レコルト国
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どぉん
不意に北の方で大きな音がした。
光の柱が空まで伸び、消えた。
その物音と光は、徐徐にこちらに近づいてくる。
月が雲に隠されてしまった今、その光は一際人目を引いた。
城内で燃え盛っていた火はもうほとんどが消えている。
辺りには焦げ臭さと血や肉の焼ける嫌な臭いが立ち込めている。
(……なんだ?)
たくさんの人の気配がする。
馬の蹄の音、馬車の音、人の足音、声、鉄がぶつかる音……
そしておれの目の前に現れたのは、白い馬に乗った鎧を着た人物、そしてそこその後ろに馬車と、たくさんの兵士たちであった。
「そこにいますね、諏訪の姫君」
先頭を歩いてきた人が兜をはずし、現れた顔を見て、おれは目を見張る。
そこにあったのは、美しい女性の顔であったからだ。
「我名は天照。
日本国の帝。
諏訪を守る巫女が事切れたと、我妹月読が夢で視ました。
魔物が諏訪の領に入ると思い、兵を率いてきましたが……
これは亀神が言っていた通りのようだ」
風が吹き、最後まで燃えていた火も消えた。
一瞬の暗闇の後、雲が動き、月が顔を出した。
辺りの惨状があらわになり、兵たちは息をのんだ。
何より、その中心にいる、子どもの姿に。
現れた鷹王は、未だに片手に奥方様を抱き、片手に銀龍を携えて、理性を失ったままそこにうずくまっていた。
高いところで結ばれていた髪は、髪紐が切れたせいか垂れていて、
下の方は母の血を吸って赤く染まっていた。
鋭い赤い目が、月の光を受けて異様に光っており、辺りが一瞬で緊張感に包まれる。
天照も小さく息を飲むほど、痛々しい殺気。
「……諏訪の子が独りで戦っていると、亀神様が道中私のもとへやってきてそうお告げになった。
お話をした月読いわく、とても悲しい目をしておられたそうだ。
地の神である亀神は、本来人の肩など持たないはずなのに」
すっと視線を下げる帝。
一瞬、馬が蹄を鳴らした。
それが引き金になったのだろう。
鷹王が刀を振る。
すると鎌居達が飛び交い、兵を傷つける。
剣で応戦した帝でさえ、頬に傷を作り、つぅっと血が流れた。
「おのれ!帝に刃を向けるとは!」
兵たちが怒りに震える。
今にも飛び出さんばかりだ。
しかし鷹王はそれに応えることもなく、ただ唸り声をあげるばかりだ。
「お待ちなさい。
兵では無理でしょう。
蘇摩」
見覚えのある顔が頭を下げ、御意、と呟く。
(そうだ、桜都国で黒鋼さんが驚いていた“同じ魂の人”……)
さっと右手を上げると、目以外を黒い衣で覆った、兵とは違った集団が鷹王に襲いかかる。
しかし、彼らも鷹王の前では無力であった。
傷一つつけられないどころか、致命傷になりかねない傷を負う。
「我忍軍でも制することができないとは……」
蘇摩さんが焦ったように言う。
おれが見た限りでも、この忍軍はかなりの力を持っている。
(でも今の鷹王は、だめなんだ)
「……諏訪の領主は強い方でした。
そしてきっと自分を凌ぐれあろうと、姫君の成長を楽しみにしておられた。
けれど、今の姫君は己を失っているようですね。
もっとも、詮無いことですが。
止めなければ」
しかし帝は眉をひそめる。
鷹王の前にあった倒れた木材が、命を吹き返したように枝を伸ばし始めたからだ。
鷹王と帝の間に割って入るかのように。
蘇摩さんや兵たちも目を見開く。
忍軍も恐れたように鷹王から離れた。
「亀神様……」
まるで鷹王を守るかのようにみえる。
「お姉様」
馬車の中から幼い声がかかった。
「亀神様は、刃を信用されておりません」
簾の間から姿を見せたのは、鷹王よりもまだ頭ひとつくらい小さいであろう少女であった。
しかしその顔には確かに見覚えがある。
(知世、姫……)
だがこの世界では彼女が、帝の妹の月読なのだろう。
「私にお任せいただけませんか」
帝は静かに目を閉じ、頷く。
木々の枝の間、奥方様を守るように構えられた刀。
