ツァラストラ国2
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一日水辺を探したが、竜の姿は見つからなかった。
もとから気配が独特で、探すことが難しい。
水底に隠れていれば見つからないかもしれない。
歩きまわったせいで、姫もずいぶん疲れたようだ。
日も傾いてきたため、今日はこれまでとする。
小僧はじっと湖を見ている。
何かを思い出しているように。
何か俺に言いたげで。
「諏訪の湖も、美しかった」
そう話しかけると、彼ははっと俺を振り帰った。
「黒鋼さんがいた国にも湖があったんですか?」
姫が無邪気に問う。
「ああ。
この湖よりも大きかったかもしれない。
幼いころに見たから、そう思うのかもしれないが」
昼間は青く澄んでいた湖も、今は夕陽で赤く波打っている。
懐かしい景色だ。
懐かしいと、思えるようになったのが不思議だ。
今までは思い出すだけで苦しかったのに。
「モコナ行ってみたい!」
白饅頭がしゅたっと手を挙げる。
「モコナが連れて行ってくれないといけないけどね」
小僧が小さく笑う。
「じゃあ頑張る!」
頑張っても無駄だろう。
どこに行くか、分からない旅だから。
魔女に対価でも払ったら、行き先は決められるのだろうか。
「うまい食事くらいなら振舞おう」
そう言って、なんとか湖から目を離し、村へと歩く。
目に浮かぶのは、やはり諏訪だ。
諏訪の湖はもっと青く、緑も深かった。
砂漠の国に住んでいた姫にも、そして雪国で育った青年にも、見せてやりたいと思うほど、諏訪は美しかった。
美し“かった”のだ。
帰り道、ぽつりと姫が呟いた。
「私、間違っていたような気がするんです」
唐突な言葉に、4人は首をかしげる。
「前にこの国に来た時、みんな悲しそうで、元気になってほしくて……
願ったんです。
神殿で願いを叶えるために、命をなくしてしまった人達を生き返らせてほしいって。
でも、その願いが空汰さんや嵐さんを更に苦しめてしまったように思えるんです」
そして辛そうにうつむく。
「私の独りよがりで、ちゃんと考えられていなかったのかなって」
純真さは時に優しく、時に残酷だ。
仕方がないことだし、この国の人々だってそれで充分幸せだったのだ。
「もう一度羽根をささげて、本当に空汰さん達の命を願って、いいのでしょうか?」
ずいぶん思い悩んでいるのだろう。
「……姫が願ってくれたから、お別れも言えなかった人たちが再会できたんじゃないでしょうか」
小狼君が静かに言った。
「たとえ命が元のようにはならなくても、それだけでもとても素晴らしいことだと思います」
世の中、別れを言うことなく死別することなど数え切れないほどあるだろう。
実際俺自身も何百と人を切り捨ててきた。
両親も、別れを惜しむ間もなく死んだ。
だから別れを言うための再会など、考えもしなかった。
平和に暮らしていた小僧たちや、戦もないこの国の人にとっては、確かに価値のあるものなのかも知れない。
だが、それだけでは彼女への答えには満たない。
「割り切れ」
俺の言葉に、姫は目を見開く。
「羽根を探して手に入れることが、俺達の目的。
それに付随してこの亡き者がしたいことを助けてやるだけだ。
神殿に祈りを捧げることでこちらには利益がないのであれば……最期の願いだ。
聞いてやっても悪くないだろう」
彼らがそれで満足するならば、俺達にできることだけでもしてやるのが、生き返らせた責任というものだ。
(それだけで責を果たせたと思ってはならないだろうが……
一体誰がその責をこの少女に負わせようと思うだろうか。
……思えるはずがない)
ではその責は誰が償うのだろう。
彼女の羽根一枚と、この世界の不思議な神の力でかなえられることが、あの次元の魔女のような力の強い魔法使いにさえできないことなのだろうか。
