ピッフル国
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部屋の中にある椅子は限られていて、みんな立食形式でパーティーを行っている。
乾杯には同席したが、その後は気づかれないうちに酒を取って外に出た。
妙に騒がしい中にいるよりも、やはり俺は気に入った酒を片手に外の風にあたっている方が向いている。
ここは夜も明るいから、星はほとんど見えない。
明るいというのは便利なものだが、星が見えないのと引き換えであるならば日本国ではご遠慮願いたいところだ。
とととと
軽い足音を立てて走ってくる姿に、俺は心の中でため息をつく。
せっかくこうして距離を取っているというのに、彼女はなぜ近づいてくるのだろう。
今までどんなに顔を合わせても近づいてくることなどなかったのに、今頃になって。
ふわっと工具箱に腰を下ろすと、ダイドウジは俺をみあげた。
じっと俺を見つめる黒い瞳は、見れば見るほど知世ではないかと錯覚を起こす。
俺はそれが嫌で彼女から目をそらした。
「・・・痛みますか?」
「何が?」
「左手です。」
なぜ彼女は俺の心配をするのか。
赤の他人であるのに。
「何ともない。」
そう言えば隣でくすりと笑う声がした。
「聞いていた通りですね。」
「それも夢でか。」
「驚かれないんですね。」
「あの姫ならそのくらいできてもおかしくはない。」
知世とそっくりの、それこそ魂レベルでそっくりの少女と知世の話をするなんてどこまでも違和感でしかない。
ダイドウジは知世であり、知世ではない。
俺がただ一人忠誠を誓ったあの少女と同じ魂を持つのに、彼女ではない。
そう思うとただただ胸に穴があいてしまったようで、冷たい。
遠い昔に忘れたこの感覚は、きっと寂しさだろう。
これからいろんな世界を旅して、知世と同じ魂を持つ人に出会う度、こんな思いをするのだろうか。
(・・・そんなの・・・)
ポケットに入れたままの左手に細い指が触れる感触があり、その指の望むままに手を取りだす。
固定をするようにと看護師も青年も煩いが、そんなことしなくても俺は日本国にいたころは年中傷が絶えなかったのだ。
このくらいどうということはない。
触れられるとズキリと痛むが、知世と全く同じ触れかたをするダイドウジの白魚のような手は、嫌いじゃなかった。
「無理せず早く治してください。」
ダイドウジはそう言うと立ち上がり、俺の前に立った。
昔から俺と知世の身長差は変わらない。
彼女は俺よりも頭ひとつ小さな姫。
俺は彼女を守るための忍。
なのに彼女はいつも。
「顔にも傷を作ってしまって・・・
貴方も女の子なのですから。」
と言って辛そうに笑うのだ。
そう、目の前のダイドウジのように。
彼女はいつも俺の傍にいた。
俺が守るために、傍にいてくれた。
だから俺は、強くなれた。
どんな死闘も生き残ってこれた。
手を握りしめれば、左手がズキリと痛んだ。
「・・・夢の中の姫は・・・」
その先はどうも言葉にならなかった。
ダイドウジは俺を見上げ、少し微笑んだ。
「最後までおっしゃってくださいな。」
俺は星の見えない空を見上げて、言葉を探す。
結局出てきたのは。
「夢の中の知世はどうだった。」
そんな曖昧でありきたりな言葉だった。
「お元気でしたわ。
貴方のことを話すとき、とても楽しそうでした。」
思わず鼻で笑う。
「またふざけたことを言っていたんだろう。」
「いいえ。」
透き通った声が、車の音の中で俺の耳に届く。
