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「今日のチェスは皆さんに楽しんでいただくべく、さらに趣向を凝らし・・・」
アナウンスに続き、チェス盤の回りをい太い茨が取り囲む。
なかなか危険なことをするものだ。
「あたると痛そうだね。」
オレの言葉に黒鋼は目を細め、小狼くんはこぶしを握り締めた。
「勝つ。必ず。」
彼の眼は、サクラちゃんを見ている。
澄んだ二人のの瞳が、ぶつかった。
審判がフラッグを掲げる。
「READY・・・」
体を縛っていた鎖から解き放たれる。
「GO!!」
オレ達は飛び出す。
体が軽い。
力が漲っている。
昨日黒鋼の血を飲んだからだと思うと、気は沈むが。
黒鋼がいつも通り長剣を振りまわして敵を吹き飛ばす。
オレが鎖状の武器で追い打ちをかけ、そして小狼君が飛び出してケリをつけるのがいつもの展開。
彼が一人を蹴り倒したところで、異変に気付いた。
戦っている小狼君を遠目に見ていたオレ達のほうが状況がよく見えたのだろう。
「伏せろ!」
黒鋼の言葉に小狼君が従う。
間一髪で武器の先から飛び散る火花の直撃を免れた。
「後援に回れ!」
接近戦が得意な小狼君には不利になるからだろう。
その指示に従おうと立ち上がった小狼君が狙われ、オレは咄嗟に鎖をふるう。
しかし小狼君とは逆に、扱う武器上、オレは接近戦が苦手だ。
攻撃をしてから不味かったと思った。
敵が間近に迫る。
腹に容赦のない一撃が入った。
火花が散り、焼かれる痛みを感じた時には吹き飛ばされていた。
(まずいっ)
チェス盤の周りに張り巡らされた茨を思い出した。
このままでは血だらけは免れないと思っていたのに、俺は足に激痛が走っただけだった。
オレの鼻が、何があったのかを察知した。
(彼女はまた)
「・・・はッ・・・」
頭の上で聞こえる声に見上げると、微かに目を細める黒鋼の顔があった。
歯をかみしめるのは痛みに耐えているのだろう。
(オレのせいで)
そのまま墜落していく体をあわてて抱きよせ、着地してから地面に下ろす。
出血がひどい。
(血を流す・・・。)
こんな時ですら、喉の渇きを身体が訴える。
無意識に指先についた血を舐めていた。
「黒鋼さんっ!」
小狼君の悲鳴とサクラちゃんが息をのむ音に、我に返る。
続く敵の足音に、黒鋼を一瞥してから鎖を振りまわす。
敵の武器の先から何やら虫のようなものが飛び出して着た直後に、鎖は敵を弾き飛ばした。
小狼君がその虫を真っ二つにしてくれるが、どういう構造なのかその後も飛び続け、オレの首筋と小狼君の腕に傷を作った。
「仕込みや飛び道具は禁止のはず。」
小狼君が傷を抑える。
「傷つけることが目的かな。」
抑えるのはオレもだ。
なぜなら。
「しびれてきた?」
「はい。」
毒入りだったらしい。
「でもそれ以上に、サクラちゃんが迷っている。」
オレは黒鋼にも聞こえるように言った。
これはとても大切なことだから。
でも、彼女はそれで黙っているタイプではなかった。
震えながら剣を杖に片膝をつき、小狼君を見つめる。
柄を握る手は、血に染まっていた。
「俺は教えた。」
ー生きてやると決めたことをするためです。ー
桜都国で、小狼くんはそういって黒鋼に剣の教えを請うた。
彼は学んでいるはずなのだ、あの目を通じて。
「生きるため、生きて大切なものを守るための、戦い方を。
お前がそれを、使いこなせ。」
小狼君は刀を握り締め、構えた。
「勝つ。」
迷うように、そして一瞬立ち上がりかけたサクラちゃん。
「そこにいろ。」
小狼君は、後方にいる彼女に背を向けたまま言い放った。
敵が襲いかかる。
切れた額から流れる血が、小狼君の目に入り、視界を奪う。
彼は迷うことなく目を閉じ、気配を読んだ。
そして、完璧な足技で敵3人を倒した。
「BLACK WIN!!」
サクラちゃんはほっとして背もたれに身を預けた。
黒鋼はふらりと揺れた後、倒れこんだ。
血を流しすぎたのだろう。
血の香りがずいぶんと濃く、理性を崩されそうだ。