もし、そんなことができる人がいたら。
(否、そんなものがいるはずがない。
死んだらそれきり)
しばらくして、姫は顔をあげて、
「……はい」
決意したように頷いた。
神殿に住まう神は、この姫のように、純粋で優しいのかもしれない。
どこまでも希望を持ち、諦めから来る怒りも、悲しみも、受け入れてしまえうのかもしれない。
俺のような、人間とは違って。
大切なものを奪われる恐怖、奪われた悪夢を消そうと刀を振るう俺と違って。
だから、願いをかなえようと言ったのかもしれない。
だから、亡き者たちを期限付きで生き返らせてしまったのかもしれない。
死んだものは真に生き返らないと、知りながら。
静かに目をあける。
気づけば夜明けだった。
昼間湖に行ったからだろうか。
また諏訪を夢に見た。
美しい湖のほとりで、やはり青い誰かを思っていた。
ちらりと見れば、男が気持ちよさそうに寝ている。
こちらが追手のことを思って気を揉んでいるとは知らずに、呑気なものだ。
口元にかかる髪をそっと避けてやる。
柔らかい髪質が朝日に透けて、どこか懐かしい。
不思議だ。
こんな髪色、初めて見たのに。
日本にはこんな珍しい色の者はいなかった。
月の光を集めたような、そして陽だまりのような美しい色。
なのにどうしてこんなに懐かしいんだろう。
瞼がピクリと動く。
起こしてしまったのだろうか。
ゆっくりと開いたまぶたの下から、湖のような青が現れる。
そう言えば昔、こんな美しい瞳を見たことがあったはずだ。
まるで諏訪の湖のように美しい青だと、思ったものだ。
そうだ——そして彼に初めて会ったあの日もそう思った。
(湖の青を、筆で落としたのではないかと錯覚するほど、彼の瞳は後ろにあった湖とそっくりの色だった……)
その瞬間、俺は飛び起きる。
そうだ……
……そうだ。
……そう……だったんだ……
扉のない戸口からの朝日が、男の顔を照らす。
赤い日差しに染まる頬に、何度か見た嬉しそうに頬を染めていた幼い姿を思い出す。
「ん……どう、したの、黒様?」
彼を、俺はずっと待っていたのだ。
再び会いに来てくれる時を。
そして強くなった自分を見てもらえる時を。
男は辺りを見回す。
「うーん……?」
俺の瞳を見つめる青に、思い出が湧きかえる。
一緒に食べたスイカ、摘んだ花、竹とんぼ、亀神への祈祷。
今までどうして忘れていたのだろう。
答えは簡単だ。
過去を全て、忘れたいと、忘れてしまおうと、思ったからだ。
美しい諏訪は、思い出の中だけに美しく、その美しさが俺を壊してしまいそうだったから。
だがどうしてこんなにも鮮明に思い出せるのだろう。
不思議なくらいだ。
手のぬくもりも、柔らかく輝く金髪も、そして諏訪の湖のような美しい瞳も、蘇る。
だが、一つ疑問がわき出る。
忘れていた俺が言うのも問題かもしれないが。
(彼も俺のことを忘れている……のだろうか)
「黒様?」
心配げな青い目が覗き込む。
大きな手が、腕をつかみ、咄嗟に振り払ってしまった。
舞いおりる気まずい空気。
伸びた背、すっかり低くなった声、大きな手。
目の前にいるのは、あのころの面影を残しながらも、すっかり大人の男になった“ふぁい”。
否、彼の本当の名前も、俺は知っている。
そしてきっと彼も。
(覚えているか否かは置いておいて)
長い時が過ぎていた。
再会するまでに、俺達は大人になっていた。
再会するまでに、俺の手は血で真っ赤に染まっていた。
再会してからも、もう、再会したと喜ぶのが阻まれるほどの時間が過ぎた。
「ごめん、オレ、何かしたかな……?」
心配そうな笑顔。
彼は嘘をついているのだろうか。
それとも俺と同じように忘れてしまったのだろうか。
「……悪い」
今はだめだ。
