高麗国
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新しい世界が見えてくる。
眼下に市場が見え、多くの人影がどんどん近付いてきて、思わずモコナに叫ぶ。
「っおい!少しは着地場所を考えろ!」
とりあえず少女を抱き寄せ、衝撃に備える。
ドサッ
目を開けると芋が辺りに転がっている。
野菜店の屋台の上に落下したらしい。
少女の下敷きになっているせいで見えないが、多くの視線を感じる。
あの男も、慣れているのならば助けてやればいいものをーーとこの前の移動のときにも思った。
それにしてもあの白饅頭、なんてところに落としたんだ。
「何だこいつら、どこから出てきやがった!!」
至極当然の問いかけに、この国ではこういった魔法があたりまえでないのだろうという想像がつく。
となれば不用意にこちらの身の事を答えるのは不味かろう。
急に少女の体が消え、目の前の大男がその手をつかんでいるのを見て、無意識に腰の銀龍を探した。
まだ慣れない喪失感に拳を握り、一発殴ってやろうかと体制を整えかけたが、気配に動きを止める。
次の瞬間、少年の渾身の蹴りが男の頬に入っていた。
数メートル吹き飛ばされた男は、怒りに体を震わせながら立ち上がる。
「誰を足蹴りしたと思ってるんだ!」
そこで響く少女の声。
「誰彼かまわずちょっかい出すな!バカ息子!」
その声にすがすがしい気持ちになったのは黙っておく。
「
男が振り向き叫ぶ先の屋根の上には、まだ姫よりも小さな少女がいた。
勝気なのは結構だが、姫を掴んでいた男の身なりやその護衛を見る限り、賢い行動だったとは言い難いようだ。
「領主に逆らったらどうなるか分かっているのか!
この無礼の報い、必ず受けるぞ、覚悟しろ!」
男は吐き捨てるようにそう言うと、護衛を引き連れて帰っていった。
頭が良いとは言い難いだろうが、権力者としての力を持つ以上、敵に回すと厄介だ。
まだあんな少女であるのに。
「すまない、売り物だったのだろう」
「いいよ、芋だから転がったくらい大丈夫さ」
店の主人は気のよさそうな人で、笑って許してくれた。
男達も慌てて謝って拾い始める。
少年に少女が礼を言っているのが聞こえる。
まだ記憶があまりないせいではっきりとした自我は見られないが、それでもどこか感じたのではないだろうか。
少年の、思いを。
だからだろう。
じっと少年を見ている。
「あいつらまた市場で好き勝手して!」
さっきの春香という少女が向かいの店の売り物であろう反物を拾い、埃を払っている。
「この街にも早く暗行御吏が来てくれればいいんだが……」
店の女たちもため息交じりだ。
向こうの店まで俺たちは被害を与えていないはずだから、俺たちが来る前にすでに一悶着あったということになる。
だが俺達のせいで彼女が睨まれたことに違いはない。
道を越え、少女に声をかける。
「先ほどの威勢の良い助太刀、感謝する」
はっと顔を上げた春香と目があう。
彼女は俺を上から下まで無遠慮に眺めて、一言。
「変な格好」
子どもはこれだから好きだ。
「あはははーヘンだって、黒りんの格好!!」
「俺がへんならお前たちも変だろう!」
ふざける男に乗って見せる。
この男は孤独だ、人との関わりに飢えているに違いない。
となれば、彼を遣う為に与える餌は自然と決まるものだ。
ちらりと彼の向こうを確認すれば、少女はまだ眠そうに眼をこすっていた。
「お前たちひょっとして!」
そんな俺たちにはお構いなく、春香は少女の手を引いて駆け出した。
俺は慌てて足元に落ちていた反物を拾い、主人に渡す。
男達はもう駆け出していて、また厄介ごとに巻き込まれないうちに追いつかねばと俺も走る。
次から次へとなんとも慌ただしい。
連れてこられたのは春香ちゃんの家らしい。
どうやらオレ達をこの国の政府が放った隠密、暗行御吏だと思ったみたい。
彼らはそれぞれの地域をめぐって、領主が私利私欲におぼれていないか、圧政を強いていないかを監視する役目だそうだ。
まだ幼い子供である彼女でさえそれを求めているということから、この地域の領主がいかに裁かれるべき人であることがうかがえる。
「春香ちゃんだよね。
オレはファイで、こっちが小狼くん、こっちがサクラちゃん。
で、そっちが黒ぷー」
後ろの方で珍しげに鏡をのぞいていた黒ぷーを指させば、
「黒鋼だ」
機嫌悪そうに返事をした。
この可愛げのないところが面白くてやめられないんだけれど。
「ここの領主、そんなに悪い奴なの?」
春香ちゃんはとても苦しそうな顔をした。
「最低だ。
それにあいつ、母さんを……」
黒ぷーが立ち上がる。
厳しい顔をしている。
彼女には魔法を使う力はないが、それに類似した力を感じることはできるようだ。
激しい風音が近付いてくる。
自然の風ではない、特殊な何か。
「外に出ちゃダメだ!」
家から出ようとする黒様に気付き、春香が叫ぶ。
制止を無視して窓から飛び出す彼女に、流石にオレも驚く。
愛刀が腰にはないことを、きっと彼女は忘れている。
「黒様!!」
「やめろ!!危ない!!」
開いた窓から見える大きな竜巻。
手が腰に伸びて、そして刀がないことに気付いた。
舌打ちが聞こえる気がした。
右足の付け根から小さな刃物を取り出したようだが、その程度でいったい何ができるのか。
そう思っているうちに、彼女は窓辺に戻ってきた。
「じっとしていろ」
張り上げた声さえ大きな風音にかき消されそうだ。
呆気にとられるオレ達の目の前で、自分は外に出たまま窓を勢いよく閉めた。
「黒鋼さん!」
小狼君が呼ぶももうその声は届かない。
春香ちゃんが窓を開けようとするから慌てて止める。
「離せよ!戻れって!
