レコルト国
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「小狼、右行って。」
小狼の頭の上の白饅頭が目をつぶって指示を出す。
珍しくまともなようだ。
「次左・・・止まって。」
白饅頭の目が開く。
「うん、この辺りが一番強い。
サクラの羽根の波動。」
そこは本棚と本棚の間。
片側は廊下に面していて、もう片側は壁についている。
「壁よ、モコちゃん。」
「でも、ここから感じる。」
案外白饅頭は信用できるものだ。
思案げな少年に、青年が壁に近づく。
「ちょっと待ってねー」
しばらく辺りをぺたぺたと触り、そして。
「あー、これ、魔法壁だよ。
黒っち、この本だな、こっちに動かして。」
言われるがままに棚に力を込める。
かなりの重量だ。
それにしても。
(この男も、かなりできる。)
「この棚とこの棚で魔法壁を作っていたんだよー。
だからこの棚を動かすと壁がずれて向こう側が現れる。」
「ファイさんすごいです。」
「んーちょっとでも魔法を勉強したことがあるなら分かるよー。」
ちょっと勉強したら分かるものが、防御になるはずがない。
しかもこの国の魔法はかなり発達している様子だった。
重要な本を隠すのに、それほど簡単な魔法なはずがない。
きっと。
(青年の力は、強い。)
仕掛けを見破るには仕掛けた以上の力が必要になる。
それは忍びの世界でいう、からくりと同じだろう。
「この先にサクラの羽根がある。」
白饅頭の言葉を信じ、俺達は奥へと進む。
不気味な石造りの細い廊下は、薄暗く先が見えない。
いつ、次の守衛機能が動くのか。
「さっそく登場。」
青年は相変わらず呑気だ。
飾りに見えていた蛇のような石が空中を飛び、襲いかかってくる。
俺に向けて突っ込んでくる頭をさけ、胴体に拳を叩きこむ。
一体終了。
「下がっていてください。」
少年は少女を守りながら足技で倒す。
しかしどうもきりがなさそうだ。
この廊下がどのくらいまであるのか分からないが、かなりの数がいると考えられるだろう。
そうこうしているうちに、警備の魔法使いたちも来てしまいそうだ。
「小狼君かっこいいー」
口笛もどきを吹いて見せる青年。
なんでこの男はこんなときに口笛の練習なんてしているんだ。
「あ、ちょっと口笛っぽい音でなかった?
ねぇ黒ぽん。」
何のためなのか、分からない。
いつもはこんな時は少女を守っているだけなのに。
何も考えていないのか、それとも。
(どさくさにまぎれて何を考えている?)
この男が何から逃げているのか、俺達はまだ知らない。
知らないということは、咄嗟の時に対応できない。
戦えない。
守れない。
この男は、独りで行く気のだろう。
(ふざけるのも大概にしろ。)
いつまで悲劇の王子を演じるつもりなんだ。
気づいているはずだ。
もう、少年や少女と、自分が切り離せないことを。
自分が変わってしまったことを。
だからピッフルワールドで泣いたのだろう。
まだ決心がつかないのだろうか。
(女々しい男だ。)
「少しは手伝え!」
「黒たんと小狼君がいれば充分かなぁと。」
襲われながらも徐々に進んでいたが、新しく大きな石の鳥のようなものも複数現れ始める。
「わーピンチっぽい。」
取り囲まれている。
これは確かにまずい。
しかしこれだけ量が多いと、相手も動きにくくなるだろう。
必要以上に防御したのが仇になったな。
「・・・走るぞ。」
少年は意味が分かったのか、少女の手を取り、俺の後をついて走り出した。
決めたのだ、俺が守ると。
過去になんかとらわれない。
今守れるものを、守ると。
血に濡れた過去を見ても、俺から逃げていかない少年。
心を穏やかにしてくれる少女。
煩いが温かい白饅頭と、それから・・・。
正面から襲いかかってくる石造を殴り倒し、なんとか進路をあける。
俺自身を狙わせて、避けることで壁に追突させることはわりと簡単だ。
相手も数が多くて絡まってしまっている分もある。
石造同士を衝突させつつ、なんとか走る。
