レコルト国
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
祷場で奥方様が急きこむ音がする。
それを聞くたび、苦しげに眼を閉じる鷹王。
夜は長い。
果てしなく長い。
不意に鷹王が驚いたように顔を上げ、障子を開け放った。
室内から妙な気配がしたのだ。
「母上!!」
そして——
「母上!!!」
おれは目を瞠った。
そして動けなかった。
(嘘だ……)
目を覆いたくなるような、室内。
鷹王は刀を抜いて駆けだした。
「母上!!!」
時空の狭間から現れた刃が貫く、奥方様に向かって—— 一刻も早く、その刃の主を殺めるために。
「母上ぇ!!!」
刀が身体から引き抜かれる。
恐ろしい赤が噴き出し、臭いが辺りに立ち込めた。
血の滴る刀は、時空の狭間から消えていく。
(あの模様……まさか!)
おれたちを苦しみに陥れた、見覚えのある模様に嫌悪感を抱く。
「母上ぇ!!!」
鷹王の、悲痛な叫びが響く。
血の赤と、血のにおいと、悲痛な叫びに、めまいを覚えた。
刀を放り出して、傷口を必死にふさぐ。
小さく細い手の間から、血はドクドクと流れていく。
「結界が……切れてしまう……」
青ざめていく唇が紡いだ言葉。
(こんなときでも、奥方様は……)
目の前に震える、小さな身体があるのに。
そこにいるのは我が子なのに。
(彼女は誰よりも、両親を愛しているのに)
こんなときでも、どこまでも巫女であろうとする姿に胸が痛む。
「誰かっ誰かぁ!!」
悲鳴に近い声は、ただの幼い少女のものだった。
頬をいくつもの雫が伝っている。
おれは、どうしようもない。
もちろんこれは過去なのだから、当たり前だと分かっている。
それでも、何もできない自分が歯がゆい。
「諏訪を……貴方を……」
よろよろと奥方様の手が鷹王の頬に触れた。
「しゃべっちゃだめだ!」
溢れる血。
「守れな……」
するりと頬を滑る手。
鷹王は目を見開いた。
「母上……嫌だ……」
わななく唇と、もう息も吐き出さない、青い唇。
少し前までは、どちらも優しい赤を湛えていたのに。
「母上ぇ!!!」
鷹王の悲痛な叫び声にかぶせるように、部屋の外から悲鳴が聞こえる。
開け放たれた障子の向こうには、恐ろしく大きな魔物の姿が見えた。
逃げ惑う人々。
悲鳴、炎の音、煙、生臭い血の匂い。
「領主様が討伐に向かわれたのに!」
「何故城内に!?」
「結界が張ってあるはずなのに!!」
(領主様は……どこに?)
辺りを見回すが、姿が見えない。
そうこうしているうちに魔物が祷場に足を踏み入れた。
「領主様!!」
声が聞こえないと分かっていても、おれは呼んでしまっていた。
「貴方の、貴方の子がっ!!」
頼むから、あの頼もしい背中で守ってやってくれと、願いながら。
無残にも建物が崩れ落ちる。
しかし奇跡的に鷹王にあたることはなかった。
魔物の口元に何かが光る。
おれは目を見開いた。
それは鷹王も同じで。
(……あれはまさか)
口内に消えていく、手。
そこには見覚えのある竜の刺青があった。
鷹王の父の手にあったものだ。
グチュ
ゴリゴリ
グシャ
ひどい音だ。
おれは催した吐き気を堪える。
あの優しかった手が。
あの鷹王の頭に乗っていた大きな手が。
ゴクン
消えた。
鷹王の目の前に落ちた刀。
彼女の眼には、もう理性は残っていない。
彼女はそれに飛びつくと、悲鳴をあげて魔物に向かって振り上げた。
おれは気持ちが悪くなり、蹲る。
目の前が暗くなったような気がした。
とにかく蹲っているのも辛い。
「大丈夫ですか」
優しい声が、おれに呼びかけた。
「貴方が見つけてくれるのを待っていたのです」
その声に覚えがあって、なんとか顔をあげれば目の前で奥方様が微笑む。
(奥方様!)
さっき刀で刺されて命を失ったはずの奥方様が目の前にいた。
しかし辺りは相変わらずの惨状で、鷹王は狂ったように魔物と戦っている。
その腕には生気の抜けた、見るも無残な奥方様がいた。
では目の前にいる彼女は、いったい何者なのか。
(……魂?)
