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「地下の貯水槽に何かあったようです。
貴方と一緒に来た人たちもそこにいます。」
牙暁の言葉に慌てて駆けだす。
“何かあった”は、嫌な予感しかさせない。
考えられる理由はひとつ。
(羽根、だ!)
「待ちなさい!」
その声を無視して、階段を駆け降りる。
現れたのは重重しい、扉。
2人と顔を合わせるのは恐ろしい。
こんな状況に、どれほど悲しむだろうかと。
でも、彼らに会えばなんとかなるような気もしていた。
今までずっと、そうして乗り越えてこれたから。
「許可なく武器を持って中には入れません。」
追いついた牙暁の言葉に蒼氷を投げ捨て、室内に駆けこんだ。
すると姫が消えた。
思わず縋るように空中に手を伸ばし、はっと目を見開き辺りを探す俺に、声がかかる。
「おそらく魂の元へと言ったのでしょう。
落ち着いてください。」
心配そうな声は、俺をなだめようとしていた。
でも、それどころじゃないんだ。
(俺は、俺は、つなぎとめなければならないっ!)
「黒鋼!」
俺の姿を見つけた白饅頭が、泣いて呼んだ。
「小狼とファイが水から出てこない!」
予想外のことに、俺は戸惑う余裕すらなかった。
一刻も早く二人のもとへ行こうとと、水をめがけて走る。
泣き叫ぶ白饅頭を、これ以上泣かせてなるものかと、走る。
水の縁まで来て飛び込もうとした瞬間、水がはぜるように飛び散った。
その爆発に、俺は顔をかばう。
蒸発したかのように消えてしまった水。
現れた惨状に、俺の脚は竦んだ。
中にいたのは、青年を引きずる、少年。
(・・・嘘だ。)
左目から流れる大量の血。
(・・・壊れて、しまった・・・。)
美しい、諏訪の湖のようだった青い瞳が、もうそこに存在しないであろう確信に、俺は体が震えた。
(俺はまた・・・。)
グチュと漏れるおぞましい音と染まる赤に、過去を思い出す。
全てを失った、あの日。
母が死に、父が喰われた、あの時。
少年の目が、蒼く染まる。
諏訪の湖のような、あの、蒼に。
恐怖に呼吸が荒くなる。
恐ろしい予感に、喉が閉まって息がうまく出来ない。
(・・・失う・・・。)
少年が面倒と言わんばかりに青年を持ちあげる。
そして右目に手を伸ばした。
「・・・やめろ!」
咄嗟に駆け寄ってその手を握りしめる。
笑ってしまうくらい俺の手は震えているのに、少年の手はピクリとも動かなかった。
「喰ったの、か・・・そいつの目を。」
その瞬間、腹に容赦のない一撃が入る。
むせ込むほどの一撃。
ついに肋骨が折れた。
「右目ももらう。」
冷たい声。
(だめだ、その美しい瞳を奪うな。)
胸が痛んだ。
ひどく、ひどく、痛んだ。
呼吸をするたびに、心臓が脈打つ度に、時が進む度に、壊れていく感覚に。
「そいつを・・・よこせ。」
ようやく声を絞り出す。
「魔力の源は両の青い目。
両方取り出せば用はない。」
少年は、変わってしまったのだ。
過去の少年にすがろうと、もう無意味だ。
青年に言ったのと同じこと。
(過去は、関係ない・・・。)
今の、今の少年を見つめ、腹をくくらなければならない。
そうしなければ、もっと失ってしまう。
(だめだ、俺がここで耐えなければ、前と何一つ変わっていないことになる。)
俺は立ち上がる。
少年を見下ろした。
冷たい目が、睨み返す。
もう手は震えていなかった。
「よこせ。」
強く、言い放つ。
それでもなお口を寄せて噛みつこうとする姿に、少年の頬を殴り飛ばす。
手に感触が残っている。
少年の、まだ柔らかな頬の感触が。
吹き飛ばされたまま、少年は壁に打ち付けられ、腕が折れた音がした。
もう使えないだろうが、痛みを感じていないようだ。
俺の呼吸は止まったかのように静かだった。