「サクラの羽根、近づいてきてる!」
白饅頭の言葉に勇気づけられたのか、少年と少女のスピードが上がる。
目に入ってきたのは、洞窟の終わり。
なにやら膜のようなものが見えるが、その先は全く見えない。
「あれなら通り抜けられるよ。」
青年の言葉に、俺達はその膜に飛び込んだ。
飛び込んだ先は砂漠だった。
乾燥した熱風が頬に吹き付ける。
「玖楼国の遺跡!?」
小狼君が驚いたような声をあげた。
目の前には大きな羽根のような形をした遺跡のようなものがある。
しかしその遺跡まではそれなりに遠いようだ。
それでもこれだけ大きく見えるのだから、かなり大きな遺跡なのだろう。
これも魔法だ。
ずいぶん大がかりな防衛機能を作ったなぁとおもう。
「玖楼国に戻ってきたのか?」
「モコナ移動してないよ。」
そんなこと言われたら説明せざるを得なくなる。
説明すればするほど、怪しむ人がいるから、あまりしたくないんだけどな。
「これは記憶だよ。
『記憶の本』の中の記憶。
あの本はサクラちゃんの羽根でできているから、
その羽を守るための仕掛けもサクラちゃんの記憶を使ってできているんだよ。」
「ファイよくわかったね!」
嬉しそうなモコナ。
正直なこの子と一緒にいると、ときどき嘘つきの大人は苦しくなる。
「これも魔法の一種だから、ちょっと勉強していればね。」
「では遺跡の中に羽根があるのかもしれません、行ってみましょう。」
「うん。」
小狼君とサクラちゃんが歩きだした。
やる気満々だね。
さぁて。
「何か言いたそうな感じだねぇ、黒りんた。」
視線を感じる。
不躾なほどのそれは、オレが話すのを待っているのだろう。
「さっきの壁と言い、ちょっと魔法をかじったくらいで分かるものなら、防御にはならない。
しかも魔法は使っていないらしいしな。」
オレが隠していること。
それを知ろうとしている。
小狼君やサクラちゃんに危険が及ぶことは避けたいんだろう。
分かってる、分かってるんだ、オレも。
オレのせいで誰も傷ついてほしくないって、オレだって願ってるんだ。
「買いかぶりすぎだよぅ。」
(んとに、黒様っていらないところばかり見てるんだから。)
笑ってそう言えば、黒様は背中を向けて歩きだすはずだった。
いつもならば。
「オレの言いたいことが、分かっていての返事だな?」
紅い目が、オレを射抜く。
思わず息をのんだ。
その迫力は、美しい。
砂漠の眩しい日光を受けて、いつもより輝く。
「・・・だから、サクラちゃん達を」
なぜか黒たんが軽く跳んだ。
「傷つけないためで」
オレの頭にゲンコツが入る。
わりとマジな一発で、オレはよろめいた。
火花が飛ぶ。
スピードも、早かった。
本当にかなり身構えていないと避けられないよ、これは。
女の人でもこんなに力あるんだ。
いや、黒たんを女に数えたら失礼か。
(世の中の女性に対して。)
かなりいい音もして、小狼君とサクラちゃんがびっくりして振り返る。
「ど、どうしたんですか!?」
慌てて駆けてくる2人に、モコナが心配して先に飛び跳ねてきてオレの頭を見てくれる。
綺麗なこぶができているみたいだ。
「・・・躾だ。
行くぞ。
馬鹿は死んでも治らん。」
ほっそりした黒い背中が、陽炎のせいか揺らめいて見えて、オレもあわててみんなを追いかけた。
これが少女の記憶なのだろうか。
少年は確か歴史が好きで、いろんな遺跡を調べていたと言っていた。
きっとこの遺跡も、少年にとっても記憶にある場所だろう。
つまり、2人がここで過ごしていたのかもしれない。
否、過ごしていたに違いない。
だから向こうの方で話している3人を見る、少年の背中がどこか寂しげなのだ。
「このベンチみたいなのおっきい!」
「これはサクラちゃんの記憶だから、印象的なものは大きく映っているのかもしれないね。」
「この時計はとても小さいね。」
でも、きっと大丈夫だ。
俺は少年の頭に手を乗せた。
「記憶から自らを消すのを決めたのはお前だが、守ることを決めたのもお前だ。」
少年は石で切って血が出ている拳を、握り締めた。