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私はどうして眠っていたのだろうと、後悔してしまう。
後悔しても、始まらないと言うのに。
「ごめんなさい。
私がやめてって言わなかったら、怪我していなかったでしょう。
だから休んでいてください。」
もう一人の小狼君は悲しそうな顔をした。
私が彼をみて辛いように、きっと彼も、私を見ていて辛い。
私達は求める互いにこんなにも近しい存在なのに、その存在ではないから。
「モコちゃんも、休んでいてね。」
小さなこの子の心は傷つきすぎた。
優しく小さくて温かいこの子は、見たくないものをきっとたくさん見た。
そして、少し上にある紅を見上げる。
誰よりも、きっとこの人は。
そしてこれから、この人は。
「行くぞ。」
顔色が悪い。
血が足りていないし、疲労も溜まっているに違いない。
この人のことについてはあまり多くを聞かせてもらえなかった。
ただ、ファイさんに血を与えたことしか教えてもらえていない。
見ただけで私が寝ている間にこの人は多くの傷を負ったことは分かる。
そして何より、心が傷だらけだ。
「お前も、言い出したら聞かない姫か。」
それでも淡く笑ってくれる。
その笑顔が、私を孤独から救ってくれる。
紅い瞳は、知世ちゃんを思い出していた。
だから私も、知世ちゃんを思い出せた。
大切な、友達を。
私は、死んではいけない。
生きるために、行くのだ。
「すまない。
本当は俺だけで払おうと思っていたのに、巻き込んだ。」
寂しげな笑みに、首を振る。
「そんな!」
否定の言葉を遮るようにふわりと、抱きしめられる。
鼻につく血の匂いが、この人の傷の多さを知らしめる。
「大丈夫だ。
俺が守る。
ふぁいも、白饅頭も。」
耳もとで、優しい声が紡ぐ。
「小狼も、大丈夫だ、守ってやる。」
優しい手が、頭を撫でた。
不覚にも、涙が出そうになる。
「お前も、守りたい。」
この人は、私を、愛してくれているのだと。
あの、小狼君のように。
今回、黒鋼さんはひとつ大きなハンデを負っている。
魔女さんが言ったときは、正気かとみんなが耳を疑った。
彼女の腰には、刀がないのだ。
魔女さんはなんだか悲しげに、そしてとても意味深に言った。
ー貴方が刀を持たずに行くことが、対価になる。ー
「魔力も剣もない俺だが、できる限り守りたい。」
鼓膜を打つ、強い言葉。
「嫌か?」
私は思いを言葉にできなくて、首を振った。
「ありがとう。」
私を、こんなにも受け入れてくれる人が、ここに居る。
「俺には巫女の力はない。
こうなるなら、本当にもっと修行をしておくべきだったな。」
くすりと笑い声がした。
「それでも、どうか。」
ふわりと、淡い光が見えた気がした。
蒼い湖と、緑の森と、爽やかな風が吹いた気がした。
「神よ、この子を守りたまえ。」
抱きしめた時と同じように、ふわりと、黒鋼さんは離れた。
紅い瞳は、どこまでも強く、優しく、私達を守ってくれる。
(だから大丈夫。
私は大丈夫だよ、絶対大丈夫だよ。)
私は自然と笑顔になっていた。
「行こう。」
この人は、ずっと傍に居てくれるから。
この人は、絶対に約束を破らないから。
「はい。」
黒い背中に続く。
マントを羽織った背中は、傷が覆い隠されていて見えることはない。
その痛みを、この人は耐え続ける。
この国の人のために。
私達のために。
そしてきっと。
(小狼君・・・。)
貴方の心を、取り戻すために。
1台のバイクに2人で乗る。
黒鋼さんは後ろから操縦を教えながら運転している。
「分かったな。
一度手を離すぞ。」
「はい。」
ハンドルから黒鋼さんの手が離れた。
手に直接伝わってくるモーターの感触も、取られそうになる振動も、全て私の手にゆだねられている。
対価はコンパスの先にあるものだと魔女さんは言った。
そしてコンパスと共に詩(うた)を授けた。
ー失いし水の底 侵されし紅き滴が 命を浄化する
捧げよ そして 血の涙をー
これから先を暗示する生臭さがある。
「今から言うことをよく聞け。」
耳元で低い声が囁く。
「お前は対価を持って帰ることを最優先にしろ。
俺は一晩の野宿くらい大したことはない。
たとえ俺に何かあっても、このバイクとコンパスを持って、お前は進むんだ。」
振り返りそうになるのを寸でで止める。
このハンドルは今自分に任されているのだ。
「そんな約束できません。」
「お前はなぜ、対価を取りに行くと決めた?」
眠っていて何もできなかった分頑張りたい、というだけではその声は納得しない。
「何を思い出し、何を決意した?」
探るような、そして私の背中を押すような、声。
「覚悟しろ。
守りたいもののためなら、俺を捨てろ。」
その声は自暴自棄なものではなく、むしろ力強いもので。
「お前に心配されるほど、俺は弱くはない。
死にそうなところを何度も生き延びてきているんだ。」
優しく頭に手が乗せられる。
「いいな姫。
俺はお前の護衛だ。」
不意に背中が寒くなった。
ぱさぁっとマントが広がる音がする。
「黒鋼さん!?」
その存在はすぐに目の前に現れた。
巨大な猛獣と共に。
「やめてっ!」
思わず叫んだ。
漆黒のマントをひらめかせる姿はさしずめヒーローのようで、それは彼女の死を意味するように見える。
普段のように刀を持っているなら心配もいらないだろう。
しかし今の彼女は丸腰だ。
唯一許された装備の銃は私のホルスターに入っている。
バイクのブレーキ音が辺りに響いた。
「馬鹿か!