どうして彼女の声はこんなにきれいなんだろうと、幼いころから思っていた。
それはきっと、お姫様だからなのだと一人頷いていたけれど、本当は違う。
「貴方なら本当の強さを、きっとわかるだろうから、と。」
ダイドウジの黒い瞳が、俺を見る。
その瞳の向こうに、知世が見える気がした。
彼女はきっと、人を導くために、美しい声を持つのだ。
それは月読の使命。
誰をも魅了するその声は、彼女の才能であり、さだめ。
(確かに今、お前の声は俺に届いた。)
「口に合いますか?」
妹ノ山君に声をかけられて、笑顔を返す。
この料理は彼の会社のレストランのものだっけ。
「うん、おいしいよ。
この国は文明が発達していてすごいねぇ。」
「そんなふうに国の文明を見れる貴方の頭脳も、素晴らしいと思います。」
変わっている子だなぁと思う。
彼もやはり、大きな会社を運営しているからだろうか。
「貴方がたはとても不思議ですね。
この日本の人たちにはない、とても強いものを持っていて、私たちはそれに引きつけられているような気がします。」
楽しそうに浅野君たちと話す小狼君を見ながら、彼はつぶやいた。
「羽根をお返しすることができましたから、もう次の国へと行ってしまわれるんでしょう?」
「そうだねぇ。
モコナの気分次第かな。」
「自由でうらやましい。」
そう言ってしまえば聞こえがいいが、俺達は皆、何かをなすためにこの宙ぶらりんな旅に出ていると言っても過言ではない。
失ったものを取り戻すため。
離れた場所へ帰るため。
元いた場所に帰らないため。
でもオレたちに課せられた本当の目的に対するオレたちの存在は、もっと宙ぶらりんだ。
きっとあの男の中の未来に、オレ達は存在しないから。
「オレにしてみれば、君みたいに守らなければならない居場所がある君たちはうらやましいよ。」
そう言えば彼は少しだけ驚いた顔をして、そして困ったように笑った。
「すみません。
ないものねだりですね。」
彼はふと料理を眺める。
「確かに、貴方がたはうらやましいですが、私はここが好きです。」
ワインの入ったグラスをくるりと回して、彼はオレの顔を見た。
「でも、きっと貴方もそうなんでしょうね。」
この驚きは、日本国にきてから2回目だ。
「貴方も皆さんとの旅がお好きなんでしょう。
見ていればわかりますよ。」
その優しい笑顔が告げる言葉はひどくオレには苦しくて、下手な笑顔を浮かべることしかできなかった。
「・・・みんな寝ちゃったね。」
ぽつりと背中から聞こえてきた声。
「ああ。」
瓶を傾けると最後の一口が喉に流れ込んだ。
(御馳走様。)
宴会は深夜まで続き、皆ずいぶん飲んで騒いで話したが、それも酒と共に眠りに落ちて行った様子。
広い部屋のなかでボディーガードまで含めて皆が眠っている。
俺と青年は背もたれのない丸椅子に背中合わせで腰かけ、その惨状を眺めていた。
(この程度で眠るなんて、ボディーガードとして大丈夫なのだろうか。)
「寝ないのか?」
問いかければ、小さく笑うように背中が震えた。
(何かあったのだろうか。)
少しだけ不安になる。
「黒たんは?」
「眠くはない。」
「そう。」
傍で眠る浅野の手にある瓶にはまだ酒が十分に残っているのを見つけ、少し右手を伸ばして酒を手に入れる。
その瞬間、左手にズキリと痛みが走り、瓶の中の酒がちゃぽんと揺れた。
「・・・なんだ?」
振り返ってみれば、青年が左手に触れている。
それは意図的で。
「んーなんていうか、興味?