息をしたくないと、この状況で息などしたくない、全てを忘れて眠ってしまいたいと、体が訴える。
それでも俺は、目を開く。
俺が、ここで立っていなければ、こいつらは戻れなくなる。
「少年とは気配が違う。
だが、違う奴ではない。
お前は誰だ。」
少年はまるで俺の声が聞こえていないようだった。
「羽根は取り戻す、必ず。」
魔力を指に込めるのを見て、背を向けて青年を守る。
「っ・・・ぁっ!!!」
焼けるような痛みが背中を襲った。
それでもよかった。
「・・・遅くなって、すまない。」
腕の中の温もりに詫びる。
守ると約束した、彼に。
「すまな、い・・・。」
背中を焼くこの魔法は知っている。
遠いあの日、湖で感じた力。
あの口笛の温もり。
これほどまでに、俺を痛めつけるのに、これは、これは。
青年をそっと横たわらせて、立ち上がる。
「こいつの魔力を喰ったのか。」
振り返る先には、もう、俺を映すことのない瞳。
少年はもう、俺達のことを頼ってはくれない。
守られてはくれない。
笑いかけてくれない。
「羽根を取り戻すために必要なものは手に入れる。
邪魔なものは消す。」
(俺が、青年にあんなことを言ったから・・・。)
「こいつは・・・
お前とあの姫のために変わったんだ。
お前たちが少しでも笑っていられるように。
きこえねぇのか小狼!!」
きっと彼の名前なのだ。
もしかしたら彼の名前でもある、が正しいのかもしれない。
それでも、彼は間違いなく小狼なのだ。
ー小狼!ー
白饅頭が甘えるように呼んだ。
ー小狼君。ー
青年が慈しみを込めて呼んだ。
ー小狼君、ー
姫が大切そうに呼んだ。
それが、彼の名なのだ。
たとえそれが嘘であったとしても、俺達にとってそれは寸分たがわぬ事実だった。
俺は無意識に手を差し出した。
青年の血に濡れ、赤黒く汚れた手を。
「来い、お前の居場所は・・・いつも、俺達の傍にある。」
少年の眉が、ピクリと、動いた。
その瞬間オレと少年の間に、魔法陣が現れた。
そして、そこに現れた、姿かたちが全く同じ少年。
直感で分かった。
これが、小狼だ。
その小狼が、顔を上げ、俺を見た。
(・・・俺が、呼んだのは・・・。)
事情を知っているのか、小狼はふと悲しげな顔をした。
(そんな顔を、する、な。)
俺は力なく手を下す。
小狼は、俺を守るかのように背を向けた。
いつも守るために俺がかばっていた彼は、いつの間にか、変わってしまった。
同じはずの、赤の他人に。
「みんな!」
姫が目を覚ましてしまった。
いつまでも眠っていてほしいと思ったのに。
状況が分からないなりに、ただならぬ気配を感じているのだろう。
不安げに震えている。
少年の胸から、光と共に白黒の球がでてくる。
「心の半分。
おれが昔お前に渡したものだ。
一度封印が切れたものをその魔術師がお前に戻そうとしたんだな。
その奪われた左目と共に。
けれど切れた封印はもうどんな方法を使っても戻らない。」
そしてその球は小狼の胸に入っていく。
「魔術師はそれも分かっていたはずだ。
それでもかけたんだろう。
可能性に。」
本当に変わったのだ、青年は。
命をかけてでも、守ろうとした。
それは自分が死ぬためじゃなく、きっと少年を守るため。
(ふ・・・ふぁい・・・。)
俺は力なく膝をついた。
腕の中で失われそうな温もりをかき抱く。
彼はこうなってまで、少年を信じたのだ。
「黒鋼さん!
ファイさん!
モコちゃん!
小狼君!!」
少女が叫んでいるのが聞こえた。
行って彼女を抱きしめてやらなければ、安心させてやらなければ、ここから遠い場所に連れて行かなければ・・・
そうしなければならないと分かっていても、俺は動けなかった。
腕の中の温もりを抱きしめて、震えていた。
「おれはお前の右目を通してずっと見てきた。
お前がで逢った出来事や人たちを。
あのさくらを一番大事だと思ったのはおれの心じゃない!
