で抱きしめた。
なんとか立ち上がる。
ひどく苦しくて、このまま死んでしまうのかと思ったし、それでいいと思った。
その方が楽になれると思ったのだ。
(もし死ねぬなら、この銃で……)
玄田を救えたかもしれないたった一人の自分が、その役目を果たせなかった。
その事実をただ受け止めることは、小さな咲の心にはできなかった。
「しっかりしろ!
空太刀!!」
山本が叫んでいるのが聞こえた。
「ごめん、な、さ……」
いけないことは分かっていたのに、こんなところで自分が迷惑をかけてはならないことは分かっていたのに、咲は意識を失った。