痛む?」
つんつんとつつく青年に、ため息を漏らす。
突かれるたびに骨に響いて痛みを伴う。
「いや。」
「・・・嘘だ。」
そう言って青年はため息をついた。
「黒たん、オレ、変わっちゃったんだね。」
蒼い目が揺れている。
ほんのり頬が赤いのを見ると、少しばかり酔っているのだろうか。
(感傷的になるタイプか。)
再び後ろを向けば青年も後ろを向く気配がしたので、その背中にもたれた。
「面倒な男・・・。」
俺の言葉に、背中越しでもへにゃりと曲がった眉が容易に想像できる。
面倒という言葉で、自分の気持ちをごまかしている俺だって、きっと変わっているのだ。
「ごめんねー」
お気楽を装うその声に、どこか寂しさが含まれているのも気づく俺も。
「・・・変わらずに在る者など、死者に等しい。」
ゆっくりと背中が離れていくのを感じて、俺も体勢を直し、振り返る。
蒼い目がじっと俺の目を見てくる。
言葉の先を促すように。
俺は青年が求めている言葉も、逃げ続けなければならない理由も、彼の過去も知らないが、
唯一つ理解していることはある。
「お前はここで生きている。
少年と、少女と、白饅頭と、俺の傍らで、生きている。」
ゆっくりと腕が伸びてきて、俺を引き寄せた。
バランスを崩して、何とか立て直そうとしたけれど、結局青年の胸の中に納まる。
納まってしまえば思いのほかそこは落ち着いて、細く見えるが触れるとやはり思いのほかしっかりとした背中に手を回して撫でる。
小さく震える肩も、かみしめる唇も、見なかったことにしてやる。
だから、
(明日の朝、少年と少女には笑顔を見せてやってくれ。
いつも通りの、笑顔を。)
起きたらみんな倒れていてびっくりしたけれど、どうやらお酒をのんで酔っ払っていただけみたいでほっとした。
小狼君も頭が痛いって青い顔していた。
いつもは酔っ払うことを気にして飲まない小狼君が二日酔になるなんて、昨日は本当に楽しかったんだろうな。
私も起きていたかったな、なんて。
二日酔のみんなのためにミックスジュースを作って、ファイさんや黒鋼さんと一緒に配る。
2人は二日酔になっていないみたい。
こんなときも大人だなぁと思ってしまうし、頼もしくてかっこいいい2人がちょっと誇らしい。
ファイさんと黒鋼さんがいてくれるから私と小狼君は頑張れるし、心からたのしめるんだろうな。
いつでも私たちを待っていてくれる温かい存在に、感謝してもしきれない。
だから私は、出来るだけ笑顔でいたいなって思う。
ファイさんと、黒鋼さんと、それからモコちゃんや小狼君にも、私は幸せだって伝えたいから。
あ、それからもちろん、こんな旅に送りだしてくれた魔女さんにも。
モコちゃんにお願いして魔女さんとお話しできるようにしてもらった。
知世ちゃんに手伝ってもらって、魔女さんにホワイトデーのお返しを兼ねてお礼にお洋服を作ったから、渡したくて。
・・・こんなお礼ひとつも自分で満足に作れない私だけど。
「楽しそうね。」
そんな魔女さんの言葉に、私は精一杯の笑顔で答える。
「みんながいてくれるから。」
それからしっかり頭を下げる。
「それからもちろん魔女さんも。
本当にありがとうございます。」
魔女さんは口の端を上げて怪しげに、でもとても綺麗に笑った。
そうこうしているうちにモコちゃんが移動の準備を始めた。
「次の世界に行くのー?」
ファイさんののんびりした明るい声が好き。
「うん!」
モコちゃんの元気いっぱいな声も好き。
「ありがとうございました。」
小狼君の落ち着いた頼もしい声も好き。
「有り難う!」
そう言って知世ちゃん達に手を振れば日本国の人たちはびっくりした顔をしていて、近くにいた知世ちゃんと顔を合わせて笑う。
「知世ちゃん、また会えるよね。」
