高麗国
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
布団に横たわる青白い顔をした彼女はただの女に見えた。
包帯を巻いた左手が痛々しい。
「女みたいに綺麗だな」
となりにいた春香ちゃんも同じ感想をもったらしい。
「いや、その、まあそうだけど……」
さすがに肯定するのは悪いと思っているのか、小狼君は困り顔だ。
「ま、あれだけ強いのに女の子だった、なーんて言われたら、世の中の男の人みんな泣いちゃうよー?」
オレの言葉に、そ、そうですよね、と小狼君は気を取り直す。
でもこれで女なんだから、本当に嫌になる。
性別を偽っている事を隠してやるのも旅の為、と心の中で言い訳めいた事を呟いて、街へ行かずにここに残ると告げた。
彼女に注意を払わなければならない。
理由はただそれだけだ。
情に篤く、子どもに甘く、礼儀も正しくら所作も美しく、観察力に優れ、苦しみに耐え忍ぶことに慣れ、人の盾となることのできる強い彼女はーー飛王の言う通り本当にオレのしなければならない仕事の邪魔をするのだろうか。
その人となりを、見定めていかなければならない。
ぼうっと、天井を見ていた。
見たことのある気がする天井だ。
でも白鷺城ではない。
ピクリと手を動かせば、左手に痛みが走った。
(月読が危険にあったのだろうか?
だから俺は呪を……)
そこまで考えてからふと状況を思い出した。
月読を守るために手を切ったのではない。
この家を守りたくて、切ったのだと。
「目、覚めたみたいだね」
声の方を見れば、部屋の入口に盆を持った男が苦笑を浮かべて立っていた。
体を起こし、頭を振る。
血を流しすぎたのだろう。
まだ少し眩暈がした。
ほどかれた髪が垂れてくるのが鬱陶しく耳に掛ける。
「血が足りなくて気を失ったみたいだよ。
大丈夫、見ての通りこの家は壊れてないし、お医者様には事情があって男のふりをしているって言ってある。
小狼君達にはバレてない」
布団の傍らに腰をおろしながそう言った。
随分饒舌だ。
それだけ心配していたと見て良いだろうか。
「リンゴ剥いたんだ。
黒りんもどう?」
盆の上にあるリンゴらしいもの。
それは阪神国で見たものとはまた違っていた。
「俺の国ではこれを桃と呼ぶのだがな。」
「そうなの?
オレのとこではアプリコット、だったけどね。」
甘くておいしいよ。
俺も勧められるままに口に入れた。
みずみずしく、良い香りがする。
「小僧達は?」
「偵察に行ったよ」
さらっと言われた言葉に俺は驚く。
少女の記憶も余り戻っていないせいで、まだまだ反応が鈍い。
昨日領主にも目をつけられたところで、一体どこへいくというのか。
「冗談、偵察と言っても春香ちゃんの案内で市場に出かけただけだって。
大丈夫だよ。
心配性だよね黒ぷー、見かけによらず」
からかうような言葉に思わず溜息をついて男をにらむ。
だが市場だってあの領主が闊歩しているわけだ。
危険に変わりない。
「心配性などではない」
「素直になりなよ」
「お前に言われたくない」
「えーオレ、こんなに素直なのに?」
張り付けられた穏やかな笑みに目を細める。
「どうしてお前は残った?」
「だって疲れちゃったんだもーん」
とぼけた風を装っても、すぐにわかる嘘だ。
俺への警戒か、また素性について問うつもりかーーいずれにせよそんな小癪な事を考えているならば、逆にこの時間を利用して彼を懐柔するまで。
「黒りん、刀持ってないの忘れてたんじゃない?」
返事も表情も変えないが、図星だったのだろうと思う。
「く……黒りんじゃない」
しばらくたって返された言葉。
苦しくも答えから逃げようとしている姿に、思わず笑みがこぼれた。
「じゃあさ、どうしてこんなになるまでして家を守ったの?」
黒たんはリンゴを飲み込んで、少しだけ考えてから口を開いた。
「春香にとって、大切だと思ったから」
「どうして春香ちゃんの大切なものを守るの?