おまえだろう!!」
きっと小狼は悪い子ではない。
それはきっと、少年も同じ。
なのにその2人がなぜか戦っている。
ぼんやりとした意識の隅で、ふと、手に触れる者があった。
「・・・おいっ!」
微かに触れるのは、青年の手だ。
俺の手を、探すように撫でるので、慌てて握る。
でもそれは無意識だったのかもしれない。
彼は意識を取り戻すことはない。
当たり前と言えば当たり前だ。
眼球をえぐり取られるなんて、ショック死してもおかしくない状態。
(・・・それでも、お前は・・・。)
俺は青年を外寝かせて立ち上がる。
お前たちの互いを思う心が、今もあることを、俺は願ってる。
旅した日々を、忘れていないことを。
俺達は、5人で乗り切ってきた。
バラバラだった5人が、ひとつになって、乗り越えてきた。
一緒に居たいと、彼らは言った。
一緒に居るから大丈夫だと、言った。
だから、だから、俺がつなぎとめなければいけないと思った。
俺が、守ると決めたんだ。
こいつらを、
こいつらの関係性を、
大切な、旅の仲間の、思いを。
たとえ壊れかけていても、俺が諦めちゃいけない。
俺が、死んでも守らなきゃいけない。
「刀!
刀出せ!」
白饅頭に叫ぶ。
戦いを止める。
2人の小狼に、確かめるのだ。
問い詰めてでも、吐かせる。
真実を。
そして。
(皆で生きる道を、探す!!)
「分かった!」
白饅頭の口から緋炎が飛び出るが、それは少年へと吸い取られて行ってしまう。
「黒鋼に渡そうと思ったのに!」
分かっているが、今は救いようのない状況だ。
少年の抜刀と同時に、一撃で辺りは炎に包まれる。
咄嗟に青年を抱き上げ、遠くに避難する。
「く・・・ぅっ!!」
少年の炎が、俺を焼く。
「サクラ!ファイ!黒鋼!小狼ー!」
白饅頭の悲鳴と。
「小狼君を殺さないで!!」
姫の悲鳴が聞こえた。
行かなければならない。
守らなければならない、俺が。
俺が、いつまでも5人で旅をしたいから。
しかし次の瞬間、雷撃が辺りを襲い、足場が崩れる。
慌てて青年を抱きかかえ、瓦礫を飛び越え、地下まで降りる。
そこには血の匂いが、満ちていた。
中央で小狼が血を流して倒れていた。
姫が泣きながら、意識を失っていく。
どうやら羽根を少年が取り戻したらしい。
「羽根は取り戻す。
必ず。」
空間が裂ける。
間違いない、あの裂け目は。
(母上を殺めた時に刀が出てきた、裂け目。)
全ては必然だと言った魔女の言葉が思い出される。
あの女はきっと、全てを知っていたのだ。
「おい!!」
少年はちらりと俺を見た。
冷たい、冷たい目だったけれど、初めて俺を映した気がした。
「戻って、来い。」
その言葉は届いたのだろうか。
少年は一瞬で消えてしまった。
俺は守れなかったのだ。
また、失ったのだ。
大切な大切な、関係性を。
めまいがした。
しかしここで俺はふらつくわけにはいかない。
片手を建物の残骸につくことで、堪える。
その視界に、心配そうな小狼の顔が映り、大丈夫か聞かれる前にと、言葉を紡ぐ。
「お前、その胸の紋は?」
「貴方の母上を殺めたものの紋章だ。」
彼はさっき言っていた。
右目を通して全て見ていた、と。
彼は知っているのだ。
そして、俺の知らないことも、知っているかもしれない。
「その小狼は貴方のお母様を殺したものにとらわれていたの。
でもどこにいたかもその子には分からないわ。」
不意に聞こえた声は魔女の者で、それは白饅頭の額から投影された映像から聞こえてくる。
「侑子!
黒鋼が!ファイが!小狼も怪我しているよ!」
睨みつければ静かに見下ろしてくる瞳。
(全てを知っているな。)
驚きもしないその表情。
予想の範囲内だとでも言いたげな。
「後で聞かせろ、魔女。全部な。」
静かに伏せられた瞳に背を向け、俺は青年を抱え直した。
「運んでやりたいのは山々だが、悪いがこいつが先だ。」
小狼にそう言えば、彼は驚いた顔をした。
「・・・おれ、は・・・」
暗い表情を無視して、入口付近に居る顔ぶれを見上げる。
「すまん、草薙、遊人、手伝ってくれないか。
危害を加えることはない。」
「お、おう。」
「颯姫、と言ったか。
医療の心得があるのか。」
怪我をして帰ってきた仲間の治療をしていた覚えがある。
「医者じゃないけど、勉強はしていたわ。」
「悪いがこいつの目を見てやってほしい。
すぐにだ。
眼球が抉られている。」
その言葉に颯姫は目を見開く。
「次にこいつの足だ。
薬の借りは必ず返す。
だから、頼む。」
真剣な赤い目に、彼女は頷いた。
「分かった、急いで。」
貴方と一緒に来た人たちもそこにいます。」
牙暁の言葉に慌てて駆けだす。
“何かあった”は、嫌な予感しかさせない。
考えられる理由はひとつ。
(羽根、だ!)
