レコルト国
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ページをめくる。
今日は若姫様が苦手な巫女としての鍛錬の日らしい。
ファイ君の姿は見えず、部屋の中には鏡を持った奥方様と、同じ姿勢を取る若姫様だけだ。
玖楼国の遺跡に入ることができる人が限られていたことをふと思い出す。
(ここもきっと、神聖な場所なんだろう。)
やはり奥方様の鏡は輝いているのに、若姫様の鏡は何の変化もしていない。
(なかなか難しいんだな。)
「若姫。」
鏡の輝きをけして、奥方様が静かに問いかける。
若姫様はどこか哀しげな顔をして姿勢を崩した。
「はい。」
「貴方は、もうすぐ7つになります。
そうしたら選ばねばなりません。
巫女として生きるか、領主として生きるか。
そしてそのことを、胸を張って領土の人々に伝えねばなりません。」
若姫様は眉を寄せた。
「まだ幼い貴方には選ぶことは難しいでしょう。
ですが、これは貴方の生きる道。
誰も決めてあげることは出来ないのです。」
俯く若姫様に、奥方様は静かに語る。
「貴方は女として生まれました。
ですが父上に似て、武の才に恵まれました。
人には得て不得手があり、生まれ持つさだめもあります。
確かに、生まれた女は巫女、男は領主としてこの家は受け継がれてきましたが、その慣習ばかりが正しいものでもありません。」
若姫様はゆっくり顔を上げた。
「貴方が選びなさい。
どうしたいのか。
どうありたいのか。」
奥方様は若姫様の艶やかな黒髪を優しく撫でた。
「貴方なら、決められますよ。」
若姫様はきゅっと拳を握り、口を引き結ぶと、一つ、力強く頷いた。
「さぁ、ファイさんが待っていますから、いきなさい。」
若姫様は持っていた鏡を棚にしまうと、部屋の戸をあけた。
奥方様も鏡を棚にしい、若姫様の後を追うが、何か思い出したように部屋を振りかえった。
「決めるのは、自分なのです。
どうしたいのか、どうありたいのか。」
おれの心臓はどきりとなった。
まるでおれに話しかけているように感じたからだ。
否、確実におれに話しかけている。
おれはごくりと唾をのみ、ゆっくりと頷いた。
すると奥方様は微笑んで、部屋から出て行ってしまった。
そうだ、前にもこんなことがあった。
その時も確かこの部屋で、同じような状況だった。
この部屋は祭壇が置かれている様子からみても、祈り場の一種なのだろう。
空気が清い。
もしかしたらこの環境であるからこそ、おれの姿が奥方様に見えてしまうのかもしれない。
(だが、これは前に本に触れた人の記憶ではないのだろうか?
だとしたらおれの姿が見えるのはおかしい。
記憶を見ていることか、それとも奥方様がおれの存在が見えたことか、どちらかが間違っていることになる。
それか、まだ何かを見落としているのか・・・?)
部屋を出るとファイ君が若姫様を待っていたようだ。
手に小さな細い竹細工を持っている。
「ふぁい、竹とんぼ作れたのか?」
駆け寄る若姫様にファイ君は手に持った竹細工を見せた。
「すごい!
初めてなのに上手いな。
飛ばしてみたか?」
「まだだよ。」
「じゃあ飛ばしに行こう!