昔姫が良く話をしていた存在を思い出す。
しかしおれにはそんな力はないはずだ。
彼女がふわりとおれの額に触れると、触れた感覚などは全くなかったけれど、自然と身体が楽になった。
驚いて見上げれば、奥方様は微笑みかける。
「ある日、日本国の巫女様に夢で教えていただいたのです。
誰かが、未来の鷹王と共にいる誰かが、この子の記憶を見てしまうと。
それはあまり好ましいことではないかもしれないが、だからこそ出来ることがあると」
(知世姫……?)
黒鋼さんが忠誠を誓ったという人を思い出す。
そして。
(やはり黒鋼さんの記憶だったんだ……)
強い黒鋼さんの記憶を、黒鋼さんだけの大切な記憶を勝手に覗いてしまった罪悪感に駆られる。
「だから、こっそり鷹王の記憶に私の魂の一部を潜り込ませるように術をかけたんです。
この記憶を見た誰かがどんな方なのか、知りたかったですし」
きっと奥方様は気がかりだったのだ。
記憶を見られるということは、弱みを握られることにもつながる。
弱点を知られることにもなる。
だから、見た相手がどんな相手なのかを知ろうと思ったのだろう。
きっと相手によっては策だって考えていたはずだ。
ならばまずは、奥方様の希望であるおれの事を伝えなければならないだろう。
「おれは小狼といいます。
黒鋼さん……たぶん鷹王と旅をしています」
奥方様は目を細めて頷いた。
「黒鋼は諏訪の領主が継ぐ名です。
鷹王はこの惨劇の後でも、その名を名乗ることを決めてくれたのですね」
辺りではまだ、阿鼻叫喚地獄が繰り広げられている。
奥方様は辛そうに鷹王を見た。
「これが、今生きている鷹王の過去……つまり、私が死んだ後」
おれは何ともいえず、視線を落とした。
「貴方は日本国の人ではありませんね」
奥方様は静かに問いかけた。
おれの話を促すように。
「はい。
おれは玖楼国というところから来ました。
4人と1匹で旅をしていて、おれと同じ国からさくら姫という女の子。
次元の魔女さんという人から借りた、世界を渡ることができるモコナ。
あとセレス国というところから、男の人が一人……」
奥方様は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「ファイさんでしょう?
あの方とはまたお会いすることになるだろうと思っていました。」
(やっぱりファイさんだったんだ……)
ファイさんにもあのあといろんなことがあったのだろう。
そして人柄が変わった。
きっとこの先、鷹王に起こるであろう変化のように。
でも。
「黒鋼さんとファイさんはお互いのことを忘れてしまっているみたいなんです」
奥方様は静かに首を振った。
「覚えていますよ。
貴方が先ほど記憶で見たのですから。
ただ、思い出せないだけ。
いろいろなことがあったからでしょう」
優しい瞳は、哀しげに揺れている。
「2人が自分たちで気づくまで、内緒にしておいてもらえませんか」
おれは頷く。
確かに、これは2人の問題。
おれが口を出していいことではない。
辺りはまだまだ戦いが続いている。
鷹王は奥方様を抱いたまま、領主様を喰らった魔物をめった切りにしていた。
そしてようやくそれが死んだと分かったのか、標的を他の魔物に変えた。
比較的小柄なその魔物は、次の瞬間には真っ二つになっていた。
(恐ろしいほどの才能だ)
思わず目を覆いたくなってしまうほど。
きっと理性という箍が外れて潜在的な力が溢れだしてしまったのだろう。
「鷹王は元気ですか」
「……はい」
黒鋼さんは、この鷹王とは違うと伝えたいと思った。
ちゃんと理性を取り戻し、優しくおれたちを助けてくれる人だと。
「とても強い方で、いつも守られてばかりです。
それにおれに生きるために剣を教えてくれました。
大切な人を守れるのも、黒鋼さんのおかげです」
そう言うと奥方様は驚いたように、でも嬉しそうに目を瞬かせた。
「そうですか。
充分すぎるくらいのお話です」
そして綺麗な笑顔を向けてくれた。
この死臭の漂う夜には似つかわしくない、温かな笑顔を。
「私の代わりに、しばらくあの子の傍にいてあげてください」
おれもつられて笑顔になる。
「大丈夫ですよ」
いつの間にか旅の仲間に大きな信頼を寄せていたらしい。
「おれだけじゃありません。
4人と1匹が、傍にいます。
助けてもらってばかりですが……」
奥方様は静かに首を振った。
「あの子が本当に守りたいものならば、それこそが鷹王の幸せなのです」
ふわり、奥方様は光り始めた。
時間なのだと、直感する。
「ありがとう、記憶を見たのが貴方でよかった」
優しい手がおれの頬に触れたかと思うと、光がはじけた。
それを聞くたび、苦しげに眼を閉じる鷹王。
夜は長い。
果てしなく長い。
不意に鷹王が驚いたように顔を上げ、障子を開け放った。
室内から妙な気配がしたのだ。
「母上!!」
そして——
「母上!!!」
おれは目を瞠った。
そして動けなかった。
(嘘だ……)
目を覆いたくなるような、室内。
鷹王は刀を抜いて駆けだした。
「母上!!!」
時空の狭間から現れた刃が貫く、奥方様に向かって—— 一刻も早く、その刃の主を殺めるために。
「母上ぇ!!!」
刀が身体から引き抜かれる。
恐ろしい赤が噴き出し、臭いが辺りに立ち込めた。
血の滴る刀は、時空の狭間から消えていく。
(あの模様……まさか!)