「待ちなさい!」
その声を無視して、階段を駆け降りる。
現れたのは重重しい、扉。
2人と顔を合わせるのは恐ろしい。
こんな状況に、どれほど悲しむだろうかと。
でも、彼らに会えばなんとかなるような気もしていた。
今までずっと、そうして乗り越えてこれたから。
「許可なく武器を持って中には入れません。」
追いついた牙暁の言葉に蒼氷を投げ捨て、室内に駆けこんだ。
すると姫が消えた。
思わず縋るように空中に手を伸ばし、はっと目を見開き辺りを探す俺に、声がかかる。
「おそらく魂の元へと言ったのでしょう。
落ち着いてください。」
心配そうな声は、俺をなだめようとしていた。
でも、それどころじゃないんだ。
(俺は、俺は、つなぎとめなければならないっ!)
「黒鋼!」
俺の姿を見つけた白饅頭が、泣いて呼んだ。
「小狼とファイが水から出てこない!」
予想外のことに、俺は戸惑う余裕すらなかった。
一刻も早く二人のもとへ行こうとと、水をめがけて走る。
泣き叫ぶ白饅頭を、これ以上泣かせてなるものかと、走る。
水の縁まで来て飛び込もうとした瞬間、水がはぜるように飛び散った。
その爆発に、俺は顔をかばう。
蒸発したかのように消えてしまった水。
現れた惨状に、俺の脚は竦んだ。
中にいたのは、青年を引きずる、少年。
(・・・嘘だ。)
左目から流れる大量の血。
(・・・壊れて、しまった・・・。)
美しい、諏訪の湖のようだった青い瞳が、もうそこに存在しないであろう確信に、俺は体が震えた。
(俺はまた・・・。)
グチュと漏れるおぞましい音と染まる赤に、過去を思い出す。
全てを失った、あの日。
母が死に、父が喰われた、あの時。
少年の目が、蒼く染まる。
諏訪の湖のような、あの、蒼に。
恐怖に呼吸が荒くなる。
恐ろしい予感に、喉が閉まって息がうまく出来ない。
(・・・失う・・・。)
少年が面倒と言わんばかりに青年を持ちあげる。
そして右目に手を伸ばした。
「・・・やめろ!」
咄嗟に駆け寄ってその手を握りしめる。
笑ってしまうくらい俺の手は震えているのに、少年の手はピクリとも動かなかった。
「喰ったの、か・・・そいつの目を。」
その瞬間、腹に容赦のない一撃が入る。
むせ込むほどの一撃。
ついに肋骨が折れた。
「右目ももらう。」
冷たい声。
(だめだ、その美しい瞳を奪うな。)
胸が痛んだ。
ひどく、ひどく、痛んだ。
呼吸をするたびに、心臓が脈打つ度に、時が進む度に、壊れていく感覚に。
「そいつを・・・よこせ。」
ようやく声を絞り出す。
「魔力の源は両の青い目。
両方取り出せば用はない。」
少年は、変わってしまったのだ。
過去の少年にすがろうと、もう無意味だ。
青年に言ったのと同じこと。
(過去は、関係ない・・・。)
今の、今の少年を見つめ、腹をくくらなければならない。
そうしなければ、もっと失ってしまう。
(だめだ、俺がここで耐えなければ、前と何一つ変わっていないことになる。)
俺は立ち上がる。
少年を見下ろした。
冷たい目が、睨み返す。
もう手は震えていなかった。
「よこせ。」
強く、言い放つ。
それでもなお口を寄せて噛みつこうとする姿に、少年の頬を殴り飛ばす。
手に感触が残っている。
少年の、まだ柔らかな頬の感触が。
吹き飛ばされたまま、少年は壁に打ち付けられ、腕が折れた音がした。
もう使えないだろうが、痛みを感じていないようだ。
俺の呼吸は止まったかのように静かだった。
息をしたくないと、この状況で息などしたくない、全てを忘れて眠ってしまいたいと、体が訴える。
それでも俺は、目を開く。
俺が、ここで立っていなければ、こいつらは戻れなくなる。
「少年とは気配が違う。
