レコルト国
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少年は、辛そうにしていた顔をふと緩めた。
何かを思い出しているのか、考え込み、そして俺の顔を見た。
決心がついたらしい。
「黒鋼さん。
聞くべきではないと分かっているんですが、確かめたいことがあるんです。」
「・・・言ってみろ。」
もしかしたら、俺が忘れた記憶の中で、彼は何かを見たのかもしれない。
「黒鋼さんのお母さんは、祭壇のようなところに突然現れた剣に刺し貫かれたように見えたんです。」
思い出したくはない記憶。
あの夜以来、もしかしたら思い出したことなんてほとんどないかもしれない。
だが、彼にそう言われればすんなりと思い出せる。
あの、惨劇。
鮮明なほどの赤。
むせかえるような血の匂い。
胸の詰まるほどの不安と焦燥と悲しみと恐怖と・・・。
俺は思考を止めた。
「ああ。」
間違いなく、恐ろしい剣が母を刺し貫いた。
「それが誰だかわかったんでしょうか。」
少年の目は真剣だ。
「俺もずっと探していたが、結局分からず終いだった。
腕だけとはいえ、母上の祷り場に入ってきたということは、相当の術師だろうということは分かるが。」
少年は静かに頷く。
(まさか。)
「あの剣のコウモリのようなマークに見覚えがあるんです。」
俺は思わず目を見開いた。
心臓が高鳴る。
「玖楼国の遺跡で襲ってきたやつらの、服や手剣のマークと同じなんです。」
何かが上手くいきすぎている気がする。
共通のものに苦しめられる俺と少年少女。
もしかしたら青年も、と思わずにはいられない。
それを聞く事を彼が拒否しているなど百も承知だが。
何かが、黒い何かが俺達をもてあそんでいるように思える。
「玖楼国では見たことのない風体と武器でした。
近隣国の者でもありません。
あの後すぐに次元の魔女さんのもとへ送っていただいたので、詳しいことは分かりませんが、
ひょっとしたら異世界から来た者たちだったのかもしれません。
だから奥方さまの祷り場に現れたのも・・・。」
口の端が自然と上がる。
これほど笑いたいと思ったのはいつぶりだろう。
「他の世界から来たなら日本国で探せるわけない。」
俺達が踊らされているのか、運がいいのか、俺には見当がつかない。
ただ、どちらにせよ可能性が見えてきた。
「このまま世界を渡っていけば、あの刀の輩に会えるかもしれないということか。」
黒鋼さんは、奥方様を殺した人を心底憎んでいる。
だからだろう。
黒鋼さんが、別人に見える。
鳥肌が立つ。
恐怖に声が出ない。
身体が動かない。
(まるであの夜のような・・・。)
おれの存在を忘れてしまっていると、そう感じてしまうほど、今の彼女は恐ろしい。
いつもほとんど表情を変えない黒鋼さんが、笑っている。
でも、目は笑っていない。
口角は上がっているけれど、目は見開かれたまま、何かを思い出している。
殺気が垂れ流されている。
彼女の中に、これほどの憎悪が眠っているのかと思うと、それはひどく恐ろしく。
(・・・ファイさん・・・。)
蒼い目の魔術師に助けを求めたくなってしまう。
自分が記憶を見たことが、今彼女に話してしまったことが、これからを大きく変えてしまうのではないかと不安になってしまう。
彼女がこのまま、我を忘れてしまうのではないかと。
「ただいまー。」
ドアが開いて呑気な声が部屋に飛び込んでくる。
「ファイ、さん・・・。」
救世主の登場に、おれはため息をついた。
黒鋼さんもファイさんの登場で我に返ったように殺気を引っ込め、表情を消した。
「お話終わった?」
その後ろから姫も入ってきた。
「サクラの羽根について情報仕入れてきたの。」
モコナがぴょんとベッドに飛び移る。
「ありがとうございます。」
ファイさんが少し心配そうにおれの顔を覗き込む。
「体調は大丈夫?」
「はい。」
笑顔を作って答える。
ファイさんは安心したように微笑んでくれた。
「じゃあ、情報についてはご飯食べながら話そうか。」
サクラちゃんにさっき見つけたおいしそうなお店を案内してもらう。
小狼君は楽しそうに話しを聞いていて、部屋に入ったときの青い顔は嘘のようだ。
部屋に入ったとき、すごい殺気だった。
小狼君が当てられても仕方がないほどの。
きっとその発信源は。
「・・・黒りん。」
黒様はちらりとオレを見た。
いつものへらりとした風を装って、尋ねる。
「小狼君、なんて言ってたの?」
「・・・俺の母を刺し殺した剣の飾りが、あいつを襲ったやつらの服や手甲についていたのと同じだったそうだ。」
ああ、それでだったのか。
納得だ。
「異世界の者かもしれない。
そうすれば、こうして旅を続けていけば会えるかもしれない。」
もう落ち着いているのだろう。
いつも通りの淡々とした口調だ。
