ツァラストラ国2
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風を切って竜が飛ぶ。
ふわふわとした感覚は、ピッフル国のドラゴンフライを操って以来の感覚。
サクラちゃんもモコナも、そして小狼君もとっても楽しそうで。
「あれです!」
小狼君の声に、竜はぐうんと高度を下げる。
「きゃー」
「わぁっ」
楽しげにサクラちゃんとモコナがくっつく様子は、とてもかわいくて、思わずオレたちも微笑んでしまう。
隣で黒様もとても穏やかに微笑んでいる。
旅を始めたころ何か、ずっと無表情でなに考えているか分からなかったのに、今ではサクラちゃんたちがかけがえのない存在なんだろうな。
(・・・黒りんも、きっと変わっているんだ。)
彼女がなぜこの旅に参加しているのか、表立った理由はよく分からない。
ただ、本当の目的はサクラちゃんの護衛だろう。
黒様自身がそれを知っているかどうかは分からないけれど。
竜は階段下まで一度下降し、草木を揺らした。
そしてそのまま階段に沿うようにしてふわりと再び上昇し、ちょうど中腹辺りで音を立てずに着地した。
「ここからは歩かないといけないんだって。」
サクラちゃんの言葉に、オレたちは竜の背中から滑るようにして降りた。
ここからは緑豊かな村が見渡せる。
こんな豊かな時期に生き返ったら尚更、死にたくないと思ってしまうだろう。
「・・・そうね。」
「どうしたんですか?」
小狼君がサクラちゃんの言葉に尋ねる。
どうやら彼女は竜と話をしていたようだ。
「いえ、前に来た時はもっと階段が大きく感じたのにって。
ここは何も変わっていない、変わってしまったのは自分なんだなって、竜さんが言うから。」
その言葉が妙に重くて、オレもひとつ頷いた。
黒様が先頭を歩いて、その後ろに小狼君、サクラちゃん、オレ、そして竜が続く。
こんなところは変わってはいないのだ。
黒たんは危ないときはいつも、一番前を歩く。
「懐かしいというか・・・。」
「確かここでファイさんが敵から守ってくれたんですよね。」
不意に話しかけられて、オレは顔を上げた。
階段の少し上の段にいる小狼君とサクラちゃんが、申し訳なさそうに眉尻を下げてオレを見下ろしている。
普段はオレの方が背が高いから、なんだか新鮮だ。
「あの時、ファイさんが助けてくれたから・・・。」
零れてきた言葉にオレは驚く。
「私、あの時勝手にお願いしました。
人の命を生き返らせることが、どんなに難しいことか、考えもせずに。」
サクラちゃんが胸に手を当てて静かにそう言う。
「ちゃんと分かっているんです、出来ないことだって。
それでも、もしファイさんや黒鋼さんが死んでしまったらと思うと、村の人たちのことが他人事に思えなくて・・・。」
後で聞いた話によれば、どうやら黒様も途中で敵を抑えるために残ったらしい。
不安だっただろう。
2人きりで、戦っていくのは。
心細かっただろう。
自分も殺されてしまうかもしれないと思いながら、先に進んでいくのは。
その中ででも、サクラちゃんは、村の人のために願ったのだ。
「いいんじゃないかな。」
だからオレは笑顔を見せる。
「誰もが他人のことを思いやれるわけじゃない。
もちろん、結果も大切かもしれないけれど、人に思ってもらえるだけで救われる人もいるんだよ。」
サクラちゃんは困ったように微笑んでくれた。
「サクラはおっちょこちょいで不器用なところあるから、ときどき失敗しちゃうけど、
モコナ、サクラがモコナのことを考えてくれたり、優しくしてくれたりするの、大好き!」