あのバカ!!」
じたばたと暴れる春香ちゃんを何とか抱きしめる。
「だめだよ、開けたらもっと危ない!」
でも春香ちゃんの言うとおり、彼女は本当にバカだと思う。
彼女はバカがつくくらい、子供に甘い。
聡い彼女は気づいたのだ。
春香の母は領主に殺された。
強い魔力を感じる品のある家。
春香の持ち物とは思い難い。
ここは、春香の亡き母と過ごした大切な家だと、彼女は知ったのだ。
みしみしと音を立てる家。
辺りに気を配ったせいで緩んだ腕から春香ちゃんが抜け出した。
「春香ちゃん!!」
「おい!!黒鋼!!」
窓に駆け寄り、勢いよく開けようとしたが、外からつっかえでもしてあるのか開かないようだ。
流石というべきか抜かりない。
春香ちゃんは怒りを込めて絞められた窓を殴った。
「このままじゃあいつ……!」
拳を握りしめ唇を噛み締める春香ちゃん。
魔法も使えない上刀もないのに、彼女があの竜巻に対応できるとは到底思えない。
だがあれだけの自信をもって、オレ達にここでじっとしているように言ったんだ。
何か策があるに違いない。
それにこの旅に加えられた時点で、刀がなくともある程度の力を発揮できると見て間違いないはずだ。
でなければあの男ーー飛王が選ぶはずがない。
となれば、ここで彼女の実力を見てみる必要はあるだろう。
今後の旅の為に。
「黒さま、一応オレ達の用心棒みたいなもんだし、強いから大丈夫だよ」
春香ちゃんの頭をなでて、ヘラっと笑って見せる。
「で……でも!」
がたがたと音を立てる家。
屋内でこれ程ならば、外は、と思い始めて頭を振る。
「大丈夫大丈夫、ほら阪神国でも強かったでしょ?」
それは後ろでひどく不安げな顔をしている小狼君とサクラちゃんに向けた言葉だ。
オレが彼女を心配など、する筈がない。
またもや銀龍が腰にないことをすっかり忘れて出てきてしまった。
こうなれば苦無で何とかするしかない。
この家は、必ず守る。
強い意志さえあれば、俺にも一つだけ、術が使えた。
月読を守るために、死ぬほど練習し、本当に何度も死にかけた。
――やめてください、咲!
あなたが……あなたが死んでしまいます!!――
焦った顔を思い出して思わず口の端を上げた。
月読が何度止めても、なんとしてでもこの呪だけはモノにしたかった。
だから蘇摩に特訓してもらった。
巫女の結界とは比べ物にはならない完成度ではあるが、それなりの強度を持つ。
苦無で左手の平を割く。
赤い血が、どくどくと流れた。
自らの決意の流れる血を大地に与える。
つまりその地に宿る精霊に生気を与える代わりに、大切なものを守る結界を作ってもらうのがこの術。
唯一俺の使える呪だ。
「この家を、守りたまえ!!」
大きなものを守ろうとするほど、血は吸い取られる。
――そなたの願い、かなえようぞ――
骨に響くその声に、手から血が抜き取られていくのを感じる。
大地が揺れた。
竜巻を防ぐように、大きな1枚の土の壁が立ちはだかる。
完全に力比べだ。
負けるものか。
体が熱くなるほどの決意。
次の瞬間、壁と竜巻は、まるで差し違えたかのように爆破して崩れた。
その反動で、強い風が起きるも、それは家を壊すほどではなかった。
しかし血を失った俺を吹き飛ばすには十分だった。
何とか着地の態勢を取ろうとするも風に煽られバランスを崩し、地面に叩きつけられる。
気が、遠くなった。
風が吹きやみ、オレ達は家から駆け出した。
庭にあった木の枝はおられ、屋根の瓦もところどころ吹き飛ばされているが、先程見た竜巻にしては被害が少ないのは一目瞭然だ。
ただ、見えない。
「黒りーん」
「黒鋼さーん!」
呼んでも返事がない。
一抹の焦りを覚えたときだった。
「黒鋼!!」
家の裏手に回った春香の悲鳴のような声に、オレは気づけば駆け出していた。
春香ちゃんの傍らに倒れる黒い塊。
血が砂に絵を描いている。
「ちょ……黒様!?」
慌てて抱き起こすが顔は青い。
息はあるから気を失っているだけだろう。
「い……医者を呼んでくる!!」
春香ちゃんはそういうとは駆け出した。
苦無を握る右手と、血を流す左手。
傷のわりに顔色が悪いのが気に掛かる。
オレが治癒魔法を使えたら、などと無意識に思っていて、ハッとする。
何をばかなことを考えているのだろう。
そっと抱えて立つと、小狼君とさくらちゃんが心配そうにのぞき込んだ。
「きっと大丈夫、部屋に運ぼう」
オレは違うんだ、彼女とは違う、彼女達とは違う、違うのだから、と何度も心の中で繰り返した。