彼の顔を見ていられない。
「顔……洗ってくる」
青い瞳から目をそらすことしかできなかった。
もとから気配が独特で、探すことが難しい。
水底に隠れていれば見つからないかもしれない。
歩きまわったせいで、姫もずいぶん疲れたようだ。
日も傾いてきたため、今日はこれまでとする。
小僧はじっと湖を見ている。
何かを思い出しているように。
何か俺に言いたげで。
「諏訪の湖も、美しかった」
そう話しかけると、彼ははっと俺を振り帰った。
「黒鋼さんがいた国にも湖があったんですか?」
姫が無邪気に問う。
「ああ。
この湖よりも大きかったかもしれない。
幼いころに見たから、そう思うのかもしれないが」
昼間は青く澄んでいた湖も、今は夕陽で赤く波打っている。
懐かしい景色だ。
懐かしいと、思えるようになったのが不思議だ。
今までは思い出すだけで苦しかったのに。
「モコナ行ってみたい!」
白饅頭がしゅたっと手を挙げる。
「モコナが連れて行ってくれないといけないけどね」
小僧が小さく笑う。
「じゃあ頑張る!」
頑張っても無駄だろう。
どこに行くか、分からない旅だから。
魔女に対価でも払ったら、行き先は決められるのだろうか。
「うまい食事くらいなら振舞おう」
そう言って、なんとか湖から目を離し、村へと歩く。
目に浮かぶのは、やはり諏訪だ。
諏訪の湖はもっと青く、緑も深かった。
砂漠の国に住んでいた姫にも、そして雪国で育った青年にも、見せてやりたいと思うほど、諏訪は美しかった。
美し“かった”のだ。
帰り道、ぽつりと姫が呟いた。
「私、間違っていたような気がするんです」
唐突な言葉に、4人は首をかしげる。
「前にこの国に来た時、みんな悲しそうで、元気になってほしくて……
願ったんです。
神殿で願いを叶えるために、命をなくしてしまった人達を生き返らせてほしいって。
でも、その願いが空汰さんや嵐さんを更に苦しめてしまったように思えるんです」
そして辛そうにうつむく。
「私の独りよがりで、ちゃんと考えられていなかったのかなって」
純真さは時に優しく、時に残酷だ。
仕方がないことだし、この国の人々だってそれで充分幸せだったのだ。
「もう一度羽根をささげて、本当に空汰さん達の命を願って、いいのでしょうか?」
ずいぶん思い悩んでいるのだろう。
「……姫が願ってくれたから、お別れも言えなかった人たちが再会できたんじゃないでしょうか」
小狼君が静かに言った。
「たとえ命が元のようにはならなくても、それだけでもとても素晴らしいことだと思います」
世の中、別れを言うことなく死別することなど数え切れないほどあるだろう。
実際俺自身も何百と人を切り捨ててきた。
両親も、別れを惜しむ間もなく死んだ。
だから別れを言うための再会など、考えもしなかった。
平和に暮らしていた小僧たちや、戦もないこの国の人にとっては、確かに価値のあるものなのかも知れない。
だが、それだけでは彼女への答えには満たない。
「割り切れ」
俺の言葉に、姫は目を見開く。
「羽根を探して手に入れることが、俺達の目的。
それに付随してこの亡き者がしたいことを助けてやるだけだ。
神殿に祈りを捧げることでこちらには利益がないのであれば……最期の願いだ。
聞いてやっても悪くないだろう」
彼らがそれで満足するならば、俺達にできることだけでもしてやるのが、生き返らせた責任というものだ。
(それだけで責を果たせたと思ってはならないだろうが……
一体誰がその責をこの少女に負わせようと思うだろうか。
……思えるはずがない)
ではその責は誰が償うのだろう。
彼女の羽根一枚と、この世界の不思議な神の力でかなえられることが、あの次元の魔女のような力の強い魔法使いにさえできないことなのだろうか。
もし、そんなことができる人がいたら。