母上、夕食までにはもどる!」
「ええ、いってらっしゃい。」
若姫様はファイ君の手を取ると駆けだした。
緑の生い茂る森の中に、2人は駆けこんでいく。
その姿は、現代で見る2人のように、どこか対照的で、それでいてどこか似通った後姿だった。
2人は森の中の開けたところで、楽しげに竹とんぼを飛ばしては追いかけていた。
単純な遊びだが、2人はそれで十分なようだ。
ページを飛ばしてしまっていなければ、今日でファイ君が来て4日目になるだろう。
徐々にこの国になじんできているファイ君。
表情も寂しげな顔を見せることも減り、子どもらしい振る舞いもみられるようになってきた。
これが彼にとって良い結果なのかどうかは、今は判断はつかない。
あの子供らしくない様子が、本来育ってきた環境で養われたものならば、きっとそれを求められる環境にまた戻ることになるだろう。
もしかしたらその時に、苦しまなければならないだろうから。
(もしこれが黒鋼さんの記憶であったという説が正しい場合・・・
この2人がなぜあれほどまでに変わってしまったのか。
それに黒鋼さんは自分は忍者だと言っていた。
次元の魔女さんのところに行ったのは、国の姫に飛ばされたからとも言っていた。
それが日本国の知世姫という人で、ピッフル国のダイドウジ社長と同じ魂を持つ人。
諏訪の領主であれば、誰かに仕える忍者ではないはずだ。
ということは、これは黒鋼さんの記憶ではないか、または彼女の人生がどこかで大きく変わってしまったかのどちらかになる・・・。)
ひとしきりあそんだ2人は、草の上に並んで腰を下ろした。
「ふぁい、この前話したが、俺はもうすぐ7つになる。」
「そうしたら仮名がもらえるんだよね。」
「ああ。
だが、ひとつ大切なことを決めなきゃいけないんだ。」
ファイ君は首をかしげる。
「代々、うちに生まれた女は巫女になって諏訪を守り、男は領主として剣で諏訪を守る。
そういう決まりなんだ。」
若姫様は手に持った竹とんぼをくるりと回した。
「でも、俺は・・・巫女の才がない。
どれだけ鍛錬しても、巫女の基本である空気を清めることすらできないんだ。」
ファイ君は少し驚いた顔をした。
「俺は剣を振りまわしたり、体術の練習をする方が好きだ。
全力でぶつかって、全力で動くのは楽しい。
だが、俺はおなごだ。」
若姫様はしょんぼりと俯いた。
「いままで諏訪を、女の領主が治めていたことはない。
・・・俺は7つになるときに決めなければならないんだ。
仮名の名乗りと共に、それぞれの次期候補としての名乗りも上げることになるから。」
若姫様にしては珍しく落ち込んでいるせいか、ファイ君は戸惑っているようだ。
ファイ君は少し迷って、それから、小さな手で、もっと小さな若姫様の手をそっと握った。
「オレは、上手に何かを選んだことはないから、あまりいいことは言えないけど・・・。
でも、若姫様がしたいことをするのがいいんじゃないかな。」
「俺は、剣の練習が好きだ。」
「そうじゃなくて。」
ファイ君は少し考えて、それからもう一度若姫様を見た。
「若姫様は、領主様のことを、強くて力持ちで、諏訪を守っているって言っていたよね。」
若姫様はひとつ頷いた。
「奥方様は結界で諏訪を守っているんだよね。」
またひとつ頷いた。
「2人とも、やっていることは同じなんじゃないかな。」
若姫様は目を見開いた。
「2人とも、諏訪を守っている・・・。」
「そう。
やっていることは同じだけど、それぞれが得意な方法でしているんだ。」
若姫様がファイ君の手をきゅっと握り返した。
「俺は・・・」
優しい風が、草を揺らし木の葉を揺らし、
ファイ君の金色の髪を揺らし、若姫様の黒い髪を揺らす。
「俺も、諏訪を守りたい。
巫女の力はないけど、剣でなら守れる。
しなきゃいけないのは、領主の子がしなきゃいけないのは、慣習を守ることじゃなくて、諏訪を守ることだ。」
紅い目が蒼い目を見つめる。
蒼い目がふっと弧を描いた。
それはファイ君が初めて見せた、微かながらも笑顔で。
「きっと、若姫様なら、守れるよ。」
紅い目も嬉しそうに弧を描く。
それは悩みが吹っ切れたようで。
「ふぁいのことだって、守ってやる!」
いつも通り、どこか強気な風が戻ってきた。
「ありがとう。」
2人はしばらく微笑みあいながら互いの温もりをそっと握りしめていた。
ページをめくる。
ファイ君が馬の乗り方を教えてもらったようだ。
「いけるな?」
領主さまがしっかりと手綱を握らせた。
「はい、馬には乗ったことがあるから、大丈夫です。
ありがとうございます。」
「ふぁい、こっちだよ!」
若姫様は自分の馬なのだろう、器用に操って森の方へと歩いていく。
「うん。」
ファイ君も少し笑顔を見せている。
領主さまやお付きの人たちもそれに気づいているのか、嬉しそうに笑っている。
言葉にしない、言葉にならない、温かさが、この国にはある。
それがどこか懐かしくて、おれも笑顔になってしまう。
「夕飯までには帰ってこいよ!」
領主さまの声に、2人は元気に手を振って、森の中へと駆けて行った。
「今日はおれが大好きなところに連れて行ってやる。」
「大好きなところ?」
「そこでいつも、母上にお土産を用意するんだ。」
相変わらずにこにこの若姫様に、ファイ君もほんのり笑顔を浮かべる。
ページをめくればどうやら花畑に行きたかったらしい。
色とりどりの花に、ファイ君は目を見開いた。
「すごい!」
「日本には四季がある。
眠っていたものたちが起きだす、春。
恵みの雨と熱に成熟してゆく、夏。
実りを生み、そして葉を落としゆく、秋。
そして全てが眠る、冬。」
ファイ君が興味深げに聞いている。
(この言葉、黒鋼さんがジェイド国で言っていた!)