もし昨日飲んでいなかったら、オレはきっと今ごろ彼女の生き血を啜り、その姿を小狼君やサクラちゃんに晒していたに違いない。
そう思うと黒鋼に感謝せざるを得ないが、それがどうも、癪だった。
「酒飲めるか?」
包帯だらけの黒鋼さんが、おれにコップを渡す。
「もう一人のおれが飲めたんだったら。」
小さな声で答えた。
「お前が飲めるのかと聞いている。」
この人の紅い目は、いつも本当に強くて、まっすぐだと思う。
今も、そう。
まっすぐにおれを見つめている。
「・・・分からない。」
それは嬉しくて、どこか苦しい。
「じゃあいっしょに飲もうよ。
モコナ、小狼が飲んだらどうなるのか知りたい!」
モコナがぴょんと跳ねてグラスを持ってきた。
この子も飲むらしい。
ファイさんとサクラは今日も二人で早々に寝室に引き上げた。
マスターは精神的に疲れやすいのは聞いた。
特に、あの心やさしいサクラのことだ。
旅の仲間を駒にすること自体に、罪意識を感じているかもしれない。
「ありがとう。」
それならば、きっとおれにできることはなるべく笑顔でいることだと思う。
事実、この人たちに会えて、おれは幸せだ。
すべてを奪われたおれが、ようやく手にできた、幸せ。
モコナ注いでもらった酒は濃く、思わずむせた。
黒鋼さんがもうひと瓶持ってきた。
「お前用はこっちだった。」
出された瓶は水色の瓶で、泡の模様が描かれている。
見るからに黒鋼さんたちが飲む酒よりも度数が低そうだ。
「すまない。」
栓を開けて瓶に口をつけた。
ひんやりとした感覚が唇に伝わる。
口に入ってきた酒は、さわやかなラムネ味だが、どこかフルーティーな香りもしている。
「おいしい。」
思わず驚いて呟けば、黒鋼さんは満足そうに目を細めた。
「サクラの分も買ったんだけど、疲れちゃって飲むどころじゃないね。」
モコナが閉じられた扉の向こうを見つめた。
桜都国でみんなで酒を飲んだのは楽しい思い出だった。
そしてあの日から、黒鋼さんはおれの師になった。
「仕方ない。
チェスのマスターは大変なんだ。
それにあいつは戦うことに慣れていない。」
カランと氷の音をさせて、黒鋼さんは酒を煽る。
「大会が終わったら飲めるかな?」
その頭にグラスを持ったまま器用にモコナが飛び乗った。
「さぁな。」
微かに上がった口の端。
だんだん瞼が重くなってきた。
「すぐ寝ちゃったね。」
俺は飲みかけの酒瓶を少年から取り上げ、少しだけ残っていた残りを飲み干す。
甘いそれは味は好きだが、酒というには物足りない。
蹴らないところに瓶を置き、少年をソファに横にさせる。
白饅頭がグラスをこちらに傾けてきたので酒を少しだけたしてやる。
「お前、何か気付いたことはないか。」
ついでに尋ねれば、小さく首をかしげてちびりと酒を飲んだ。
身体が小さい割に、案外酒も飲める口なのだ。
「起きている間はないと思う。
でもモコナが寝ている間は分からない。
モコナが寝ていても侑子とお話は続けられるから。」
その事実を知らなかった俺としては失態だった、と思った。
こいつに聞けば魔女とのやりとりについては把握できると踏んでいたからだ。
そうでないとすれば、姫や青年が勝手に魔女と取引をしかねない。
特に今、あの二人は俺たちに何かを隠している。
(・・・どうしたらいい・・・?)
「それでも・・・。」
不意に傍らで声がした。
「守る・・・必ず。」
少年がぼうっと眼を開けて呟いている。
深い眠りにつききれないのが苦しいところだ。
まだまだ試合が続くというのに。
「・・・寝ろ。」
そっと目の上に手をかざして暗くしてやれば、すっと眠りに落ちて行った。
「お前も寝ろ。」
「黒鋼が起きていてくれると、安心して寝ていられるよ、みんな。」
白饅頭がきゃっきゃというので睨むと、小狼の懐に入って眠った。
俺は起きているわけじゃない。
何日も起き続けていたら死んでしまう。
忍として気配に敏感だから敵が来ればすぐわかるのと、座ったまま寝ることができるだけだ。
でも、それだけで安心できるのだとしたら。
(忍も悪くないな。)