紅い瞳が、月読を捕えた。
月読は胸の前の鏡に手を添え、そして。
「うああぁぁぁ!!!」
左手の手のひらを光の矢が貫き、後ろに生えてきていた木に縫い止めた。
悲鳴を上げながらも、その矢を引き抜こうともがく鷹王。
亀神の力で伸びが時めていた枝は、迷うかのように動きを止めていた。
「動かないで」
月読は鷹王の前へと静かに歩み寄る。
唸り声を上げる鷹王を、恐れることなく。
そこにいる誰もが息をのんだ。
人であることを忘れた赤い目の少女と、
それよりも一回り小さな、人ではないように見える少女。
それは異様な組み合わせで、そして誰もが認める運命的な出会いだった。
「お母様を眠らせて差し上げましょう」
小さな柔らかそうな手が、開いたままの奥方様の瞼をそっと下ろした。
そこでようやく鷹王が息を吹き返したように、目を瞬かせる。
力が抜けたようにその場に膝をついた。
「ははうえ……」
震える唇が、冷たくなった母を呼ぶ。
しかしもう、母が彼女に言葉を返すことはない。
「ちちうえ……」
ただ刀のみとなった父を呼ぶ。
頭を撫でる大きな手はもうない。
紅い目から、涙があふれ出す。
いままでの獣のような姿がまるで嘘のように、静かに……そして、鷹王は気を失った。
場面が変わり、どこかの一室のようだ。
布団の中で鷹王が目を開け、辺りを慌てて探す。
「刀はここですわ」
少女の声に、鷹王は目を向けた。
そこにいたのは月読だった。
その姿に全てを悟ったのか、鷹王は天井を見上げ、静かに目に腕を乗せた。
「……ここはどこだ?」
小さく尋ねる。
「日本国白鷺城内ですわ」
月読の声は、幼くもしっかりとしていた。
「……お前は?」
「月読です」
「白鷺城の姫巫女か」
「はい、貴方のお母様と同じ」
鷹王は息をつめた。
「……独りにしてくれ」
声は震えていた。
月読は静かに首を振る。
しばらくの間ができた。
「なぜ、あのまま殺してくれなかった?」
悲痛な叫びのような声が漏れる。
「亀神様が、貴方の生きることをお望みでした。
たとえ帝といえど、神に逆らって貴方を殺せるはずはありません」
月読が、銀龍を見つめ、つぶやいた。
それはひどく大人びて見える。
「亀神さまが……?」
「ええ」
鷹王は小さく息を吐き出した。
ため息のようにも、自嘲の笑みのようにも見えた。
「……勝手な」
その声には、もう感情は見えない。
「神様にそのような」
月読は表情を厳しくする。
「殺すなら殺せばいい」
「諏訪の姫」
「俺は姫君じゃない」
目の上から外された腕。
赤い目は、何も映していなかった。
天井を茫然と見つめるその表情は、今までの鷹王には見えなかったもの。
(……ああ、そうだったんだ)
おれは目を伏せる。
「だから……
俺に、お前を守らせてくれないか。
父との最後の約束を守るために」
ーああ、強くなった。
だからその強さで、お前の愛するものを守れー
きっと、誰かを守らなければ、自分の命をも失ってしまうほど、今の鷹王は心身ともに疲弊しきっていた。
「……はい」
月読は小さく微笑んで見せた。
「銀龍は母と一緒に葬ってくれ。
父の亡骸はないから」
「では、貴方の新しい刀は私が差し上げましょう。
同じ設えで、同じ銘の刀を」
鷹王はようやく月読を見た。
「何故だ……?」
「貴方が私を守ってくださるとおっしゃったからです」
鷹王は微かに目を見開いた。
月読はそれを見て、どこか嬉しそうに笑った。
「月読というのは、白鷺城の巫女が継ぐ冠名。
私の名は知世と言います。
貴方は?」
「……黒鋼」
小さな口が、新たな——そして聞きなれた名を紡いだ。
不意に北の方で大きな音がした。
光の柱が空まで伸び、消えた。
その物音と光は、徐徐にこちらに近づいてくる。
月が雲に隠されてしまった今、その光は一際人目を引いた。
城内で燃え盛っていた火はもうほとんどが消えている。
辺りには焦げ臭さと血や肉の焼ける嫌な臭いが立ち込めている。
(……なんだ?)