おれは驚いて息をのむ。
「母上が教えてくれたんだ。
日本国は美しい。
そして大きな美しい湖がある諏訪はなおさら、と。」
照れた顔をする若姫様。
(やはり黒鋼さんなのだろうか?)
「昨日はありがとう、ふぁい。
俺、この美しい諏訪が大好きだから、守りたい。」
その笑顔はとてもまぶしくて、ファイ君は眩しげに目を細めた。
「ふぁいにも守りたいところがあるのか?」
その問いかけに、ファイ君は少しうつむいて小さく頷いた。
「オレも、セレスが大切なんだ。
優しい人がいて、オレ達を助けてくれた人がいるから。」
「そうか。」
若姫様はにかっと笑った。
「だからかな。
ふぁいは父上や母上と一緒で、温かくて優しくて、ほっとする。」
ファイ君は少し照れたように微笑んだ。
それからしばらく花畑で遊んで、2人は両手に花束を作り、花の冠をかぶって帰た。
「母上!お土産だ!」
若姫様が馬を下りて、迎えに来てくれた奥方様に抱きつく。
「ありがとう。
綺麗なお花ね。
いつもどこで摘んでくるのかしら・・・。」
「それは秘密だ!」
にこにこと笑うと、若姫様はファイ君を呼ぶ。
どこか恥ずかしげなファイ君も、背中に隠していた花束を奥方様にさし出した。
「まぁ、私に?」
優しく問いかける奥方様に、ファイ君は少し照れているらしい。
「はい、お世話になっているから・・・。」
少し目を泳がせながら、頬を染めながら、早口につぶやいた。
「ありがとう。」
奥方様はそっとファイ君の髪の毛を梳くように撫でた。
「お、やんちゃ坊主たちが帰ってきたな。
夕飯だぞー」
夕陽を背に、領主さまが呼んでいる。
「今いく!」
元気に駆けだす若姫様。
その後ろを微笑みながら歩いていく奥方様とファイ君。
(・・・ファイ君がきて今日で5日になる。)
なんて穏やかなんだろう。
行き先の定まらない度だけれど、諏訪にも行ってみたいと、つい思ってしまった。
今日は若姫様が苦手な巫女としての鍛錬の日らしい。
ファイ君の姿は見えず、部屋の中には鏡を持った奥方様と、同じ姿勢を取る若姫様だけだ。
玖楼国の遺跡に入ることができる人が限られていたことをふと思い出す。
(ここもきっと、神聖な場所なんだろう。)
やはり奥方様の鏡は輝いているのに、若姫様の鏡は何の変化もしていない。
(なかなか難しいんだな。)
「若姫。」
鏡の輝きをけして、奥方様が静かに問いかける。
若姫様はどこか哀しげな顔をして姿勢を崩した。
「はい。」
「貴方は、もうすぐ7つになります。
そうしたら選ばねばなりません。
巫女として生きるか、領主として生きるか。
そしてそのことを、胸を張って領土の人々に伝えねばなりません。」
若姫様は眉を寄せた。
「まだ幼い貴方には選ぶことは難しいでしょう。
ですが、これは貴方の生きる道。
誰も決めてあげることは出来ないのです。」
俯く若姫様に、奥方様は静かに語る。
「貴方は女として生まれました。
ですが父上に似て、武の才に恵まれました。
人には得て不得手があり、生まれ持つさだめもあります。
確かに、生まれた女は巫女、男は領主としてこの家は受け継がれてきましたが、その慣習ばかりが正しいものでもありません。」
若姫様はゆっくり顔を上げた。
「貴方が選びなさい。
どうしたいのか。
どうありたいのか。」
奥方様は若姫様の艶やかな黒髪を優しく撫でた。
「貴方なら、決められますよ。」
若姫様はきゅっと拳を握り、口を引き結ぶと、一つ、力強く頷いた。
「さぁ、ファイさんが待っていますから、いきなさい。」
若姫様は持っていた鏡を棚にしまうと、部屋の戸をあけた。
奥方様も鏡を棚にしい、若姫様の後を追うが、何か思い出したように部屋を振りかえった。
「決めるのは、自分なのです。
どうしたいのか、どうありたいのか。」
おれの心臓はどきりとなった。
まるでおれに話しかけているように感じたからだ。
否、確実におれに話しかけている。
おれはごくりと唾をのみ、ゆっくりと頷いた。
すると奥方様は微笑んで、部屋から出て行ってしまった。
そうだ、前にもこんなことがあった。
その時も確かこの部屋で、同じような状況だった。
この部屋は祭壇が置かれている様子からみても、祈り場の一種なのだろう。
空気が清い。
もしかしたらこの環境であるからこそ、おれの姿が奥方様に見えてしまうのかもしれない。
(だが、これは前に本に触れた人の記憶ではないのだろうか?