小狼君の頭の上で、モコナがしゅたっと手を挙げた。
「オレもだよ。」
サクラちゃんは目を瞬かせている。
「おれもです。」
小狼君も優しく微笑む。
その向こうで、紅い瞳が優しくサクラちゃんを見ている。
「黒たんもだって。」
そう言えばふん、と軽く笑われてしまった。
あの紅い瞳も、他人のことを思いやれる優しい瞳だと、同じようにオレ達は知っている。
「私も、です。」
サクラちゃんが照れたように頬を染めて、言った。
「私も、私を思いやってくれる、優しいみんなが大好きです!」
「こんなふうになってたんだー。」
大きく薄暗い神殿の入口を進んでいく。
「ファイさんは初めてなんですね。」
「うん。」
「昔はもっと活気があって、この辺りにももっと火がともっていて、巫女さんたちがいたそうです。」
姫が竜の言葉を訳してくれる。
今は見る影もなく、竜もどこか寂しげにしている。
しばらく進んでいけば、大きな扉があった。
俺はここまでしか来たことがない。
「この扉の向こうです。」
「でもどうやったら開くのかな。
取っ手もないし、この扉確かすごく分厚かったよね。」
向こうに行ったことのある少年と少女が首をかしげていると、竜が進み出た。
「開けてくれるの?」
竜は体を伸ばし、羽根を広げる。
そして手を伸ばして扉の右上の壁を拭った。
そこはほこりか何かで汚れていたのか、月のようなマークが現れる。
また左上の壁を拭うと、今度は太陽が現れた。
竜は月のマークと太陽のマークをそれぞれ半回転させ、そして埃にまみれて何もないように見える2つの中央付近のブロックを押し込んだ。
ガシャン
重い音がして、歯車の動く音がする。
竜が手を避けると、その下にはまるでその手形がついているかのような石のボタンがあった。
どうやらそれが最後のカギだったらしい。
しばらくすると重そうな扉が部屋の内側に向かって開いた。
そしてその中には、だえが灯したわけでもないのに、灯りがついていて、部屋の奥には不思議な像が立っていた。
その像が光を放った。
俺は思わず刀を抜き、構える。
「ラコーン!!」
白い光に辺りが包まれ、何も見えない中、ただそう呼ぶ女性の声が聞こえた。
しばらくすると光が弱まり、目も慣れてきた。
そこで目に映ったのは、ずいぶん高いところにある竜の首に腕を回す、長く白い衣を纏った、そして同じく長く白い髪の神々しさをたたえた女性だった。
「どこ行っておったのじゃ馬鹿もの!
私がここから出られないの知っているはずであろう!」
ぶつぶつと怒るその女性に、竜はすまなそうに、でも嬉しそうにくぅんと鼻を寄せる。
竜はどうやらラコーンという名前だったらしい。
全く状況が分からないが、思うにその白い女性がこの神殿の神で、ラコーンがもともと仕えていた相手だったのだろう。
そして喧嘩をしていた相手だったはずだ。
・・・一瞬で和解してしまったらしいが。
1000年うじうじと待っただけ無駄だというものではないだろうかと思うってしまうのは、きっと、俺達が人間の生命の長さで物事を考えているからなんだろう。
彼らにとっての1000年は、大した時ではないのかもしれない。
ラコーンは鼻先で俺達を示す。
「そなたらがラコーンを連れ戻してくれたのか?」
女性はまるで鈴を振るような美しい声をしている。
「いいえ、一緒に来たんです。」
姫がにっこりと笑った。
こんなところが、姫のいいところだと思う。
「そうか。
礼を言おう。」
女性もにっこり笑った。
「ラコーンめ、誕生日にくれたリンゴの木に雷を落としおって!
