本編 ーthirdー
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もういい時間だというのに、関東図書基地司令室はまだ明々と電気がついていた。
明日が県展の初日。
妙に静まり返った夜が、稲嶺はどこか薄気味悪く感じていた。
着信音が部屋に響き、携帯を取る。
「はい、稲嶺です」
電話の向こうはしん、としていて、他の者ならいたずら電話かと戸惑ってしまうであろうが、彼はそんなことはない。
待てば声が聞こえることを知っている。
窓辺に車椅子を動かし、外を見ると優しい月光が降り注いでいた。
ここよりも田舎の水戸では、きっともっと明るく感じるだろう。
『……空太刀です』
そんな月明かりのような、どこかしんとした声がした。
稲嶺は目を見開く。
声にならない声が喉もとでつかえ、そしてその一瞬で、携帯の画面に先ほど表示されていた名前を思い出した。
「咲さん、ですね」
彼女の声はあまりに似ていた。
20年以上も前に聞いたきりの、彼女の母かと思ってしまうほどに。
(それだけ、大人になったということであり、そして)
机の上に飾られた植木鉢をちらりと見る。
(いつまでも忘れることができない、ということでもある)
それは自分の使命だと感じてはいるが、同じものを彼女も背負っているのだと感じる度、まだ若い分、これから先が少し悲しくもある。
『はい。
……夜分に申し訳ありません』
「いいえ」
『あまりに……月が綺麗だったから』
稲嶺は改めて窓の向こうの空を見上げた。
「本当に」
『稲嶺さんも見ているんですか?』
「ええ」
電話の向こうで、咲は何かを考えているようだった。
言おうか言わまいか、何かを迷っている。
しばらくして聞こえてきた声は、どこか沈んでいた。
『あまりに綺麗だから、なんだか、気持ち悪くて』
そう言えば、この子も母に似た聡い子だった、と、稲嶺は思い出す。
彼女に情報網はないけれど、渦中にいれば事の重大さを誰よりも感じているだろう。
もしかしたら何か勘づいているのかもしれない。
だが、決戦は明日。
彼女に少しでも不安を抱えていてほしくなかった。
無事に、生還してもらうためにも。
「そうですね。
帰ってきたら、月見酒といきますか」
少しの間が空いてから、咲が小さく笑う気配がした。
稲嶺も静かにほほ笑んだ。
『稲嶺さんとお酒、飲んだことないですもんね』
「そうですよ。
貴方も成人したことですし、良いでしょう」
電話の向こうで、小さい声が、はい、と返事をした。
さっきは彼女の母と間違うような大人びた声だったのに、今度は初めて出会った日の幼い少女の声に聞こえて、稲嶺は悲しげに月を見上げた。
「また、遊びに来てください」
そう言う口が、孫のように愛する娘を激戦地に送り込む指示を出す。
(誠に業が深い)
電話の向こうで、もう一度、今度ははっきりと、はい、と声がした。
だから、どうか
明日が県展の初日。
妙に静まり返った夜が、稲嶺はどこか薄気味悪く感じていた。
着信音が部屋に響き、携帯を取る。
「はい、稲嶺です」
電話の向こうはしん、としていて、他の者ならいたずら電話かと戸惑ってしまうであろうが、彼はそんなことはない。
待てば声が聞こえることを知っている。
窓辺に車椅子を動かし、外を見ると優しい月光が降り注いでいた。
ここよりも田舎の水戸では、きっともっと明るく感じるだろう。
『……空太刀です』
そんな月明かりのような、どこかしんとした声がした。
稲嶺は目を見開く。
声にならない声が喉もとでつかえ、そしてその一瞬で、携帯の画面に先ほど表示されていた名前を思い出した。
「咲さん、ですね」
彼女の声はあまりに似ていた。
20年以上も前に聞いたきりの、彼女の母かと思ってしまうほどに。
(それだけ、大人になったということであり、そして)
机の上に飾られた植木鉢をちらりと見る。
(いつまでも忘れることができない、ということでもある)
それは自分の使命だと感じてはいるが、同じものを彼女も背負っているのだと感じる度、まだ若い分、これから先が少し悲しくもある。
『はい。
……夜分に申し訳ありません』
「いいえ」
『あまりに……月が綺麗だったから』
稲嶺は改めて窓の向こうの空を見上げた。
「本当に」
『稲嶺さんも見ているんですか?』
「ええ」
電話の向こうで、咲は何かを考えているようだった。
言おうか言わまいか、何かを迷っている。
しばらくして聞こえてきた声は、どこか沈んでいた。
『あまりに綺麗だから、なんだか、気持ち悪くて』
そう言えば、この子も母に似た聡い子だった、と、稲嶺は思い出す。
彼女に情報網はないけれど、渦中にいれば事の重大さを誰よりも感じているだろう。
もしかしたら何か勘づいているのかもしれない。
だが、決戦は明日。
彼女に少しでも不安を抱えていてほしくなかった。
無事に、生還してもらうためにも。
「そうですね。
帰ってきたら、月見酒といきますか」
少しの間が空いてから、咲が小さく笑う気配がした。
稲嶺も静かにほほ笑んだ。
『稲嶺さんとお酒、飲んだことないですもんね』
「そうですよ。
貴方も成人したことですし、良いでしょう」
電話の向こうで、小さい声が、はい、と返事をした。
さっきは彼女の母と間違うような大人びた声だったのに、今度は初めて出会った日の幼い少女の声に聞こえて、稲嶺は悲しげに月を見上げた。
「また、遊びに来てください」
そう言う口が、孫のように愛する娘を激戦地に送り込む指示を出す。
(誠に業が深い)
電話の向こうで、もう一度、今度ははっきりと、はい、と声がした。
だから、どうか