だとしたらおれの姿が見えるのはおかしい。
記憶を見ていることか、それとも奥方様がおれの存在が見えたことか、どちらかが間違っていることになる。
それか、まだ何かを見落としているのか・・・?)
部屋を出るとファイ君が若姫様を待っていたようだ。
手に小さな細い竹細工を持っている。
「ふぁい、竹とんぼ作れたのか?」
駆け寄る若姫様にファイ君は手に持った竹細工を見せた。
「すごい!
初めてなのに上手いな。
飛ばしてみたか?」
「まだだよ。」
「じゃあ飛ばしに行こう!
母上、夕食までにはもどる!」
「ええ、いってらっしゃい。」
若姫様はファイ君の手を取ると駆けだした。
緑の生い茂る森の中に、2人は駆けこんでいく。
その姿は、現代で見る2人のように、どこか対照的で、それでいてどこか似通った後姿だった。
2人は森の中の開けたところで、楽しげに竹とんぼを飛ばしては追いかけていた。
単純な遊びだが、2人はそれで十分なようだ。
ページを飛ばしてしまっていなければ、今日でファイ君が来て4日目になるだろう。
徐々にこの国になじんできているファイ君。
表情も寂しげな顔を見せることも減り、子どもらしい振る舞いもみられるようになってきた。
これが彼にとって良い結果なのかどうかは、今は判断はつかない。
あの子供らしくない様子が、本来育ってきた環境で養われたものならば、きっとそれを求められる環境にまた戻ることになるだろう。
もしかしたらその時に、苦しまなければならないだろうから。
(もしこれが黒鋼さんの記憶であったという説が正しい場合・・・
この2人がなぜあれほどまでに変わってしまったのか。
それに黒鋼さんは自分は忍者だと言っていた。
次元の魔女さんのところに行ったのは、国の姫に飛ばされたからとも言っていた。
それが日本国の知世姫という人で、ピッフル国のダイドウジ社長と同じ魂を持つ人。
諏訪の領主であれば、誰かに仕える忍者ではないはずだ。
ということは、これは黒鋼さんの記憶ではないか、または彼女の人生がどこかで大きく変わってしまったかのどちらかになる・・・。)
ひとしきりあそんだ2人は、草の上に並んで腰を下ろした。
「ふぁい、この前話したが、俺はもうすぐ7つになる。」
「そうしたら仮名がもらえるんだよね。」
「ああ。
だが、ひとつ大切なことを決めなきゃいけないんだ。」
ファイ君は首をかしげる。
「代々、うちに生まれた女は巫女になって諏訪を守り、男は領主として剣で諏訪を守る。
そういう決まりなんだ。」
若姫様は手に持った竹とんぼをくるりと回した。
「でも、俺は・・・巫女の才がない。
どれだけ鍛錬しても、巫女の基本である空気を清めることすらできないんだ。」
ファイ君は少し驚いた顔をした。
「俺は剣を振りまわしたり、体術の練習をする方が好きだ。
全力でぶつかって、全力で動くのは楽しい。
だが、俺はおなごだ。」
若姫様はしょんぼりと俯いた。
「いままで諏訪を、女の領主が治めていたことはない。
・・・俺は7つになるときに決めなければならないんだ。
仮名の名乗りと共に、それぞれの次期候補としての名乗りも上げることになるから。」
若姫様にしては珍しく落ち込んでいるせいか、ファイ君は戸惑っているようだ。
ファイ君は少し迷って、それから、小さな手で、もっと小さな若姫様の手をそっと握った。
「オレは、上手に何かを選んだことはないから、あまりいいことは言えないけど・・・。
でも、若姫様がしたいことをするのがいいんじゃないかな。」
「俺は、剣の練習が好きだ。」
「そうじゃなくて。」
ファイ君は少し考えて、それからもう一度若姫様を見た。
「若姫様は、領主様のことを、強くて力持ちで、諏訪を守っているって言っていたよね。」
若姫様はひとつ頷いた。
「奥方様は結界で諏訪を守っているんだよね。」
またひとつ頷いた。
「2人とも、やっていることは同じなんじゃないかな。」
若姫様は目を見開いた。
「2人とも、諏訪を守っている・・・。」
「そう。
やっていることは同じだけど、それぞれが得意な方法でしているんだ。」