「・・・お前は、覚えはないか。」
紅い目が、じっと俺を見つめる。
その目は何かを予感している。
「コウモリに似た、黒い模様だ。」
オレは少し考えたふりをして見せる。
「さぁ、どうかな。
オレたち魔術師は、普通の人よりも長生きなんだ。
だから昔のことはあんまり覚えてなくて、ごめんね。」
紅い目は、言葉が終わってからほんの一瞬オレの目を見つめ続け、それから前を向いた。
「・・・そうか。」
ばれてしまったかもしれない。
勘のいい彼女のことだ。
小狼君と自分が同じマークをつけていたら、オレもその関係で、と考えるだろう。
もしかしたらオレ達がその人によって巡り会わされたとも、踊らされているとも、考えるだろう。
もう、時間の問題なのかもしれない。
その後はどちらも口を開くことはなく、席についていたサクラちゃんたちに呼ばれてオレ達も座る。
お昼御飯を注文しすると、サクラちゃんが調べたことを話してくれた。
図書館にあった本は複本で、原本は中央図書館にあること。
その本の写真を見せてもらうと、サクラちゃんの羽根がそのまま封印されていたこと。
中央図書館は貴重な本をたくさん所蔵していて警備が厳しいこと。
黒たんの隣に座っている小狼君はどこか浮かない顔をしていて、ときどき黒りんの顔色をうかがっているみたいだ。
なんか責任感じてるのかな。
小狼君が感じなくていいことなのに。
きっと、オレが一番感じなきゃいけないことなのに。
どんなに隠していても、きっといつか、黒様には見つかっちゃうんだろうな。
オレの過去も、旅への参加の理由も。
少年は一日浮かない顔をしていたし、少女はそれに気づいて心配そうだった。
それに自分の羽根のせいで、小狼が記憶を見てしまったということも、気にしているのだろう。
元気がない。
自分の記憶が発端で、2人を苦しめていると思うと申し訳ない。
金もないので、今日は4人で雑魚寝だ。
2つのベッドを並べ、4人で寝る。
白饅頭はどこにいても眠れる大きさなのでこの際数に入れない。
少女のドレスではとても眠れなさそうなので、安ものだが寝巻がわりを買った。
何を着ても似合うのが彼女の魅力の一つだ。
雑魚寝の時はたいてい、青年、少年、モコナ、少女、俺の順で眠るのだが。
「モコナ今日は小狼と黒鋼の間で寝る!」
ベッドの上で、白饅頭がぴょんぴょん跳ねる。
俺は皺を寄せないために、このままソファに座って寝るつもりだった。
「だってよ、黒りん。」
青年が俺を振りかえる。
「皺が寄るからここで寝る。」
「黒鋼、案外細かいこと気にするね!」
「どういう意味だ。」
「まぁ黒たん寝相悪くないから、そんなにくしゃくしゃにはならないでしょ。
上着も着るから少しくらい分からないよ。」
言い争っている間に、少女が俺の元へと駆けてきた。
「一緒に寝ましょう、黒鋼さん。」
にっこり微笑まれてはどうしようもない。
俺はため息をついて少女の後を追う。
嬉しそうに笑う青年が気にくわない。
でも、少しほっとした表情の少年をみると、これでよかったのかもしれないと思う。
「じゃあ、ファイがここで、サクラ、小狼、モコナで黒鋼!」
言われるがままに横たわる。
最後に少年の腕にひっつくようにして、白饅頭も横になった。
いつもはここで少年や少女が挨拶をするのだが、白饅頭も黙ってしまって、妙な沈黙が降りた。
それぞれにいろいろ気にしているんだろう。
俺はひとつため息をつく。
少年が不安げに身じろいだ。
少年と少女の向こうで、肘をついて手に頭を乗せた青年が、こっちを見ている。
「・・・その・・・。」
その視線に居心地が悪くなって、声を出したものの、なかなか先が続かない。
声を出したばかりに少年と少女も俺を見ている。
小さく舌打ちをして身体を起こし、胡坐をかく。
すると他の4人も身体を起こして俺を見るから、何となく居心地が悪い。
「・・・俺にはもう過去なんていらないと思った。
苦しいことは忘れて、今守れるものを守ると誓った。」
知世に守らせてくれと頼んだことを、おぼろげながら思い出す。
今在るものを守りたいから、自分の弱さとなりうる過去は忘れようとしたのだ。
少年は心当たりがあるのか、静かに頷いた。
「その忘れた過去の中で、お前が仇の手掛かりを見つけた。
俺にとって役に立った。
だから・・・。」
「・・・優しいんですね、黒鋼さんは。」
少年の言葉に、鳥肌が立った。
今日2回目だ。
「ほんとだねー」
「黒鋼やっさしー!」
少女もにこにことしている。
「やめろ気持ち悪い!」
「本当に優しい人はそれを言ったらはぐらかすって、父さんが言ってました。」
俺は小さくため息をついて寝転がる。
すると他の4人も笑いながら寝転んだ。
白饅頭がごそごそと俺の頬にくっつく。
くすぐったくて温かい。
(確かに雑魚寝も、悪くないかもしれない。)