それは自分でもどうしてか分からないけれど、どこか確信に満ちていて。
「ええ。
この国には次元を渡る設備はまだありませんが、我が社が必ず作ってみせますわ。
だからまた、お会いできます。」
知世ちゃんの、ふわふわした温かい声も好き。
自然と笑顔になっちゃう。
知世ちゃんの視線が私から離れて、隣の黒鋼さんに向いた。
優しい黒い瞳が、言葉を待っている。
それは黒鋼さんが何か言うことを知っているかのような、そんなある種の絆が見える瞳で、なんだかうらやましくなっちゃう。
「・・・夢で、知世姫にあったら伝えてくれ。
必ず帰る、とな。」
知世ちゃんはとてもきれいに笑って、
「はい。」
と返事をした。
その時、黒鋼さんの目がとても優しく笑っていたのを知っているのは、きっと隣にいた私だけなんだろうな。
乾杯には同席したが、その後は気づかれないうちに酒を取って外に出た。
妙に騒がしい中にいるよりも、やはり俺は気に入った酒を片手に外の風にあたっている方が向いている。
ここは夜も明るいから、星はほとんど見えない。
明るいというのは便利なものだが、星が見えないのと引き換えであるならば日本国ではご遠慮願いたいところだ。
とととと
軽い足音を立てて走ってくる姿に、俺は心の中でため息をつく。
せっかくこうして距離を取っているというのに、彼女はなぜ近づいてくるのだろう。
今までどんなに顔を合わせても近づいてくることなどなかったのに、今頃になって。
ふわっと工具箱に腰を下ろすと、ダイドウジは俺をみあげた。
じっと俺を見つめる黒い瞳は、見れば見るほど知世ではないかと錯覚を起こす。
俺はそれが嫌で彼女から目をそらした。
「・・・痛みますか?」
「何が?」
「左手です。」
なぜ彼女は俺の心配をするのか。
赤の他人であるのに。
「何ともない。」
そう言えば隣でくすりと笑う声がした。
「聞いていた通りですね。」
「それも夢でか。」
「驚かれないんですね。」
「あの姫ならそのくらいできてもおかしくはない。」
知世とそっくりの、それこそ魂レベルでそっくりの少女と知世の話をするなんてどこまでも違和感でしかない。
ダイドウジは知世であり、知世ではない。
俺がただ一人忠誠を誓ったあの少女と同じ魂を持つのに、彼女ではない。
そう思うとただただ胸に穴があいてしまったようで、冷たい。
遠い昔に忘れたこの感覚は、きっと寂しさだろう。
これからいろんな世界を旅して、知世と同じ魂を持つ人に出会う度、こんな思いをするのだろうか。
(・・・そんなの・・・)
ポケットに入れたままの左手に細い指が触れる感触があり、その指の望むままに手を取りだす。
固定をするようにと看護師も青年も煩いが、そんなことしなくても俺は日本国にいたころは年中傷が絶えなかったのだ。
このくらいどうということはない。
触れられるとズキリと痛むが、知世と全く同じ触れかたをするダイドウジの白魚のような手は、嫌いじゃなかった。
「無理せず早く治してください。」
ダイドウジはそう言うと立ち上がり、俺の前に立った。
昔から俺と知世の身長差は変わらない。
彼女は俺よりも頭ひとつ小さな姫。
俺は彼女を守るための忍。
なのに彼女はいつも。
「顔にも傷を作ってしまって・・・
貴方も女の子なのですから。」
と言って辛そうに笑うのだ。
そう、目の前のダイドウジのように。
彼女はいつも俺の傍にいた。
俺が守るために、傍にいてくれた。
だから俺は、強くなれた。
どんな死闘も生き残ってこれた。
手を握りしめれば、左手がズキリと痛んだ。
「・・・夢の中の姫は・・・」
その先はどうも言葉にならなかった。
ダイドウジは俺を見上げ、少し微笑んだ。
「最後までおっしゃってくださいな。」
俺は星の見えない空を見上げて、言葉を探す。
結局出てきたのは。
