本編 ーthirdー
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「みんな疲れているな」
小牧がぽつりとつぶやき、立ち上がる。
その隣で、声がした。
「買い出し、手伝います」
何も言っていないのに、と目を向ければ、咲が立って小牧を見ている。
本当に聡い子だと思った。
「大丈夫かい?」
「ええ、気分転換に外に出たくて」
県展を明後日に控えた美術館と図書館の周りは塹壕だらけ。
(毬江ちゃんだったら、こんなところに1日でもいさせたくないな)
その愛しい子が目の前の女子隊員の友達で、一つ下だと思うと、小牧は困ったように笑うしかなかった。
「ありがとう。
じゃあお願いしようかな」
2人でコンビニまで歩く。
「毬江、元気ですか?」
小牧と毬江が毎日メールをしていることを咲が知っていることは簡単に予想がついた。
なにせ毬江の高校時代からの友達は咲くらいなのだ。
そして、彼女が心をこれほど許しているのもまた、咲だけだった。
「うん。
今日も大学だったみたい」
無難に返す。
「大学卒業まで、待つそうですね」
思い当たるのはひとつで、小牧は苦笑を浮かべた。
結婚、だ。
「もしかして、何でも筒抜け?」
視界にふわりと黒髪が映り込む。
風が吹いたのだ。
そう言えば、この子は髪は綺麗だ、と思った。
毬絵が褒めていたのだ。
とてもきれいだから伸ばすようにお願いしたの、女の子なんだもの、と。
(俺は毬江ちゃんの方が好みだけどな)
毬江の栗色の少し巻いた癖毛を思い出す。
「そうですね。
進捗状況とか」
会話の途中だったと思い出し、はっと隣の少女を見下ろす。
ばちりと黒い瞳とかちあい、聞くと墓穴を掘ると分かっていても、口から言葉が出ていた。
小牧にしては珍しいことだ。
「とか?」
黒い瞳は表情を変えることはない。
踏切が降りて、2人は立ち止まった。
「進捗状況、とか」
勿体ぶって同じ言葉を繰り返される。
10も下の子に遊ばれている気がしたが、背は腹に変えられないというか。
「……とか?」
「ファーストキスの感想、くらいですかね。」
(毬江ちゃん!)
心の中で思わず叫んだのは秘密だ。
電車が通り過ぎる。
踏切が再びあいて、咲は歩きだし、小牧もつられるように歩きだした。
「聞きます?」
歳下の無表情な女の子に背中でそう問われ、小牧は見えないのをいいことに眉間を抑えた。
「遠慮しておくよ」
なるべく平静を装ったけれど、きっと彼女にはお見通しなんだろうと思う。
「でもあったのはもう3カ……何でもないです」
彼女にしては珍しい失言だった。
3か月会っていないということは、毬絵から聞いていた。
咲のほうが断っているらしいことも。
それなのに、振り返った彼女は、淡く微笑んでいた。
「絶対に、毬絵を幸せにしてくださいね」
「もちろん」
即答する。
彼女にとって、毬江はなんなのだろう。
同級生、友達、親友、上司の彼女……関係性を表す言葉なんてたくさんある。
でもきっと、この子にとって特別な存在であることは小牧にも分かっていた。
家族のいなくなってしまったこの子にとって、図書館隊以外のつながりが極端に薄いこの子にとって、毬絵はかけがえいのない存在。
だからだろうか。
(毬江ちゃんの幸せが、彼女の幸せからはひどく遠いところにあるような言い方)
最近、毬江に連絡をしていないのは知っていた。
毬絵が言っていたからだ。
ー咲から、メールが来ないの。
私からしてもすぐに切られちゃって。
仕事忙しいのに、迷惑なのかな?ー
小牧は否定しておいた。
そんなはずはないと。
むしろ、咲にとって毬江は欠かせない存在なのだと。
(一緒なのかもしれない)
その時思ったのだ。
毬江の前に広がった新しい世界に、脅えているのは自分だけではないのではと。
だから距離を取ろうとしているのではないかと。
(離したくない俺とは逆に、空太刀さんは離れてしまうのを恐れて、突き放してしまうんだ)
不器用な子、だと思う。
2人はコンビニに入った。
買い物かごに人数分くらいの量を入れていく。
作業は黙々と進めていた。
「毬江ちゃんは、君を待ってる」
小牧の言葉に、咲は一瞬手を止め、それでもすぐにまた動きだした。
「小牧さんを待っているんです」
小牧は首を振って、買い物かごを持ちあげた。
小牧のメールに、毎日書かれているのは、小牧の心配だけじゃない。
ー咲は今日も大丈夫?ー
特別なのは、咲にとってだけではなく、きっと毬絵にとっても。
会計を済ませてコンビニを出た。
「知らないのかい?
毬江ちゃんは待ってるよ。
よかった、毬江ちゃんについて俺の方が知っていることもあって」
そう言って笑ってみせると、彼女も小さく笑った。
「気を遣っていただかなくても大丈夫です」
聡い彼女はときどきかわいくない。
でも、それが感情をかくすためだということは、毬絵に教えられた。
それからはじっと、彼女を待つことにしたのだ。
そうすれば。
「でも……本当に私が迷惑じゃなくて
……少しでも待っていてくれると嬉しい」
今にも泣きそうな笑顔に、小牧は目を細めた。
まだ咲が自分を大切にしてくれる人がいることを素直に受け止めるのが難しい心境だということは、分かっている。
だからいつかこの子が、自然と、ーそう、自分が誰よりも大切にしている毬絵のようにー心のままに上手に笑える日が来ればいいと思った。
待っているよ、みんな