(否、そんなものがいるはずがない。
死んだらそれきり)
しばらくして、姫は顔をあげて、
「……はい」
決意したように頷いた。
神殿に住まう神は、この姫のように、純粋で優しいのかもしれない。
どこまでも希望を持ち、諦めから来る怒りも、悲しみも、受け入れてしまえうのかもしれない。
俺のような、人間とは違って。
大切なものを奪われる恐怖、奪われた悪夢を消そうと刀を振るう俺と違って。
だから、願いをかなえようと言ったのかもしれない。
だから、亡き者たちを期限付きで生き返らせてしまったのかもしれない。
死んだものは真に生き返らないと、知りながら。
静かに目をあける。
気づけば夜明けだった。
昼間湖に行ったからだろうか。
また諏訪を夢に見た。
美しい湖のほとりで、やはり青い誰かを思っていた。
ちらりと見れば、男が気持ちよさそうに寝ている。
こちらが追手のことを思って気を揉んでいるとは知らずに、呑気なものだ。
口元にかかる髪をそっと避けてやる。
柔らかい髪質が朝日に透けて、どこか懐かしい。
不思議だ。
こんな髪色、初めて見たのに。
日本にはこんな珍しい色の者はいなかった。
月の光を集めたような、そして陽だまりのような美しい色。
なのにどうしてこんなに懐かしいんだろう。
瞼がピクリと動く。
起こしてしまったのだろうか。
ゆっくりと開いたまぶたの下から、湖のような青が現れる。
そう言えば昔、こんな美しい瞳を見たことがあったはずだ。
まるで諏訪の湖のように美しい青だと、思ったものだ。
そうだ——そして彼に初めて会ったあの日もそう思った。
(湖の青を、筆で落としたのではないかと錯覚するほど、彼の瞳は後ろにあった湖とそっくりの色だった……)
その瞬間、俺は飛び起きる。
そうだ……
……そうだ。
……そう……だったんだ……
扉のない戸口からの朝日が、男の顔を照らす。
赤い日差しに染まる頬に、何度か見た嬉しそうに頬を染めていた幼い姿を思い出す。
「ん……どう、したの、黒様?」
彼を、俺はずっと待っていたのだ。
再び会いに来てくれる時を。
そして強くなった自分を見てもらえる時を。
男は辺りを見回す。
「うーん……?」
俺の瞳を見つめる青に、思い出が湧きかえる。
一緒に食べたスイカ、摘んだ花、竹とんぼ、亀神への祈祷。
今までどうして忘れていたのだろう。
答えは簡単だ。
過去を全て、忘れたいと、忘れてしまおうと、思ったからだ。
美しい諏訪は、思い出の中だけに美しく、その美しさが俺を壊してしまいそうだったから。
だがどうしてこんなにも鮮明に思い出せるのだろう。
不思議なくらいだ。
手のぬくもりも、柔らかく輝く金髪も、そして諏訪の湖のような美しい瞳も、蘇る。
だが、一つ疑問がわき出る。
忘れていた俺が言うのも問題かもしれないが。
(彼も俺のことを忘れている……のだろうか)
「黒様?」
心配げな青い目が覗き込む。
大きな手が、腕をつかみ、咄嗟に振り払ってしまった。
舞いおりる気まずい空気。
伸びた背、すっかり低くなった声、大きな手。
目の前にいるのは、あのころの面影を残しながらも、すっかり大人の男になった“ふぁい”。
否、彼の本当の名前も、俺は知っている。
そしてきっと彼も。
(覚えているか否かは置いておいて)
長い時が過ぎていた。
再会するまでに、俺達は大人になっていた。
再会するまでに、俺の手は血で真っ赤に染まっていた。
再会してからも、もう、再会したと喜ぶのが阻まれるほどの時間が過ぎた。
「ごめん、オレ、何かしたかな……?」
心配そうな笑顔。
彼は嘘をついているのだろうか。
それとも俺と同じように忘れてしまったのだろうか。
「……悪い」
今はだめだ。
彼の顔を見ていられない。
「顔……洗ってくる」
青い瞳から目をそらすことしかできなかった。
