レコルト国
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(あれはやはりファイさんだったのだろうか……)
疑問は残るが、ページをぺらぺらとめくっていってみる。
もしかしたらまたファイ君が訪れるかもしれない。
しかしその先のページを見ていても、彼の姿はなかった。
しばらくすると若姫様は7つになり、“鷹王”という名を得た。
これが領主を継ぐまで彼女の名前となるらしかった。
そう、この男らしい名前からも見えるように、彼女は領主になるものとして名乗りを上げた。
一部では不安を感じる民もいたようだ。
だからこそ、幼い紅い瞳は、強さを求めていた。
若姫様は少しずつ大人になり、また剣の腕も磨いていった。
領土の人々からも愛される彼女は、誰よりも強くなろうとしていた。
技を学び、身体を鍛え、精神鍛錬をする。
基礎教養、歴史、戦法を学ぶ。
彼女はみるみる大人になっていった。
その姿は、どんどんおれの知る黒鋼さんに近づいているように見える。
ただ、ひとつ未だに違うのはそのコロコロと変わる愛らしい表情だろう。
眩しい笑顔は、民にとっても安心できるもので、いつしか彼女が次期領主ということもすっかり認められていた。
「父上!
鍛錬を頼む!」
竹刀を片手に朝食をまだ食べている領主に声をかける。
領主はにやりと笑った。
「飯が終わってからなら良いぞ」
「若。
領主様は遠くの領土から帰られたばかりなのですから、あまり無理をさせてはいけませんよ」
奥方様の言葉に若姫様、否、鷹王はにやりと笑った。
若姫を卒業した彼女は、今では一般に若と呼ばれている。
「歳か?」
「ふざけるな!
庭で待ってろ」
鷹王は嬉しそうに笑いながら庭にとびだした。
そして素振りをし、ひとり練習をする。
「確かに腕は上がったな。」
かけられた声に、鷹王は動きを止めた。
振り返れば縁側に領主様がじっと鍛錬の様子を眺めていたようだ。
「鍛錬場に移動したい。
新しい技を教えてほしい」
「よし」
領主は立ち上がった。
「だがその前に、ひとつ聞いておきたいことがある」
その赤い瞳は真っ直ぐ鷹王を見ていた。
「お前は強くなりたいのか?」
「ああ。
強くなりたい」
赤い目は真っ直ぐ父を見返した。
まだ幼いはずなのに、その気迫は子どもとは思えない。
「何のために?
強くなってどうする?
ただ強さのためだけに更なる強さを目指すのか?
お前が望む強さはお前だけのものか?」
しかしその包み込むような赤には、まだ彼女の赤は届かない。
しんとした静けさの中で、風に木の葉が音を立てた。
「……違う。
諏訪を、みんなを守りたい。
みんなを守る、父上と母上を守りたい」
赤い瞳はどこまでもまっすぐだ。
穢れを知らず、ただただ己を磨こうとする。
(強い瞳……)
「それでこそ俺の子だ!」
領主様は嬉しそうに鷹王の頭を撫でた。
「お前は腕はまだまだだが、ここが強い」
領主様は自分の胸をとんとんと叩いた。
「だから、間違えてはいけない。
強さのありかを。
常に己に問え。
道を逸するな」
鷹王は深く頷いた。
「分かった」
ページをめくると、恐ろしい形相の獣と鷹王が戦っていた。
鋭い爪に、頬に紅い線が走る。
「破魔・竜王刃!」
ごうっと辺りに風が起き、目の前の獣が大きく切られる。
(これは、黒鋼さんの技だ)
今だ謎は多いものの、やはり黒鋼さんだと思わずにはいられない。
煙の中、鋭い爪が再び襲いかかった。
「危ない!」
おれの声は聞こえないと思ってはいても、どうしても叫んでしまう。
鷹王はなんとか体勢を立て直し、大きく刀を振ってなんとか獣を倒したようだった。
(良かった……)
本の中に入ってから、ひやひやすることがとても多いように思う。
「お見事です、若」
木の陰から出てきたのは、鷹王が小さい頃から領主についていた隻眼の家臣だ。
領主と同い年くらいに見えたから、彼の乳兄弟か何かなのかもしれない。
「一刀両断できなければ、竜王刃じゃない」
刀を握り直す鷹王の横顔は、まだまだ強くなる可能性を見せた。
「忙しそうだな、父上は」
そしてふっと寂しげな顔を見せる。
「結界を超えて領地に入ろうとする魔物が増えています。