たくさんの人の気配がする。
馬の蹄の音、馬車の音、人の足音、声、鉄がぶつかる音……
そしておれの目の前に現れたのは、白い馬に乗った鎧を着た人物、そしてそこその後ろに馬車と、たくさんの兵士たちであった。
「そこにいますね、諏訪の姫君」
先頭を歩いてきた人が兜をはずし、現れた顔を見て、おれは目を見張る。
そこにあったのは、美しい女性の顔であったからだ。
「我名は天照。
日本国の帝。
諏訪を守る巫女が事切れたと、我妹月読が夢で視ました。
魔物が諏訪の領に入ると思い、兵を率いてきましたが……
これは亀神が言っていた通りのようだ」
風が吹き、最後まで燃えていた火も消えた。
一瞬の暗闇の後、雲が動き、月が顔を出した。
辺りの惨状があらわになり、兵たちは息をのんだ。
何より、その中心にいる、子どもの姿に。
現れた鷹王は、未だに片手に奥方様を抱き、片手に銀龍を携えて、理性を失ったままそこにうずくまっていた。
高いところで結ばれていた髪は、髪紐が切れたせいか垂れていて、
下の方は母の血を吸って赤く染まっていた。
鋭い赤い目が、月の光を受けて異様に光っており、辺りが一瞬で緊張感に包まれる。
天照も小さく息を飲むほど、痛々しい殺気。
「……諏訪の子が独りで戦っていると、亀神様が道中私のもとへやってきてそうお告げになった。
お話をした月読いわく、とても悲しい目をしておられたそうだ。
地の神である亀神は、本来人の肩など持たないはずなのに」
すっと視線を下げる帝。
一瞬、馬が蹄を鳴らした。
それが引き金になったのだろう。
鷹王が刀を振る。
すると鎌居達が飛び交い、兵を傷つける。
剣で応戦した帝でさえ、頬に傷を作り、つぅっと血が流れた。
「おのれ!帝に刃を向けるとは!」
兵たちが怒りに震える。
今にも飛び出さんばかりだ。
しかし鷹王はそれに応えることもなく、ただ唸り声をあげるばかりだ。
「お待ちなさい。
兵では無理でしょう。
蘇摩」
見覚えのある顔が頭を下げ、御意、と呟く。
(そうだ、桜都国で黒鋼さんが驚いていた“同じ魂の人”……)
さっと右手を上げると、目以外を黒い衣で覆った、兵とは違った集団が鷹王に襲いかかる。
しかし、彼らも鷹王の前では無力であった。
傷一つつけられないどころか、致命傷になりかねない傷を負う。
「我忍軍でも制することができないとは……」
蘇摩さんが焦ったように言う。
おれが見た限りでも、この忍軍はかなりの力を持っている。
(でも今の鷹王は、だめなんだ)
「……諏訪の領主は強い方でした。
そしてきっと自分を凌ぐれあろうと、姫君の成長を楽しみにしておられた。
けれど、今の姫君は己を失っているようですね。
もっとも、詮無いことですが。
止めなければ」
しかし帝は眉をひそめる。
鷹王の前にあった倒れた木材が、命を吹き返したように枝を伸ばし始めたからだ。
鷹王と帝の間に割って入るかのように。
蘇摩さんや兵たちも目を見開く。
忍軍も恐れたように鷹王から離れた。
「亀神様……」
まるで鷹王を守るかのようにみえる。
「お姉様」
馬車の中から幼い声がかかった。
「亀神様は、刃を信用されておりません」
簾の間から姿を見せたのは、鷹王よりもまだ頭ひとつくらい小さいであろう少女であった。
しかしその顔には確かに見覚えがある。
(知世、姫……)
だがこの世界では彼女が、帝の妹の月読なのだろう。
「私にお任せいただけませんか」
帝は静かに目を閉じ、頷く。
木々の枝の間、奥方様を守るように構えられた刀。
紅い瞳が、月読を捕えた。