「夢の中の知世はどうだった。」
そんな曖昧でありきたりな言葉だった。
「お元気でしたわ。
貴方のことを話すとき、とても楽しそうでした。」
思わず鼻で笑う。
「またふざけたことを言っていたんだろう。」
「いいえ。」
透き通った声が、車の音の中で俺の耳に届く。
どうして彼女の声はこんなにきれいなんだろうと、幼いころから思っていた。
それはきっと、お姫様だからなのだと一人頷いていたけれど、本当は違う。
「貴方なら本当の強さを、きっとわかるだろうから、と。」
ダイドウジの黒い瞳が、俺を見る。
その瞳の向こうに、知世が見える気がした。
彼女はきっと、人を導くために、美しい声を持つのだ。
それは月読の使命。
誰をも魅了するその声は、彼女の才能であり、さだめ。
(確かに今、お前の声は俺に届いた。)
「口に合いますか?」
妹ノ山君に声をかけられて、笑顔を返す。
この料理は彼の会社のレストランのものだっけ。
「うん、おいしいよ。
この国は文明が発達していてすごいねぇ。」
「そんなふうに国の文明を見れる貴方の頭脳も、素晴らしいと思います。」
変わっている子だなぁと思う。
彼もやはり、大きな会社を運営しているからだろうか。
「貴方がたはとても不思議ですね。
この日本の人たちにはない、とても強いものを持っていて、私たちはそれに引きつけられているような気がします。」
楽しそうに浅野君たちと話す小狼君を見ながら、彼はつぶやいた。
「羽根をお返しすることができましたから、もう次の国へと行ってしまわれるんでしょう?」
「そうだねぇ。
モコナの気分次第かな。」
「自由でうらやましい。」
そう言ってしまえば聞こえがいいが、俺達は皆、何かをなすためにこの宙ぶらりんな旅に出ていると言っても過言ではない。
失ったものを取り戻すため。
離れた場所へ帰るため。
元いた場所に帰らないため。
でもオレたちに課せられた本当の目的に対するオレたちの存在は、もっと宙ぶらりんだ。
きっとあの男の中の未来に、オレ達は存在しないから。
「オレにしてみれば、君みたいに守らなければならない居場所がある君たちはうらやましいよ。」
そう言えば彼は少しだけ驚いた顔をして、そして困ったように笑った。
「すみません。
ないものねだりですね。」
彼はふと料理を眺める。
「確かに、貴方がたはうらやましいですが、私はここが好きです。」
ワインの入ったグラスをくるりと回して、彼はオレの顔を見た。
「でも、きっと貴方もそうなんでしょうね。」
この驚きは、日本国にきてから2回目だ。
「貴方も皆さんとの旅がお好きなんでしょう。
見ていればわかりますよ。」
その優しい笑顔が告げる言葉はひどくオレには苦しくて、下手な笑顔を浮かべることしかできなかった。
「・・・みんな寝ちゃったね。」
ぽつりと背中から聞こえてきた声。
「ああ。」
瓶を傾けると最後の一口が喉に流れ込んだ。
(御馳走様。)
宴会は深夜まで続き、皆ずいぶん飲んで騒いで話したが、それも酒と共に眠りに落ちて行った様子。
広い部屋のなかでボディーガードまで含めて皆が眠っている。
俺と青年は背もたれのない丸椅子に背中合わせで腰かけ、その惨状を眺めていた。
(この程度で眠るなんて、ボディーガードとして大丈夫なのだろうか。)
「寝ないのか?」
問いかければ、小さく笑うように背中が震えた。
(何かあったのだろうか。)
少しだけ不安になる。
「黒たんは?」
「眠くはない。」
「そう。」
傍で眠る浅野の手にある瓶にはまだ酒が十分に残っているのを見つけ、少し右手を伸ばして酒を手に入れる。
その瞬間、左手にズキリと痛みが走り、瓶の中の酒がちゃぽんと揺れた。
「・・・なんだ?」
振り返ってみれば、青年が左手に触れている。
それは意図的で。
「んーなんていうか、興味?