前だけ見て進め!」
周囲の音に負けない怒鳴り声が耳に届く。
「何のために来た?!
覚悟がないなら帰れっ!!」
小狼くんのような蹴りで2頭の巨大ミミズを倒した黒鋼さんの視線は、それだけで殺せてしまうのではないかと言うほど鋭い。
私は慌ててブレーキからアクセルに踏みかえ、黒鋼さんが開けてくれた道をくぐりぬけた。
(大丈夫、大丈夫、黒鋼さんは追いかけてくる!)
何度もそう言い聞かせて。
しかし次の瞬間に現れた複数の目と、大きな鎌のような爪を持つ獣に、目を見開く。
ブレーキをかけるも一撃で吹き飛ばされてしまう。
身体に激しい衝撃が走り、頭上から鉄筋が降り注ぐ。
どうやら廃墟に突っ込んでしまったらしい。
咄嗟に蹲って頭を守る。
崩壊は途中で止まったが、足に走る激痛に思わず目を閉じた。
恐る恐る右足を見てみると、バイクの下敷きになっている。
このままでは逃げようにも逃げられない。
血の匂いに誘われたのか、獣が鉄筋を壊そうとぶつかってくる。
(黒鋼さん・・・っ!)
どこに居るのかと探してしまう。
「黒・・・・」
呼びかけてその声を飲み込んだ。
このままではだめだ。
あの人は素手で戦っている。
傷だらけの背中を隠して、唯一人。
きっと私の決意も思いも知った上で、背中を押してくれる。
「私が・・・」
ガン、ガン、と獣の体当たりは今にも鉄筋を壊しそうな勢いだ。
右足を抜こうと無理に引けば、骨が軋んだ。
「やらなきゃ!」
それでも、生きるために傷つくことは避けられない。
足が抜け、ホルスターに手をかける。
鉄筋が破壊されたのはその時だった。
私は銃を構え、そして。
目の前から獣が消えた。
激しい悲鳴と、何かが崩れ落ちる音、そして地響きがした。
鉄筋の向こうに光る、紅い瞳。
肩が激しく上下しているのが、月光に映し出されている。
苦しいのだ、痛いのだ、そうでないはずがない。
「銃弾は8発。
・・・無駄にならずに済んだな。」
それでも額の血を拭う彼女の笑顔に、思わず泣きそうになる。
「コンパスは無事か?」
その声にハッとしてバイクを漁る。
「大丈夫です!」
「それを持って走れ!」
そう言ってから黒鋼さんは何かに気づき、舌打ちをした。
駆け寄ると近くの端材を拾い上げ、私を座らせる。
マントを引き先、手早く、でもきれいに私の足を固定した。
「俺が囮になる。
お前はそっちから行け。」
示された方に、外に通じる穴がある。
引き裂かれた黒いマントが目の前で翻った。
「追いかけるから心配はいらない。」
私は頷くことしかできない。
自分を守ってくれるものがなくなる恐怖は大きい。
でもそんなものより。
「黒鋼さんっ!」
目の前の黒い背に叫ぶ。
彼女は振り返ることはない。
「私、覚悟を決めます。
だから、黒鋼さんも生きてくださいっ!」
ひらり、真っ赤に濡れた手を振ると、その人は消えた。
向こうで獣の叫び声がする。
私は立ち上がる。
血に濡れるその人と、再び会うために。
後悔しても、始まらないと言うのに。
「ごめんなさい。
私がやめてって言わなかったら、怪我していなかったでしょう。
だから休んでいてください。」
もう一人の小狼君は悲しそうな顔をした。
私が彼をみて辛いように、きっと彼も、私を見ていて辛い。
私達は求める互いにこんなにも近しい存在なのに、その存在ではないから。
「モコちゃんも、休んでいてね。」
小さなこの子の心は傷つきすぎた。
優しく小さくて温かいこの子は、見たくないものをきっとたくさん見た。
そして、少し上にある紅を見上げる。
誰よりも、きっとこの人は。
そしてこれから、この人は。
「行くぞ。」
顔色が悪い。
血が足りていないし、疲労も溜まっているに違いない。
この人のことについてはあまり多くを聞かせてもらえなかった。
ただ、ファイさんに血を与えたことしか教えてもらえていない。
見ただけで私が寝ている間にこの人は多くの傷を負ったことは分かる。
そして何より、心が傷だらけだ。
「お前も、言い出したら聞かない姫か。」
それでも淡く笑ってくれる。
その笑顔が、私を孤独から救ってくれる。
紅い瞳は、知世ちゃんを思い出していた。