若姫様がファイ君の手をきゅっと握り返した。
「俺は・・・」
優しい風が、草を揺らし木の葉を揺らし、
ファイ君の金色の髪を揺らし、若姫様の黒い髪を揺らす。
「俺も、諏訪を守りたい。
巫女の力はないけど、剣でなら守れる。
しなきゃいけないのは、領主の子がしなきゃいけないのは、慣習を守ることじゃなくて、諏訪を守ることだ。」
紅い目が蒼い目を見つめる。
蒼い目がふっと弧を描いた。
それはファイ君が初めて見せた、微かながらも笑顔で。
「きっと、若姫様なら、守れるよ。」
紅い目も嬉しそうに弧を描く。
それは悩みが吹っ切れたようで。
「ふぁいのことだって、守ってやる!」
いつも通り、どこか強気な風が戻ってきた。
「ありがとう。」
2人はしばらく微笑みあいながら互いの温もりをそっと握りしめていた。
ページをめくる。
ファイ君が馬の乗り方を教えてもらったようだ。
「いけるな?」
領主さまがしっかりと手綱を握らせた。
「はい、馬には乗ったことがあるから、大丈夫です。
ありがとうございます。」
「ふぁい、こっちだよ!」
若姫様は自分の馬なのだろう、器用に操って森の方へと歩いていく。
「うん。」
ファイ君も少し笑顔を見せている。
領主さまやお付きの人たちもそれに気づいているのか、嬉しそうに笑っている。
言葉にしない、言葉にならない、温かさが、この国にはある。
それがどこか懐かしくて、おれも笑顔になってしまう。
「夕飯までには帰ってこいよ!」
領主さまの声に、2人は元気に手を振って、森の中へと駆けて行った。
「今日はおれが大好きなところに連れて行ってやる。」
「大好きなところ?」
「そこでいつも、母上にお土産を用意するんだ。」
相変わらずにこにこの若姫様に、ファイ君もほんのり笑顔を浮かべる。
ページをめくればどうやら花畑に行きたかったらしい。
色とりどりの花に、ファイ君は目を見開いた。
「すごい!」
「日本には四季がある。
眠っていたものたちが起きだす、春。
恵みの雨と熱に成熟してゆく、夏。
実りを生み、そして葉を落としゆく、秋。
そして全てが眠る、冬。」
ファイ君が興味深げに聞いている。
(この言葉、黒鋼さんがジェイド国で言っていた!)
おれは驚いて息をのむ。
「母上が教えてくれたんだ。
日本国は美しい。
そして大きな美しい湖がある諏訪はなおさら、と。」
照れた顔をする若姫様。
(やはり黒鋼さんなのだろうか?)
「昨日はありがとう、ふぁい。
俺、この美しい諏訪が大好きだから、守りたい。」
その笑顔はとてもまぶしくて、ファイ君は眩しげに目を細めた。
「ふぁいにも守りたいところがあるのか?」
その問いかけに、ファイ君は少しうつむいて小さく頷いた。
「オレも、セレスが大切なんだ。
優しい人がいて、オレ達を助けてくれた人がいるから。」
「そうか。」
若姫様はにかっと笑った。
「だからかな。
ふぁいは父上や母上と一緒で、温かくて優しくて、ほっとする。」
ファイ君は少し照れたように微笑んだ。
それからしばらく花畑で遊んで、2人は両手に花束を作り、花の冠をかぶって帰た。
「母上!お土産だ!」
若姫様が馬を下りて、迎えに来てくれた奥方様に抱きつく。
「ありがとう。
綺麗なお花ね。
いつもどこで摘んでくるのかしら・・・。」
「それは秘密だ!」
にこにこと笑うと、若姫様はファイ君を呼ぶ。
どこか恥ずかしげなファイ君も、背中に隠していた花束を奥方様にさし出した。
「まぁ、私に?」
優しく問いかける奥方様に、ファイ君は少し照れているらしい。
「はい、お世話になっているから・・・。」
少し目を泳がせながら、頬を染めながら、早口につぶやいた。
「ありがとう。」
奥方様はそっとファイ君の髪の毛を梳くように撫でた。
「お、やんちゃ坊主たちが帰ってきたな。
夕飯だぞー」
夕陽を背に、領主さまが呼んでいる。
「今いく!」
元気に駆けだす若姫様。
その後ろを微笑みながら歩いていく奥方様とファイ君。
(・・・ファイ君がきて今日で5日になる。)
なんて穏やかなんだろう。
行き先の定まらない度だけれど、諏訪にも行ってみたいと、つい思ってしまった。