もう半年ほどあちこちを飛び回っていらっしゃいますよ」
鷹王は苦しげに眼を細めた。
それを見て家臣は小さく微笑んだ。
「ですが領主が赴かれる以外に魔物が出ても、若がいらっしゃいます。
安心して遠出できるとおっしゃっていましたよ」
鷹王はぱっと眼を見開いて、かぁっと頬を染めた。
そしてそれを隠すようにふいっとそっぽを向く。
それは強さからはかけ離れた、年相応の姿で、なんだか微笑ましい。
「では帰りましょうか」
「俺はちょっとよるところがある。
先に帰ってくれるか」
家臣は不思議そうな顔をして、それから頷いた。
「分かりました。
夕食までにはお戻りください」
「ああ」
ページをめくると、どうやら鷹王が帰ってきたところらしい。
「おかえりなさいませ、若様」
侍女に鷹王が差し出したのは木桶だった。
中には立派な魚が泳いでいる。
「これで母上に精のつく物を作ってくれ。
……俺は……作れないから……」
また鷹王は辛そうに目を細めた。
いつの間にか鷹王は苦しそうな顔をするようになったと思う。
「かしこまりましたが、何をおっしゃいます。
こうしておいしいお魚をとってきてくださったのです。
奥方様もお喜びになりますよ」
その言葉に、鷹王は淡く笑みを浮かべ、祷場の方へと歩いていった。
残された侍女たちはため息をついた。
「最近奥さまのお元気がないから、若様も心配でしょう。
それでも結界だけは綻ばせないよう、気を張り通しで」
「せっかくのお魚、おいしく料理して食べていただかなくては。」
「若様も最近以前のお元気がありませんね」
鷹王よりもいくらか年上くらいの、まだ侍女がつぶやく。
「……いらぬ気遣いをされておいでなのでしょう」
年かさの侍女が悩ましげにため息をついた。
「母上」
祷場の障子をあけて、鷹王は目を見開いた。
「母上!」
その視線の先には、血を吐きながら倒れる奥方様の姿。
ばたばたと賭けつける侍女たち。
あの幸せだった日々の何かが、崩れていく気がした。
「ごめんなさいね、せっかくおいしいお魚をとってきてくれたのに」
「押し寿司にしてもらった。
それならあとからでも食べられるからな。
母上、押し寿司好きだろう?」
にぱっと笑顔を見せる鷹王。
あの辛そうな表情はどこへ消えたのかと思うほど、眩しい笑顔だ。
「私が作ってあげればよかったのだけれど。
貴方も好きでしょう?」
「俺は母上が元気になってくれればいいんだ」
鷹王はそっと奥方様の手を握った。
「俺に力はないけれど……」
枕元に活けられた一本の枝。
それは奥方様が良く祈祷に使われるものだ。
鷹王はそれを片手にとり、そっと額に葉先を触れさせた。
「貴方の病が一刻も早く癒えますように……」
奥方様が祈祷をされる時のような光は出ない。
何も起きはしない。
それでも、奥方様は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。
貴方がそうしてくれるだけで十分楽になります」
そしてそっと鷹王を抱き寄せた。
「優しい子……お父上に本当にそっくり」
見てはいけないものを見ている気がした。
もちろん、楽しい記憶だって人ものならみていいものではない。
その点、これまで軽率に除いていたことは反省に値する。
しかし、これ以上は見てはいけないと、本能が警告している。
何か、見てはいけない何かがおこる。
きっと黒鋼さんを変えてしまうほどの、何かが。
本から手を離そうとするが。
(だめだ……離れない!)
意志に反してページは流れていく。
領主様との鍛錬。
奥方様のお見舞い。
魔物の討伐。
そして。
「……やはり無理なのか、俺では」
部屋で悔しげに唇をかむ姿。
手にはあの幼いころに巫女の鍛錬で使っていた鏡がある。
「俺は、間違っていたのだろうか……」
開けられた障子。
空には丸い月が浮かぶ。
疲れたのか鷹王は月光の下に身体を投げ出すように寝転んだ。
奥方様が倒れてから、巫女の鍛錬が鷹王の日課になっていた。
誰からも隠れて、夜中に行われるそれ。
「あの時、巫女になると決めて諦めていなかったら……」
腕で目の上を覆った。
頬に流れる水滴が、月の光を受けて小さく光っていた。