いたずらも度を過ぎると笑って済ませないのだと何度言えばわかるのじゃ!」
ぺしっと鼻先を叩くと、ラコーンはしゅん、と頭を垂れた。
「それって、もしかして伝説のリンゴの話じゃ・・・。」
「みたいだねー。」
「神様とラコーンはとっても仲良しだったんだね。」
「そうね。」
千年経とうと、彼女たちにとってはまるでそれは昨日のことのようらしく、すぐに打ち解けてしまっているのがどこかうらやましい。
(俺達のように、数年前のことを忘れてしまうような時の流れに生きているわけではない、か。)
自分が青年を忘れたように、彼も自分を忘れている。
お互い様。
ただそれだけのことなのだ。
「して娘、この度は何用があって参ったのじゃ?」
神は姫に見覚えがあるらしく、ふわふわとラコーンの首から手を放して床に降り立った。
「前にここに来た時、私は村のみんなを生き返らせてもらえるように祈りました。
ですがそれも次の新月までの命と聞きました。」
「・・・娘よ。」
神は静かに首を振り、呟く。
姫のその言葉だけで、何を言いたいのかすっかり汲み取ってしまったらしい。
その姿は威厳があって、さっきまでのどこか人懐っこい姿と同じとは思い難い。
(これが、この地の神・・・。)
諏訪の土地にもいた、地の神である亀神をふと思い出す。
あの時は幼いファイが自分と共に祈祷に出てくれたのだと。
「お前の願は叶わぬ。
一度失われた命は決して蘇ることはない。
それはいかなる世界においても揺るがぬ現実。
私の力と羽根の力と娘の祈りが重なったから、幻のような時が訪れているにすぎんのじゃ。」
神は静かに目を伏せた。
「本来、100年に一度、土地の民の言葉を聞くための祭りごとだった。
この土地に住む者の願いを聞き、私に出来ることがあれば手助けをしてやろうというだけのことだ。
だがいつの間にかその祭りの意味が伝えられなくなってしまったらしい。
その上他の世界からやってきた何者かが悪事をも働いていたらしいではないか。
翼を失い、それに気づかなかった私も愚か者。
神とは名ばかりじゃな。」
どの土地にもいろんな事情はあるものだ。
そんなことより、重要な話を聞けた。
この神と、神殿にたどり着くまでに襲ってきたコウモリの紋の者達は無関係。
つまり。
(やはり監視者がいる。)
時折感じる視線。
この旅の行く末を気にする者がいる。
何かあれば手を出してくるほどの。
(・・・羽根が狙いか?)
考え込んでいる俺の隣で、少年がはっとラコーンを見上げる。
「翼って、ラコーンのことですか?」
「ああ。
神には必要なのじゃ。
忠実で澄んだ目を持つ、竜族の翼が。」
ラコーンは頭を低く下げ、お時儀のような体勢を取った。
「そうじゃ、選ばれし竜の瞳は私に外の世界をみせ、耳は私に外の世界の声を伝える。」
なんという大切な役目を、このラコーンは放棄したんだと、耳を疑いたくなる話だ。
「先代の竜が命を落としてから200余年になる。
久しぶりに、外の世界を見せてはくれんか、ラコーンよ。」
ラコーンは嬉しそうに翼を広げ、高らかに鳴いた。
ふわふわとした感覚は、ピッフル国のドラゴンフライを操って以来の感覚。
サクラちゃんもモコナも、そして小狼君もとっても楽しそうで。
「あれです!」
小狼君の声に、竜はぐうんと高度を下げる。
「きゃー」
「わぁっ」
楽しげにサクラちゃんとモコナがくっつく様子は、とてもかわいくて、思わずオレたちも微笑んでしまう。
隣で黒様もとても穏やかに微笑んでいる。
旅を始めたころ何か、ずっと無表情でなに考えているか分からなかったのに、今ではサクラちゃんたちがかけがえのない存在なんだろうな。
(・・・黒りんも、きっと変わっているんだ。)
彼女がなぜこの旅に参加しているのか、表立った理由はよく分からない。
ただ、本当の目的はサクラちゃんの護衛だろう。
黒様自身がそれを知っているかどうかは分からないけれど。
竜は階段下まで一度下降し、草木を揺らした。
そしてそのまま階段に沿うようにしてふわりと再び上昇し、ちょうど中腹辺りで音を立てずに着地した。
「ここからは歩かないといけないんだって。」
サクラちゃんの言葉に、オレたちは竜の背中から滑るようにして降りた。
ここからは緑豊かな村が見渡せる。
こんな豊かな時期に生き返ったら尚更、死にたくないと思ってしまうだろう。
「・・・そうね。」
「どうしたんですか?」
小狼君がサクラちゃんの言葉に尋ねる。
どうやら彼女は竜と話をしていたようだ。