おれたちを苦しみに陥れた、見覚えのある模様に嫌悪感を抱く。
「母上ぇ!!!」
鷹王の、悲痛な叫びが響く。
血の赤と、血のにおいと、悲痛な叫びに、めまいを覚えた。
刀を放り出して、傷口を必死にふさぐ。
小さく細い手の間から、血はドクドクと流れていく。
「結界が……切れてしまう……」
青ざめていく唇が紡いだ言葉。
(こんなときでも、奥方様は……)
目の前に震える、小さな身体があるのに。
そこにいるのは我が子なのに。
(彼女は誰よりも、両親を愛しているのに)
こんなときでも、どこまでも巫女であろうとする姿に胸が痛む。
「誰かっ誰かぁ!!」
悲鳴に近い声は、ただの幼い少女のものだった。
頬をいくつもの雫が伝っている。
おれは、どうしようもない。
もちろんこれは過去なのだから、当たり前だと分かっている。
それでも、何もできない自分が歯がゆい。
「諏訪を……貴方を……」
よろよろと奥方様の手が鷹王の頬に触れた。
「しゃべっちゃだめだ!」
溢れる血。
「守れな……」
するりと頬を滑る手。
鷹王は目を見開いた。
「母上……嫌だ……」
わななく唇と、もう息も吐き出さない、青い唇。
少し前までは、どちらも優しい赤を湛えていたのに。
「母上ぇ!!!」
鷹王の悲痛な叫び声にかぶせるように、部屋の外から悲鳴が聞こえる。
開け放たれた障子の向こうには、恐ろしく大きな魔物の姿が見えた。
逃げ惑う人々。
悲鳴、炎の音、煙、生臭い血の匂い。
「領主様が討伐に向かわれたのに!」
「何故城内に!?」
「結界が張ってあるはずなのに!!」
(領主様は……どこに?)
辺りを見回すが、姿が見えない。
そうこうしているうちに魔物が祷場に足を踏み入れた。
「領主様!!」
声が聞こえないと分かっていても、おれは呼んでしまっていた。
「貴方の、貴方の子がっ!!」
頼むから、あの頼もしい背中で守ってやってくれと、願いながら。
無残にも建物が崩れ落ちる。
しかし奇跡的に鷹王にあたることはなかった。
魔物の口元に何かが光る。
おれは目を見開いた。
それは鷹王も同じで。
(……あれはまさか)
口内に消えていく、手。
そこには見覚えのある竜の刺青があった。
鷹王の父の手にあったものだ。
グチュ
ゴリゴリ
グシャ
ひどい音だ。
おれは催した吐き気を堪える。
あの優しかった手が。
あの鷹王の頭に乗っていた大きな手が。
ゴクン
消えた。
鷹王の目の前に落ちた刀。
彼女の眼には、もう理性は残っていない。
彼女はそれに飛びつくと、悲鳴をあげて魔物に向かって振り上げた。
おれは気持ちが悪くなり、蹲る。
目の前が暗くなったような気がした。
とにかく蹲っているのも辛い。
「大丈夫ですか」
優しい声が、おれに呼びかけた。
「貴方が見つけてくれるのを待っていたのです」
その声に覚えがあって、なんとか顔をあげれば目の前で奥方様が微笑む。
(奥方様!)
さっき刀で刺されて命を失ったはずの奥方様が目の前にいた。
しかし辺りは相変わらずの惨状で、鷹王は狂ったように魔物と戦っている。
その腕には生気の抜けた、見るも無残な奥方様がいた。
では目の前にいる彼女は、いったい何者なのか。
(……魂?)