だが、違う奴ではない。
お前は誰だ。」
少年はまるで俺の声が聞こえていないようだった。
「羽根は取り戻す、必ず。」
魔力を指に込めるのを見て、背を向けて青年を守る。
「っ・・・ぁっ!!!」
焼けるような痛みが背中を襲った。
それでもよかった。
「・・・遅くなって、すまない。」
腕の中の温もりに詫びる。
守ると約束した、彼に。
「すまな、い・・・。」
背中を焼くこの魔法は知っている。
遠いあの日、湖で感じた力。
あの口笛の温もり。
これほどまでに、俺を痛めつけるのに、これは、これは。
青年をそっと横たわらせて、立ち上がる。
「こいつの魔力を喰ったのか。」
振り返る先には、もう、俺を映すことのない瞳。
少年はもう、俺達のことを頼ってはくれない。
守られてはくれない。
笑いかけてくれない。
「羽根を取り戻すために必要なものは手に入れる。
邪魔なものは消す。」
(俺が、青年にあんなことを言ったから・・・。)
「こいつは・・・
お前とあの姫のために変わったんだ。
お前たちが少しでも笑っていられるように。
きこえねぇのか小狼!!」
きっと彼の名前なのだ。
もしかしたら彼の名前でもある、が正しいのかもしれない。
それでも、彼は間違いなく小狼なのだ。
ー小狼!ー
白饅頭が甘えるように呼んだ。
ー小狼君。ー
青年が慈しみを込めて呼んだ。
ー小狼君、ー
姫が大切そうに呼んだ。
それが、彼の名なのだ。
たとえそれが嘘であったとしても、俺達にとってそれは寸分たがわぬ事実だった。
俺は無意識に手を差し出した。
青年の血に濡れ、赤黒く汚れた手を。
「来い、お前の居場所は・・・いつも、俺達の傍にある。」
少年の眉が、ピクリと、動いた。
その瞬間オレと少年の間に、魔法陣が現れた。
そして、そこに現れた、姿かたちが全く同じ少年。
直感で分かった。
これが、小狼だ。
その小狼が、顔を上げ、俺を見た。
(・・・俺が、呼んだのは・・・。)
事情を知っているのか、小狼はふと悲しげな顔をした。
(そんな顔を、する、な。)
俺は力なく手を下す。
小狼は、俺を守るかのように背を向けた。
いつも守るために俺がかばっていた彼は、いつの間にか、変わってしまった。
同じはずの、赤の他人に。
「みんな!」
姫が目を覚ましてしまった。
いつまでも眠っていてほしいと思ったのに。
状況が分からないなりに、ただならぬ気配を感じているのだろう。
不安げに震えている。
少年の胸から、光と共に白黒の球がでてくる。
「心の半分。
おれが昔お前に渡したものだ。
一度封印が切れたものをその魔術師がお前に戻そうとしたんだな。
その奪われた左目と共に。
けれど切れた封印はもうどんな方法を使っても戻らない。」
そしてその球は小狼の胸に入っていく。
「魔術師はそれも分かっていたはずだ。
それでもかけたんだろう。
可能性に。」
本当に変わったのだ、青年は。
命をかけてでも、守ろうとした。
それは自分が死ぬためじゃなく、きっと少年を守るため。
(ふ・・・ふぁい・・・。)
俺は力なく膝をついた。
腕の中で失われそうな温もりをかき抱く。
彼はこうなってまで、少年を信じたのだ。
「黒鋼さん!
ファイさん!
モコちゃん!
小狼君!!」
少女が叫んでいるのが聞こえた。
行って彼女を抱きしめてやらなければ、安心させてやらなければ、ここから遠い場所に連れて行かなければ・・・
そうしなければならないと分かっていても、俺は動けなかった。
腕の中の温もりを抱きしめて、震えていた。
「おれはお前の右目を通してずっと見てきた。
お前がで逢った出来事や人たちを。
あのさくらを一番大事だと思ったのはおれの心じゃない!
