レコルト国
名前変換
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しばらく進むとこの遺跡の形によく似た形をした陣の描かれた部屋に出た。
「この下からサクラの羽根の波動を感じる。」
モコナの言葉に、小狼くんの背筋が伸びる。
そして急にその陣が崩れ、ぽっかりと大きな穴が姿を現した。
まるで、オレ達を待っていたかのように。
(もしかしたら、サクラちゃんを羽根は待っていたのかもしれない。)
ふちから覗き込んで見る。
かなり深い穴なのか、次元がどこかでねじ曲がっているのか、底をうかがうことはできない。
「まっくらだねぇ。
この下に何があるか、サクラちゃん覚えている?」
もしかしたら記憶にあるかもしれないと思い聞いてみるも。
「いいえ。」
どうやら記憶にないらしい。
「でも、この下から羽根の波動感じる。」
モコナの一言に、小狼君が立ち上がった。
「行きます。」
いつも通り、凛々しい。
でも今日は、その腕にすがる手があった。
「どうして何があるか分からないのに。
私が行く!」
サクラちゃんだ。
「姫はここで待っていてください。」
「どうして、どうしてそこまでして私の羽根を探してくれるの?」
穏やかな微笑みを浮かべた小狼君。
歳の割に、ずいぶん大人びていると思う。
だから。
「姫をお願いします。」
オレは小狼君に笑顔で頷く。
小狼君に、オレは必要ない。
だって。
「この世界にはもう用はない。
行くぞ。」
「黒鋼さん!」
黒たんと決めた。
役割分担なのだ。
この2人を、守っていくために。
「行くぞ。」
「はい。」
そして2人は闇に飛び込んだ。
「小狼君!
黒鋼さん!」
後を追おうとするサクラちゃんを引きとめるのは、オレの仕事。
「全く困った人たちだね。」
「私、何もできない・・・。」
この子は気づいていないのだ。
黒りんも、少しずつ変わっていること。
少しずつ、穏やかになってきていること。
「帰ってくるのを、待っていてあげられるよ。」
モコナの言葉に、サクラちゃんはようやく頷いてくれた。
(何もできないのは、オレの方だ。
女の子とまだ若い男の子を深い穴に突き落として、のうのうと待っていることしかできない。)
思わず小さく笑った。
どのくらい落ちたのか分からないが、まだ落ちている。
すぐ隣にいたはずの少年の姿がなく、焦りを覚える。
(・・・大丈夫だ、初めのころよりも強くなったのだから。)
不意に戦闘音に気づく。
下を見れば、もう少年と入口にいた大きな獅子の背に羽根が生えた番犬が戦っている。
少年はまた考えが甘く、攻撃を避けてばかりだ。
番犬の足を自分の足で受け止める。
「馬鹿!
そんな寸止めで倒せる相手か!」
教えていなかった。
戦いの中では、時に無慈悲にならねばならぬ、と。
あまりに当たり前すぎて、言い忘れていたのかもしれない。
(でなければ、待つのは。)
激しい音を立てて少年が地面に叩きつけられた。
恐怖が心を占める。
「小狼!!」
少年は立ち上がった。
その姿に一瞬の安堵をおぼえるが、彼の目の色に俺は目を見開く。
(あれは、違う・・・。)
感情の見えない瞳。
何かを殺すことをためらわぬ瞳。
俺は名を呼んだことで他の誰かを連れてきてしまったのかと、何の根拠もないことを思い、背筋が寒くなった。
立ち上がった少年は、やはり過激な戦い方をした。
俺はただ、それを見ることしかできなかった。
(・・・違う。)
名前は大切なものだ。
本当の名前を知ると、相手を従えることすらできる。
たとえ義理の名であれ、それを呼ぶことで、人は関係を作り、互いをしがらみで縛る。
だから、名前は大切な時しか呼んではならない。
そういつの間にか己に誓っていた。
(少年を信じきれなかった俺の失敗か。)
一瞬の恐怖が、本当の小狼を呼び起こしてしまったかのような、そんな錯覚にとらわれる。
番犬を倒した少年は、光を放ちながら浮かぶ『記憶の本』を手荒く掴み、
表紙となっているガラスを砕いて羽根を取り出した。
本が好きな少年には、考えられない方法だ。
俺は青年に言った。
姫を頼むと。
つまり、少年は自分が守ると。
俺は少年の腕をとる。
感情のない目が、俺を見た。
「・・・お前、誰だ?」
開くことのない唇。
答えがないのも、また答え。
(同じく小狼だとということか?)
その瞬間、けたたましい警報が鳴り響く。
そして辺りの闇が消え、青年と少女が姿を現した。
「小狼君!」
少女の言葉に、少年は我を取り戻す。
羽根はあっという間に少女の中に消えて行った。
「早く次の世界に移動を!」
少女に呼ばれても、あのもう一人の小狼は姿を現さない。
(どういうことだ?)
「黒様?」
不安げに呼ぶ青年に、何でもない、と頭を振る。
今はそれどころではない。
脱出せねば。
白饅頭を見る。
口をあけて、いつものように移動しようとするが、何やらうまくいかないようだ。
「だめ!
魔法陣が出ない!」
「本を盗んで逃げられないように、移動魔法に対する防除魔法が働いているんだ。」
呟くのは青年だ。
しかし打開策は今のところないらしい。
俺は少年の腕から少女を取り上げ、抱きかかえる。
「白饅頭が移動出来るところまで逃げるしかない!」
「はい!」
洞窟を駆けだす。
出たところで熱気を感じ、見上げれば。
「やっぱり待っていたか。」
口笛を吹く青年。
目の前には、番犬。
次の瞬間、吐かれた火に飛び上がる。
「本が!」
こんなときに本の心配ができる、その頭が信じられない。
「大丈夫、本には攻撃魔法が効かないようにしてあるよ。」
青年の言葉に、少年は安堵のため息をついた。
「良かった・・・。」
(やはり違う。)
さっき、俺が呼んでしまった小狼は、一体だれなのだろう。
とにかく。
「走れ!!」
番犬の足の間を縫って走る。
あちこちから警備の者たちが集まり、杖の先から光線のようなものを出す。
なんとかそれを避けながら、正面玄関にたどり着いたが、目の前の海は深い。
「・・・飛び込むぞ。」
「だめだよ。」
俺の言葉を、冷静にとどめる。
その冷静さが引っかかる。
(ずっとだ、この男はずっと、何かを考えていた。)
青年が投げた帽子は、海に落ち、そして煙を上げて溶けてしまった。
「これも防除魔術。」
熱気がやってくる。
海側の空に現れた番犬は、今にも炎を吐かんとしている。
振り返れば警備の者たちが杖を構える。
この状況、俺には何もできない。
どうすればいいのか、分からない。
澄んだ音が辺りに響いた。
音の発信源は、すぐに分かった。
むしろ、この時が来ると、信じていたのかもしれない。
(・・・青年が、助けてくれると。)
蔦模様が俺達の周りを丸く球状に囲む。
「モコナ、ここなら大丈夫。」
白饅頭が口をあけると、次元移動魔法が発動する。
(傷つけたくなかった、誰も。)
そう思っても仕方がない。
もう傷ついてしまったのだ、青年は。
彼の表情は、いつものように張り付けた笑顔ではない。
どこか諦めたようであり、そしてどこか満足げな表情だった。