昔姫が良く話をしていた存在を思い出す。
しかしおれにはそんな力はないはずだ。
彼女がふわりとおれの額に触れると、触れた感覚などは全くなかったけれど、自然と身体が楽になった。
驚いて見上げれば、奥方様は微笑みかける。
「ある日、日本国の巫女様に夢で教えていただいたのです。
誰かが、未来の鷹王と共にいる誰かが、この子の記憶を見てしまうと。
それはあまり好ましいことではないかもしれないが、だからこそ出来ることがあると」
(知世姫……?)
黒鋼さんが忠誠を誓ったという人を思い出す。
そして。
(やはり黒鋼さんの記憶だったんだ……)
強い黒鋼さんの記憶を、黒鋼さんだけの大切な記憶を勝手に覗いてしまった罪悪感に駆られる。
「だから、こっそり鷹王の記憶に私の魂の一部を潜り込ませるように術をかけたんです。
この記憶を見た誰かがどんな方なのか、知りたかったですし」
きっと奥方様は気がかりだったのだ。
記憶を見られるということは、弱みを握られることにもつながる。
弱点を知られることにもなる。
だから、見た相手がどんな相手なのかを知ろうと思ったのだろう。
きっと相手によっては策だって考えていたはずだ。
ならばまずは、奥方様の希望であるおれの事を伝えなければならないだろう。
「おれは小狼といいます。
黒鋼さん……たぶん鷹王と旅をしています」
奥方様は目を細めて頷いた。
「黒鋼は諏訪の領主が継ぐ名です。
鷹王はこの惨劇の後でも、その名を名乗ることを決めてくれたのですね」
辺りではまだ、阿鼻叫喚地獄が繰り広げられている。
奥方様は辛そうに鷹王を見た。
「これが、今生きている鷹王の過去……つまり、私が死んだ後」
おれは何ともいえず、視線を落とした。
「貴方は日本国の人ではありませんね」
奥方様は静かに問いかけた。
おれの話を促すように。
「はい。
おれは玖楼国というところから来ました。
4人と1匹で旅をしていて、おれと同じ国からさくら姫という女の子。
次元の魔女さんという人から借りた、世界を渡ることができるモコナ。
あとセレス国というところから、男の人が一人……」
奥方様は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「ファイさんでしょう?
あの方とはまたお会いすることになるだろうと思っていました。」
(やっぱりファイさんだったんだ……)
ファイさんにもあのあといろんなことがあったのだろう。
そして人柄が変わった。
きっとこの先、鷹王に起こるであろう変化のように。
でも。
「黒鋼さんとファイさんはお互いのことを忘れてしまっているみたいなんです」
奥方様は静かに首を振った。
「覚えていますよ。
貴方が先ほど記憶で見たのですから。
ただ、思い出せないだけ。
いろいろなことがあったからでしょう」
優しい瞳は、哀しげに揺れている。
「2人が自分たちで気づくまで、内緒にしておいてもらえませんか」
おれは頷く。
確かに、これは2人の問題。
おれが口を出していいことではない。
辺りはまだまだ戦いが続いている。
鷹王は奥方様を抱いたまま、領主様を喰らった魔物をめった切りにしていた。
そしてようやくそれが死んだと分かったのか、標的を他の魔物に変えた。
比較的小柄なその魔物は、次の瞬間には真っ二つになっていた。
(恐ろしいほどの才能だ)
思わず目を覆いたくなってしまうほど。
きっと理性という箍が外れて潜在的な力が溢れだしてしまったのだろう。
「鷹王は元気ですか」
「……はい」
黒鋼さんは、この鷹王とは違うと伝えたいと思った。
ちゃんと理性を取り戻し、優しくおれたちを助けてくれる人だと。
「とても強い方で、いつも守られてばかりです。
それにおれに生きるために剣を教えてくれました。
大切な人を守れるのも、黒鋼さんのおかげです」
そう言うと奥方様は驚いたように、でも嬉しそうに目を瞬かせた。
「そうですか。
充分すぎるくらいのお話です」
そして綺麗な笑顔を向けてくれた。
この死臭の漂う夜には似つかわしくない、温かな笑顔を。
「私の代わりに、しばらくあの子の傍にいてあげてください」
おれもつられて笑顔になる。
「大丈夫ですよ」
いつの間にか旅の仲間に大きな信頼を寄せていたらしい。
「おれだけじゃありません。
4人と1匹が、傍にいます。
助けてもらってばかりですが……」
奥方様は静かに首を振った。
「あの子が本当に守りたいものならば、それこそが鷹王の幸せなのです」
ふわり、奥方様は光り始めた。
時間なのだと、直感する。
「ありがとう、記憶を見たのが貴方でよかった」
優しい手がおれの頬に触れたかと思うと、光がはじけた。