おまえだろう!!」
きっと小狼は悪い子ではない。
それはきっと、少年も同じ。
なのにその2人がなぜか戦っている。
ぼんやりとした意識の隅で、ふと、手に触れる者があった。
「・・・おいっ!」
微かに触れるのは、青年の手だ。
俺の手を、探すように撫でるので、慌てて握る。
でもそれは無意識だったのかもしれない。
彼は意識を取り戻すことはない。
当たり前と言えば当たり前だ。
眼球をえぐり取られるなんて、ショック死してもおかしくない状態。
(・・・それでも、お前は・・・。)
俺は青年を外寝かせて立ち上がる。
お前たちの互いを思う心が、今もあることを、俺は願ってる。
旅した日々を、忘れていないことを。
俺達は、5人で乗り切ってきた。
バラバラだった5人が、ひとつになって、乗り越えてきた。
一緒に居たいと、彼らは言った。
一緒に居るから大丈夫だと、言った。
だから、だから、俺がつなぎとめなければいけないと思った。
俺が、守ると決めたんだ。
こいつらを、
こいつらの関係性を、
大切な、旅の仲間の、思いを。
たとえ壊れかけていても、俺が諦めちゃいけない。
俺が、死んでも守らなきゃいけない。
「刀!
刀出せ!」
白饅頭に叫ぶ。
戦いを止める。
2人の小狼に、確かめるのだ。
問い詰めてでも、吐かせる。
真実を。
そして。
(皆で生きる道を、探す!!)
「分かった!」
白饅頭の口から緋炎が飛び出るが、それは少年へと吸い取られて行ってしまう。
「黒鋼に渡そうと思ったのに!」
分かっているが、今は救いようのない状況だ。
少年の抜刀と同時に、一撃で辺りは炎に包まれる。
咄嗟に青年を抱き上げ、遠くに避難する。
「く・・・ぅっ!!」
少年の炎が、俺を焼く。
「サクラ!ファイ!黒鋼!小狼ー!」
白饅頭の悲鳴と。
「小狼君を殺さないで!!」
姫の悲鳴が聞こえた。
行かなければならない。
守らなければならない、俺が。
俺が、いつまでも5人で旅をしたいから。
しかし次の瞬間、雷撃が辺りを襲い、足場が崩れる。
慌てて青年を抱きかかえ、瓦礫を飛び越え、地下まで降りる。
そこには血の匂いが、満ちていた。
中央で小狼が血を流して倒れていた。
姫が泣きながら、意識を失っていく。
どうやら羽根を少年が取り戻したらしい。
「羽根は取り戻す。
必ず。」
空間が裂ける。
間違いない、あの裂け目は。
(母上を殺めた時に刀が出てきた、裂け目。)
全ては必然だと言った魔女の言葉が思い出される。
あの女はきっと、全てを知っていたのだ。
「おい!!」
少年はちらりと俺を見た。
冷たい、冷たい目だったけれど、初めて俺を映した気がした。
「戻って、来い。」
その言葉は届いたのだろうか。
少年は一瞬で消えてしまった。
俺は守れなかったのだ。
また、失ったのだ。
大切な大切な、関係性を。
めまいがした。
しかしここで俺はふらつくわけにはいかない。
片手を建物の残骸につくことで、堪える。
その視界に、心配そうな小狼の顔が映り、大丈夫か聞かれる前にと、言葉を紡ぐ。
「お前、その胸の紋は?」
「貴方の母上を殺めたものの紋章だ。」
彼はさっき言っていた。
右目を通して全て見ていた、と。
彼は知っているのだ。
そして、俺の知らないことも、知っているかもしれない。
「その小狼は貴方のお母様を殺したものにとらわれていたの。
でもどこにいたかもその子には分からないわ。」
不意に聞こえた声は魔女の者で、それは白饅頭の額から投影された映像から聞こえてくる。
「侑子!
黒鋼が!ファイが!小狼も怪我しているよ!」
睨みつければ静かに見下ろしてくる瞳。
(全てを知っているな。)
驚きもしないその表情。
予想の範囲内だとでも言いたげな。
「後で聞かせろ、魔女。全部な。」
静かに伏せられた瞳に背を向け、俺は青年を抱え直した。
「運んでやりたいのは山々だが、悪いがこいつが先だ。」
小狼にそう言えば、彼は驚いた顔をした。
「・・・おれ、は・・・」
暗い表情を無視して、入口付近に居る顔ぶれを見上げる。
「すまん、草薙、遊人、手伝ってくれないか。
危害を加えることはない。」
「お、おう。」
「颯姫、と言ったか。
医療の心得があるのか。」
怪我をして帰ってきた仲間の治療をしていた覚えがある。
「医者じゃないけど、勉強はしていたわ。」
「悪いがこいつの目を見てやってほしい。
すぐにだ。
眼球が抉られている。」
その言葉に颯姫は目を見開く。
「次にこいつの足だ。
薬の借りは必ず返す。
だから、頼む。」
真剣な赤い目に、彼女は頷いた。
「分かった、急いで。」