だから私も、知世ちゃんを思い出せた。
大切な、友達を。
私は、死んではいけない。
生きるために、行くのだ。
「すまない。
本当は俺だけで払おうと思っていたのに、巻き込んだ。」
寂しげな笑みに、首を振る。
「そんな!」
否定の言葉を遮るようにふわりと、抱きしめられる。
鼻につく血の匂いが、この人の傷の多さを知らしめる。
「大丈夫だ。
俺が守る。
ふぁいも、白饅頭も。」
耳もとで、優しい声が紡ぐ。
「小狼も、大丈夫だ、守ってやる。」
優しい手が、頭を撫でた。
不覚にも、涙が出そうになる。
「お前も、守りたい。」
この人は、私を、愛してくれているのだと。
あの、小狼君のように。
今回、黒鋼さんはひとつ大きなハンデを負っている。
魔女さんが言ったときは、正気かとみんなが耳を疑った。
彼女の腰には、刀がないのだ。
魔女さんはなんだか悲しげに、そしてとても意味深に言った。
ー貴方が刀を持たずに行くことが、対価になる。ー
「魔力も剣もない俺だが、できる限り守りたい。」
鼓膜を打つ、強い言葉。
「嫌か?」
私は思いを言葉にできなくて、首を振った。
「ありがとう。」
私を、こんなにも受け入れてくれる人が、ここに居る。
「俺には巫女の力はない。
こうなるなら、本当にもっと修行をしておくべきだったな。」
くすりと笑い声がした。
「それでも、どうか。」
ふわりと、淡い光が見えた気がした。
蒼い湖と、緑の森と、爽やかな風が吹いた気がした。
「神よ、この子を守りたまえ。」
抱きしめた時と同じように、ふわりと、黒鋼さんは離れた。
紅い瞳は、どこまでも強く、優しく、私達を守ってくれる。
(だから大丈夫。
私は大丈夫だよ、絶対大丈夫だよ。)
私は自然と笑顔になっていた。
「行こう。」
この人は、ずっと傍に居てくれるから。
この人は、絶対に約束を破らないから。
「はい。」
黒い背中に続く。
マントを羽織った背中は、傷が覆い隠されていて見えることはない。
その痛みを、この人は耐え続ける。
この国の人のために。
私達のために。
そしてきっと。
(小狼君・・・。)
貴方の心を、取り戻すために。
1台のバイクに2人で乗る。
黒鋼さんは後ろから操縦を教えながら運転している。
「分かったな。
一度手を離すぞ。」
「はい。」
ハンドルから黒鋼さんの手が離れた。
手に直接伝わってくるモーターの感触も、取られそうになる振動も、全て私の手にゆだねられている。
対価はコンパスの先にあるものだと魔女さんは言った。
そしてコンパスと共に詩(うた)を授けた。
ー失いし水の底 侵されし紅き滴が 命を浄化する
捧げよ そして 血の涙をー
これから先を暗示する生臭さがある。
「今から言うことをよく聞け。」
耳元で低い声が囁く。
「お前は対価を持って帰ることを最優先にしろ。
俺は一晩の野宿くらい大したことはない。
たとえ俺に何かあっても、このバイクとコンパスを持って、お前は進むんだ。」
振り返りそうになるのを寸でで止める。
このハンドルは今自分に任されているのだ。
「そんな約束できません。」
「お前はなぜ、対価を取りに行くと決めた?」
眠っていて何もできなかった分頑張りたい、というだけではその声は納得しない。
「何を思い出し、何を決意した?」
探るような、そして私の背中を押すような、声。
「覚悟しろ。
守りたいもののためなら、俺を捨てろ。」
その声は自暴自棄なものではなく、むしろ力強いもので。
「お前に心配されるほど、俺は弱くはない。
死にそうなところを何度も生き延びてきているんだ。」
優しく頭に手が乗せられる。
「いいな姫。
俺はお前の護衛だ。」
不意に背中が寒くなった。
ぱさぁっとマントが広がる音がする。
「黒鋼さん!?」
その存在はすぐに目の前に現れた。
巨大な猛獣と共に。
「やめてっ!」
思わず叫んだ。
漆黒のマントをひらめかせる姿はさしずめヒーローのようで、それは彼女の死を意味するように見える。
普段のように刀を持っているなら心配もいらないだろう。
しかし今の彼女は丸腰だ。
唯一許された装備の銃は私のホルスターに入っている。
バイクのブレーキ音が辺りに響いた。
「馬鹿か!