「いえ、前に来た時はもっと階段が大きく感じたのにって。
ここは何も変わっていない、変わってしまったのは自分なんだなって、竜さんが言うから。」
その言葉が妙に重くて、オレもひとつ頷いた。
黒様が先頭を歩いて、その後ろに小狼君、サクラちゃん、オレ、そして竜が続く。
こんなところは変わってはいないのだ。
黒たんは危ないときはいつも、一番前を歩く。
「懐かしいというか・・・。」
「確かここでファイさんが敵から守ってくれたんですよね。」
不意に話しかけられて、オレは顔を上げた。
階段の少し上の段にいる小狼君とサクラちゃんが、申し訳なさそうに眉尻を下げてオレを見下ろしている。
普段はオレの方が背が高いから、なんだか新鮮だ。
「あの時、ファイさんが助けてくれたから・・・。」
零れてきた言葉にオレは驚く。
「私、あの時勝手にお願いしました。
人の命を生き返らせることが、どんなに難しいことか、考えもせずに。」
サクラちゃんが胸に手を当てて静かにそう言う。
「ちゃんと分かっているんです、出来ないことだって。
それでも、もしファイさんや黒鋼さんが死んでしまったらと思うと、村の人たちのことが他人事に思えなくて・・・。」
後で聞いた話によれば、どうやら黒様も途中で敵を抑えるために残ったらしい。
不安だっただろう。
2人きりで、戦っていくのは。
心細かっただろう。
自分も殺されてしまうかもしれないと思いながら、先に進んでいくのは。
その中ででも、サクラちゃんは、村の人のために願ったのだ。
「いいんじゃないかな。」
だからオレは笑顔を見せる。
「誰もが他人のことを思いやれるわけじゃない。
もちろん、結果も大切かもしれないけれど、人に思ってもらえるだけで救われる人もいるんだよ。」
サクラちゃんは困ったように微笑んでくれた。
「サクラはおっちょこちょいで不器用なところあるから、ときどき失敗しちゃうけど、
モコナ、サクラがモコナのことを考えてくれたり、優しくしてくれたりするの、大好き!」
小狼君の頭の上で、モコナがしゅたっと手を挙げた。
「オレもだよ。」
サクラちゃんは目を瞬かせている。
「おれもです。」
小狼君も優しく微笑む。
その向こうで、紅い瞳が優しくサクラちゃんを見ている。
「黒たんもだって。」
そう言えばふん、と軽く笑われてしまった。
あの紅い瞳も、他人のことを思いやれる優しい瞳だと、同じようにオレ達は知っている。
「私も、です。」
サクラちゃんが照れたように頬を染めて、言った。
「私も、私を思いやってくれる、優しいみんなが大好きです!」
「こんなふうになってたんだー。」
大きく薄暗い神殿の入口を進んでいく。
「ファイさんは初めてなんですね。」
「うん。」
「昔はもっと活気があって、この辺りにももっと火がともっていて、巫女さんたちがいたそうです。」
姫が竜の言葉を訳してくれる。
今は見る影もなく、竜もどこか寂しげにしている。
しばらく進んでいけば、大きな扉があった。
俺はここまでしか来たことがない。
「この扉の向こうです。」
「でもどうやったら開くのかな。
取っ手もないし、この扉確かすごく分厚かったよね。」
向こうに行ったことのある少年と少女が首をかしげていると、竜が進み出た。
「開けてくれるの?」
竜は体を伸ばし、羽根を広げる。
そして手を伸ばして扉の右上の壁を拭った。
そこはほこりか何かで汚れていたのか、月のようなマークが現れる。
また左上の壁を拭うと、今度は太陽が現れた。
竜は月のマークと太陽のマークをそれぞれ半回転させ、そして埃にまみれて何もないように見える2つの中央付近のブロックを押し込んだ。
ガシャン
重い音がして、歯車の動く音がする。
竜が手を避けると、その下にはまるでその手形がついているかのような石のボタンがあった。
どうやらそれが最後のカギだったらしい。
しばらくすると重そうな扉が部屋の内側に向かって開いた。
そしてその中には、だえが灯したわけでもないのに、灯りがついていて、部屋の奥には不思議な像が立っていた。
その像が光を放った。
俺は思わず刀を抜き、構える。
「ラコーン!!」
白い光に辺りが包まれ、何も見えない中、ただそう呼ぶ女性の声が聞こえた。
しばらくすると光が弱まり、目も慣れてきた。
そこで目に映ったのは、ずいぶん高いところにある竜の首に腕を回す、長く白い衣を纏った、そして同じく長く白い髪の神々しさをたたえた女性だった。
「どこ行っておったのじゃ馬鹿もの!
