ツァラストラ国2
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黒様の様子がおかしい。
朝からだ。
否、朝だけだったかもしれないが、その後普通なのもおかしい。
あまりに普通すぎて、隠されている気がする。
黒様が得意な、感情を隠すことで。
どうしてオレの手を振り払ったんだろう。
どうしてあんなに驚いた顔をしていたんだろう。
聞きたいのに、あまりに平然としている黒りんに、尋ねる勇気がない。
なんだかとんでもない言葉が出てきそうで、怖いんだ。
その言葉を聞いたら、もう今のままではいられない気がして。
オレは立場が違う。
黒様は本人の意思とは関係なく守る者として参加させられた。
逆に俺は壊す者としての役目も背負う。
終末までこの平安を守るために旅に同行し、そして、その平安の結果得られた旅の結果を、毟り取る手助けをするために、きっとオレは戦わないといけない。
だから、オレ達はきっとこれ以上関わらない方がいいんだ。
じゃないとオレが、壊れてしまう。
湖の周りを探す小狼君。
なにかサクラちゃんも思うことがあるのか黒りんに相談している。
微笑ましいこの旅を、いつまで続けられるんだろう。
不意に紅い瞳がオレを捕えた。
「やはりこの湖にいるらしい」
今日は少しみんなから離れ気味だったから、説明をしてくれるみたいだ。
オレもみんなの輪に入る。
「今日の朝、長老さんのお家にあった本を見せてもらったんです。
竜は自然に溶け込む力があるそうです。
だから昔は精霊としてまつられていた。
竜はきっとこの湖にいます」
「モコナ、この湖の中から羽根の波動感じるもん!」
モコナがシュタっと手を上げる。
「問題はどうやって呼び出すか、かぁ」
オレが呟くと4人も頷いた。
「おびき寄せてバッて捕まえられないかな?」
とモコナ。
「何か好きな食べ物とか分かったら出来るかも!」
サクラちゃんもやる気満々だ。
「でも、食べ物は分からないって、長老さんの家の本に書かれていました。
まだ全然研究が進んでいないみたいです」
小狼君の一言で、2人はまた難しい顔に戻ってしまった。
オレはふとひとつ思い出す。
「……リンゴ」
4人の目が、オレに向いた。
「ほら、伝説で、リンゴの木をダメにしちゃったってあったよね。
理由は何であれ、その竜はきっとリンゴに関わる何かがあったんじゃないかな」
「そうだな」
珍しく黒りんが一番始めに同意した。
大抵最後まで聞いていて頷くくらいなのに。
(やっぱり何か変だ)
「では一度村に戻って、リンゴをいただけないか聞いてみましょう」
5人はまたつれだって村へと帰る。
自然豊かな、綺麗な村だ。
前に来た時は雨が少なかったのかずいぶん痩せていたけれど、これだけ豊かな一面も持っていたのだと驚く。
(セレスはいつも雪に覆われていた……)
こんなに緑の多いところは、この旅をするまで知らなかった。
(でも、なんだか初めてじゃない気もする。
不思議だねぇ、緑って)
うけとった籠いっぱいのリンゴを、4人で分けて持つ。
ここの国のリンゴは、どうやら日本とも、小僧たちのいた国とも、男のいた国とも違うようだ。
その甘い芳香は、魅力的で、柔らかい果肉とオレンジの色合いは食欲をそそる。
今でも神殿に備える果物の一つだそうだ。
「モコナも食べた―い!」
「まだ駄目だよー。
竜が食べなかったら1つくらいならもらってもいいかもね」
呑気な会話をしつつも、男は時折俺の様子をうかがっている。
朝のせいだろう。
こんなことになるなんて、忍びとして失格だ。
出来る限り平生通りを装っているが、それが逆に違和感を与えているかもしれない。
だが、その様子から、彼が本当に俺と会ったことを忘れてしまっていることはよくわかった。
それにしても、彼はあのころからずいぶん変わっていた。
少しさびしげな顔は見せず、かわりに笑顔を張りつけるようになっていた。
人と距離をあけて、自分と関わらないようにするようになっていた。
そして、アシュラ王に脅えるようになっていた。
ーアシュラ王……ー
あの日彼の姿を見て、ほっとしたように名を呼んでいたのに、紗羅ノ国では男のあの張り付けたような笑みさえ消えた。
見開かれた蒼い眼と、微かに開いた震える唇が、確かに「おう」と動いた。
それは脅えそのものだった。
なぜ、彼が脅えるのだろうか。
ーファイ、待たせてしまったのかな?ー
幼いながらにも強い力の持ち主だと、直感的に分かった。
その力に脅えているのだろうか。
彼が何か罪を犯し、追われているというのだろうか。
彼が異次元の世界に逃げなければならないような、そしてそれでもなお追いかけてくるというほどの罪などあるのだろうか。
ーファイにはとても素敵なお友達が出来たようだー
優しそうな、人だった。
そして男も彼を慕っていた。
彼に罰されるのであれば、男も甘んじて受けたであろうことは疑いのないほど。
(では、いったいなぜ)
湖のほとりまでやってきた。
後はこのリンゴを置いて、物陰から様子をうかがうだけ、と思った時だった。
「あっ!」
姫が木の根に躓いてしまう。
手に持っていたリンゴが転がる。
「姫!」
すぐそばにいた小僧は抱えていたリンゴを投げ出し、姫が転んでしまわないように受け止める。
おかげでどうやら転ぶこともなく、2人はほっと顔を見合わせた。
だがリンゴはコロコロと転がっていく。
そして
ポチャン ポチャンポチャン ポチャン
次々と湖と落ちて行ってしまった。
「あっリンゴが!」
モコナが思わず叫ぶ。
俺は慌てて駆けだした。
「白饅頭刀!」
生き物の気配が近づいてくる。
この気配間違いない。
竜だ。
慌てる白饅頭から刀を受け取って4人を背に回す。
いつでも抜ける状態にはするがが、抜刀はまだだ。
俺の手から落ちたリンゴも、湖へと転がっていく。
そのリンゴが落ちるより早く、
ざばぁ
大きな水音を立てて現れたのは、やはりあの竜だった。
一瞬の緊張が走るが、竜はきょろきょろとあたりを見回し、俺達の姿を認めるとリンゴをすくい上げ始めた。
どうやら害を与えることはないらしい。
むしろどこか人懐っこそうにさえ見える。
(この前興奮していたのは、小僧が刀を振り上げていたからか?)
竜は全てのリンゴを拾うと、じっと見つめ、岸辺に転がらないようにそっとおいて、俺達に背を向けた。
その背中が妙に寂しげだ。
「あの、まって!」
姫が声を上げた。
竜がぴくりととまる。
「あなた、リンゴが好きなの?」
大きな背中がゆっくりと振り返る。
姫が俺の背中から駆けだして行った。
小僧も慌ててついていく。
竜は戸惑うように視線をさまよわせた。
それは姫の質問を肯定しているように見えて、
「一緒に食べましょう?」
不思議な光景だった。
そして、姫らしいと俺達は納得してしまう。
優しい笑顔に促され、竜はざばぁと水音を立てながら顔を岸辺に寄せた。
水が俺達の脚をすくいそうになる。
転んでしまった姫は小僧に支えられ、どこか楽しげに微笑んでいた。