前だけ見て進め!」
周囲の音に負けない怒鳴り声が耳に届く。
「何のために来た?!
覚悟がないなら帰れっ!!」
小狼くんのような蹴りで2頭の巨大ミミズを倒した黒鋼さんの視線は、それだけで殺せてしまうのではないかと言うほど鋭い。
私は慌ててブレーキからアクセルに踏みかえ、黒鋼さんが開けてくれた道をくぐりぬけた。
(大丈夫、大丈夫、黒鋼さんは追いかけてくる!)
何度もそう言い聞かせて。
しかし次の瞬間に現れた複数の目と、大きな鎌のような爪を持つ獣に、目を見開く。
ブレーキをかけるも一撃で吹き飛ばされてしまう。
身体に激しい衝撃が走り、頭上から鉄筋が降り注ぐ。
どうやら廃墟に突っ込んでしまったらしい。
咄嗟に蹲って頭を守る。
崩壊は途中で止まったが、足に走る激痛に思わず目を閉じた。
恐る恐る右足を見てみると、バイクの下敷きになっている。
このままでは逃げようにも逃げられない。
血の匂いに誘われたのか、獣が鉄筋を壊そうとぶつかってくる。
(黒鋼さん・・・っ!)
どこに居るのかと探してしまう。
「黒・・・・」
呼びかけてその声を飲み込んだ。
このままではだめだ。
あの人は素手で戦っている。
傷だらけの背中を隠して、唯一人。
きっと私の決意も思いも知った上で、背中を押してくれる。
「私が・・・」
ガン、ガン、と獣の体当たりは今にも鉄筋を壊しそうな勢いだ。
右足を抜こうと無理に引けば、骨が軋んだ。
「やらなきゃ!」
それでも、生きるために傷つくことは避けられない。
足が抜け、ホルスターに手をかける。
鉄筋が破壊されたのはその時だった。
私は銃を構え、そして。
目の前から獣が消えた。
激しい悲鳴と、何かが崩れ落ちる音、そして地響きがした。
鉄筋の向こうに光る、紅い瞳。
肩が激しく上下しているのが、月光に映し出されている。
苦しいのだ、痛いのだ、そうでないはずがない。
「銃弾は8発。
・・・無駄にならずに済んだな。」
それでも額の血を拭う彼女の笑顔に、思わず泣きそうになる。
「コンパスは無事か?」
その声にハッとしてバイクを漁る。
「大丈夫です!」
「それを持って走れ!」
そう言ってから黒鋼さんは何かに気づき、舌打ちをした。
駆け寄ると近くの端材を拾い上げ、私を座らせる。
マントを引き先、手早く、でもきれいに私の足を固定した。
「俺が囮になる。
お前はそっちから行け。」
示された方に、外に通じる穴がある。
引き裂かれた黒いマントが目の前で翻った。
「追いかけるから心配はいらない。」
私は頷くことしかできない。
自分を守ってくれるものがなくなる恐怖は大きい。
でもそんなものより。
「黒鋼さんっ!」
目の前の黒い背に叫ぶ。
彼女は振り返ることはない。
「私、覚悟を決めます。
だから、黒鋼さんも生きてくださいっ!」
ひらり、真っ赤に濡れた手を振ると、その人は消えた。
向こうで獣の叫び声がする。
私は立ち上がる。
血に濡れるその人と、再び会うために。