私がここから出られないの知っているはずであろう!」
ぶつぶつと怒るその女性に、竜はすまなそうに、でも嬉しそうにくぅんと鼻を寄せる。
竜はどうやらラコーンという名前だったらしい。
全く状況が分からないが、思うにその白い女性がこの神殿の神で、ラコーンがもともと仕えていた相手だったのだろう。
そして喧嘩をしていた相手だったはずだ。
・・・一瞬で和解してしまったらしいが。
1000年うじうじと待っただけ無駄だというものではないだろうかと思うってしまうのは、きっと、俺達が人間の生命の長さで物事を考えているからなんだろう。
彼らにとっての1000年は、大した時ではないのかもしれない。
ラコーンは鼻先で俺達を示す。
「そなたらがラコーンを連れ戻してくれたのか?」
女性はまるで鈴を振るような美しい声をしている。
「いいえ、一緒に来たんです。」
姫がにっこりと笑った。
こんなところが、姫のいいところだと思う。
「そうか。
礼を言おう。」
女性もにっこり笑った。
「ラコーンめ、誕生日にくれたリンゴの木に雷を落としおって!
いたずらも度を過ぎると笑って済ませないのだと何度言えばわかるのじゃ!」
ぺしっと鼻先を叩くと、ラコーンはしゅん、と頭を垂れた。
「それって、もしかして伝説のリンゴの話じゃ・・・。」
「みたいだねー。」
「神様とラコーンはとっても仲良しだったんだね。」
「そうね。」
千年経とうと、彼女たちにとってはまるでそれは昨日のことのようらしく、すぐに打ち解けてしまっているのがどこかうらやましい。
(俺達のように、数年前のことを忘れてしまうような時の流れに生きているわけではない、か。)
自分が青年を忘れたように、彼も自分を忘れている。
お互い様。
ただそれだけのことなのだ。
「して娘、この度は何用があって参ったのじゃ?」
神は姫に見覚えがあるらしく、ふわふわとラコーンの首から手を放して床に降り立った。
「前にここに来た時、私は村のみんなを生き返らせてもらえるように祈りました。
ですがそれも次の新月までの命と聞きました。」
「・・・娘よ。」
神は静かに首を振り、呟く。
姫のその言葉だけで、何を言いたいのかすっかり汲み取ってしまったらしい。
その姿は威厳があって、さっきまでのどこか人懐っこい姿と同じとは思い難い。
(これが、この地の神・・・。)
諏訪の土地にもいた、地の神である亀神をふと思い出す。
あの時は幼いファイが自分と共に祈祷に出てくれたのだと。
「お前の願は叶わぬ。
一度失われた命は決して蘇ることはない。
それはいかなる世界においても揺るがぬ現実。
私の力と羽根の力と娘の祈りが重なったから、幻のような時が訪れているにすぎんのじゃ。」
神は静かに目を伏せた。
「本来、100年に一度、土地の民の言葉を聞くための祭りごとだった。
この土地に住む者の願いを聞き、私に出来ることがあれば手助けをしてやろうというだけのことだ。
だがいつの間にかその祭りの意味が伝えられなくなってしまったらしい。
その上他の世界からやってきた何者かが悪事をも働いていたらしいではないか。
翼を失い、それに気づかなかった私も愚か者。
神とは名ばかりじゃな。」
どの土地にもいろんな事情はあるものだ。
そんなことより、重要な話を聞けた。
この神と、神殿にたどり着くまでに襲ってきたコウモリの紋の者達は無関係。
つまり。
(やはり監視者がいる。)
時折感じる視線。
この旅の行く末を気にする者がいる。
何かあれば手を出してくるほどの。
(・・・羽根が狙いか?)
考え込んでいる俺の隣で、少年がはっとラコーンを見上げる。
「翼って、ラコーンのことですか?」
「ああ。
神には必要なのじゃ。
忠実で澄んだ目を持つ、竜族の翼が。」
ラコーンは頭を低く下げ、お時儀のような体勢を取った。
「そうじゃ、選ばれし竜の瞳は私に外の世界をみせ、耳は私に外の世界の声を伝える。」
なんという大切な役目を、このラコーンは放棄したんだと、耳を疑いたくなる話だ。
「先代の竜が命を落としてから200余年になる。
久しぶりに、外の世界を見せてはくれんか、ラコーンよ。」
ラコーンは嬉しそうに翼を広げ、高らかに鳴いた。