月読は胸の前の鏡に手を添え、そして。
「うああぁぁぁ!!!」
左手の手のひらを光の矢が貫き、後ろに生えてきていた木に縫い止めた。
悲鳴を上げながらも、その矢を引き抜こうともがく鷹王。
亀神の力で伸びが時めていた枝は、迷うかのように動きを止めていた。
「動かないで」
月読は鷹王の前へと静かに歩み寄る。
唸り声を上げる鷹王を、恐れることなく。
そこにいる誰もが息をのんだ。
人であることを忘れた赤い目の少女と、
それよりも一回り小さな、人ではないように見える少女。
それは異様な組み合わせで、そして誰もが認める運命的な出会いだった。
「お母様を眠らせて差し上げましょう」
小さな柔らかそうな手が、開いたままの奥方様の瞼をそっと下ろした。
そこでようやく鷹王が息を吹き返したように、目を瞬かせる。
力が抜けたようにその場に膝をついた。
「ははうえ……」
震える唇が、冷たくなった母を呼ぶ。
しかしもう、母が彼女に言葉を返すことはない。
「ちちうえ……」
ただ刀のみとなった父を呼ぶ。
頭を撫でる大きな手はもうない。
紅い目から、涙があふれ出す。
いままでの獣のような姿がまるで嘘のように、静かに……そして、鷹王は気を失った。
場面が変わり、どこかの一室のようだ。
布団の中で鷹王が目を開け、辺りを慌てて探す。
「刀はここですわ」
少女の声に、鷹王は目を向けた。
そこにいたのは月読だった。
その姿に全てを悟ったのか、鷹王は天井を見上げ、静かに目に腕を乗せた。
「……ここはどこだ?」
小さく尋ねる。
「日本国白鷺城内ですわ」
月読の声は、幼くもしっかりとしていた。
「……お前は?」
「月読です」
「白鷺城の姫巫女か」
「はい、貴方のお母様と同じ」
鷹王は息をつめた。
「……独りにしてくれ」
声は震えていた。
月読は静かに首を振る。
しばらくの間ができた。
「なぜ、あのまま殺してくれなかった?」
悲痛な叫びのような声が漏れる。
「亀神様が、貴方の生きることをお望みでした。
たとえ帝といえど、神に逆らって貴方を殺せるはずはありません」
月読が、銀龍を見つめ、つぶやいた。
それはひどく大人びて見える。
「亀神さまが……?」
「ええ」
鷹王は小さく息を吐き出した。
ため息のようにも、自嘲の笑みのようにも見えた。
「……勝手な」
その声には、もう感情は見えない。
「神様にそのような」
月読は表情を厳しくする。
「殺すなら殺せばいい」
「諏訪の姫」
「俺は姫君じゃない」
目の上から外された腕。
赤い目は、何も映していなかった。
天井を茫然と見つめるその表情は、今までの鷹王には見えなかったもの。
(……ああ、そうだったんだ)
おれは目を伏せる。
「だから……
俺に、お前を守らせてくれないか。
父との最後の約束を守るために」
ーああ、強くなった。
だからその強さで、お前の愛するものを守れー
きっと、誰かを守らなければ、自分の命をも失ってしまうほど、今の鷹王は心身ともに疲弊しきっていた。
「……はい」
月読は小さく微笑んで見せた。
「銀龍は母と一緒に葬ってくれ。
父の亡骸はないから」
「では、貴方の新しい刀は私が差し上げましょう。
同じ設えで、同じ銘の刀を」
鷹王はようやく月読を見た。
「何故だ……?」
「貴方が私を守ってくださるとおっしゃったからです」
鷹王は微かに目を見開いた。
月読はそれを見て、どこか嬉しそうに笑った。
「月読というのは、白鷺城の巫女が継ぐ冠名。
私の名は知世と言います。
貴方は?」
「……黒鋼」
小さな口が、新たな——そして聞きなれた名を紡いだ。