見ず知らずの子なのに」
阪神国での事があったから、素直に答えるのは意外だった。
黒たんは少しだけ迷ったように目を動かし、それから。
「子どもは我儘でいい」
そう小さく口早に呟いた。
「生きることや大切なものを守ることに、誰よりも執着していい」
一瞬オレに言っているような気がしてドキッとした。
はっと彼女を見れば、赤い眼がちらりとオレを見た。
オレには何を考えているのか読めない、燃えるように赤い瞳。
全てを見透かすような、赤い赤い瞳。
オレの動揺の全てを知られているような錯覚に陥る。
彼女はふっと、滅多に見せない淡い笑いを浮かべた。
「俺はそう思う」
「どうして?」
「理由なんてない」
ため息のように、優しく吐き出された言葉。
思わずその柔らかな表情に見入ってしまう。
こんな彼女で忍者なんて仕事は本当に務まったのだろうか。
敵の子でも逃していそうだけれど。
「俺は、守りたいから守る。
それだけだ」
彼女の言葉が胸に刺さる。
真っ直ぐなその姿が、刺さる。
壊してやりたい。
単純に思った。
自分に課された役目とかそんなこと抜きにして、オレの心が叫んだ。
壊さないと、オレが壊される。
彼女の無邪気な優しさは、そのくらいオレには破壊的だった。
布団の上に音を立てて彼女を押したおす。
「おいっ」
焦った声がする。
彼女のこれだけ感情が表れている声を聞くのは初めてかもしれない。
でも、そんなことを考えている余裕はオレにはなかった。
オレは彼女を完全に抑え込んだ。
「どうした?」
こんな時も、オレの心配なんかして。
鈍い音を立てて振り下ろした拳は、僅かに彼女の顔を逸れた。
もう彼女の顔なんて見ていられなかった。
「……君、バカだよ」
絞り出すような声しか出なかった。
男は俺を殴ろうとしたのに、しなかった。
耳を掠るようにして振り下ろされた拳。
怒りに震える、泣きそうな顔。
かなり追い詰められていることが分かる。
そして何も言わずに部屋を出ていった。
あの男、これからどうしてやろうかと考える。
まずはあれだけ追い詰められる理由を聞かねばなるまい。
全てが必然というならば、そこに何か重要な事が隠れている可能性もある。
あとは失った血を早くに取り戻さねばと、目を閉じた。
動く気配と声に目を覚ます。
太陽の動きから、概ね2時間程度寝ていただろうか。
「おかえりー。
どうだった?
……なにかあったみたいだね」
廊下でした声に体を起こす。
入ってきたのは男と、唇をかみしめる春香、彼女を支える姫、そして傷だらけの小僧だ。
とりあえず汚れを落とし、手当てをするのが先だろう。
「春香、何か拭くものを」
「あっ、私が!」
「とってくるからちょっと待ってろ」
姫が声を上げ、春香が部屋を出ていった。
泣いているようだった。
まだ幼いにも関わらず、必死に苦しさを押し込める姿が痛ましい。
タオルを持って帰ってくると、小僧のことは姫に任せて春香から話を聞く。
「そっかーまた領主にやられたんだー」
街でひどい税の取り立てを行っていたらしい。
その町民を守ろうとして、小僧がけがをした。
「なんどもみんなでやっつけようとしたけど、でも領主には指一本触れられないんだ。
あの城には秘術が施されていて……」
堪えきれないように俯く春香の頭をわしゃわしゃと撫でてやると、ようやく声を上げて泣き出したから抱き寄せてやる。
男を見るとーもう先ほどの件はほとぼりが覚めたのかー微笑んで頷いた。
領主を倒しに行くことに同意したということだ。
「1年前に急に強くなったって、
サクラちゃんの羽に関係ないかなぁ?」
男の声に、はっと立ち上がる小僧。
だが一つ辻褄が合わない。
「時間の差はどう説明する」
「世界が違うんだもん、時間も違うかもよ?
オレ、これでも時空に関しては昔よく勉強していたからさ」
なぜこれほど羽根を集めるための知識を持っているのか。
実に怪しい。
ならば尚のこと、男の言う通り動くのが良いだろう。
鬱陶しい髪を結える。
「確かめてきます、その城に羽があるか」
立ち上がる小僧の手を掴む姫。
「まって、小狼君怪我しているのに!」
「大丈夫です、羽があったら取り戻してきます」
「あの秘術、何とかできないか?」
「オレじゃ無理」
まるで用意していたような否定だ。
余計な情報を話さないあたり、逆に怪しい。
「んじゃぁ侑子に聞いてみよう!」
勢いよく立ちあがった白饅頭の額の赤い石が光りだして、魔女の姿を浮かび上がらせた。
『あらモコナ。
どうしたの?』
その上会話もできると言うのか。
「べ……便利すぎるだろ」
「それがですねー」
かくかくしかじか、と経緯を話す男。
白饅頭のことも驚かない様子は魔法に慣れているからか、別の理由があるのか。
『でもあたしに頼まなくても、ファイは魔法が使えるでしょう?
あなたが渡したものは魔力を抑えるための魔法の元。
魔力自体じゃないわ』
魔女の鋭い眼が、俺をちらりと見た後に男を見る。
俺への警告を兼ねているのだろう、軽く頷き返す。
「でも、あれがないと魔法は使わないって決めてるんでー。」
へにゃんと笑う様子、良く良く聞きただしていく必要がありそうだ。
「いいわ。城の秘術を破れるものを送りましょう」
対価に男の杖を払い、モコナの口から飛び出てきたのは不思議な玉。
手にした小僧はそれを強く握りしめた。