痛む?」
つんつんとつつく青年に、ため息を漏らす。
突かれるたびに骨に響いて痛みを伴う。
「いや。」
「・・・嘘だ。」
そう言って青年はため息をついた。
「黒たん、オレ、変わっちゃったんだね。」
蒼い目が揺れている。
ほんのり頬が赤いのを見ると、少しばかり酔っているのだろうか。
(感傷的になるタイプか。)
再び後ろを向けば青年も後ろを向く気配がしたので、その背中にもたれた。
「面倒な男・・・。」
俺の言葉に、背中越しでもへにゃりと曲がった眉が容易に想像できる。
面倒という言葉で、自分の気持ちをごまかしている俺だって、きっと変わっているのだ。
「ごめんねー」
お気楽を装うその声に、どこか寂しさが含まれているのも気づく俺も。
「・・・変わらずに在る者など、死者に等しい。」
ゆっくりと背中が離れていくのを感じて、俺も体勢を直し、振り返る。
蒼い目がじっと俺の目を見てくる。
言葉の先を促すように。
俺は青年が求めている言葉も、逃げ続けなければならない理由も、彼の過去も知らないが、
唯一つ理解していることはある。
「お前はここで生きている。
少年と、少女と、白饅頭と、俺の傍らで、生きている。」
ゆっくりと腕が伸びてきて、俺を引き寄せた。
バランスを崩して、何とか立て直そうとしたけれど、結局青年の胸の中に納まる。
納まってしまえば思いのほかそこは落ち着いて、細く見えるが触れるとやはり思いのほかしっかりとした背中に手を回して撫でる。
小さく震える肩も、かみしめる唇も、見なかったことにしてやる。
だから、
(明日の朝、少年と少女には笑顔を見せてやってくれ。
いつも通りの、笑顔を。)
起きたらみんな倒れていてびっくりしたけれど、どうやらお酒をのんで酔っ払っていただけみたいでほっとした。
小狼君も頭が痛いって青い顔していた。
いつもは酔っ払うことを気にして飲まない小狼君が二日酔になるなんて、昨日は本当に楽しかったんだろうな。
私も起きていたかったな、なんて。
二日酔のみんなのためにミックスジュースを作って、ファイさんや黒鋼さんと一緒に配る。
2人は二日酔になっていないみたい。
こんなときも大人だなぁと思ってしまうし、頼もしくてかっこいいい2人がちょっと誇らしい。
ファイさんと黒鋼さんがいてくれるから私と小狼君は頑張れるし、心からたのしめるんだろうな。
いつでも私たちを待っていてくれる温かい存在に、感謝してもしきれない。
だから私は、出来るだけ笑顔でいたいなって思う。
ファイさんと、黒鋼さんと、それからモコちゃんや小狼君にも、私は幸せだって伝えたいから。
あ、それからもちろん、こんな旅に送りだしてくれた魔女さんにも。
モコちゃんにお願いして魔女さんとお話しできるようにしてもらった。
知世ちゃんに手伝ってもらって、魔女さんにホワイトデーのお返しを兼ねてお礼にお洋服を作ったから、渡したくて。
・・・こんなお礼ひとつも自分で満足に作れない私だけど。
「楽しそうね。」
そんな魔女さんの言葉に、私は精一杯の笑顔で答える。
「みんながいてくれるから。」
それからしっかり頭を下げる。
「それからもちろん魔女さんも。
本当にありがとうございます。」
魔女さんは口の端を上げて怪しげに、でもとても綺麗に笑った。
そうこうしているうちにモコちゃんが移動の準備を始めた。
「次の世界に行くのー?」
ファイさんののんびりした明るい声が好き。
「うん!」
モコちゃんの元気いっぱいな声も好き。
「ありがとうございました。」
小狼君の落ち着いた頼もしい声も好き。
「有り難う!」
そう言って知世ちゃん達に手を振れば日本国の人たちはびっくりした顔をしていて、近くにいた知世ちゃんと顔を合わせて笑う。
「知世ちゃん、また会えるよね。」
それは自分でもどうしてか分からないけれど、どこか確信に満ちていて。
「ええ。
この国には次元を渡る設備はまだありませんが、我が社が必ず作ってみせますわ。
だからまた、お会いできます。」
知世ちゃんの、ふわふわした温かい声も好き。
自然と笑顔になっちゃう。
知世ちゃんの視線が私から離れて、隣の黒鋼さんに向いた。
優しい黒い瞳が、言葉を待っている。
それは黒鋼さんが何か言うことを知っているかのような、そんなある種の絆が見える瞳で、なんだかうらやましくなっちゃう。
「・・・夢で、知世姫にあったら伝えてくれ。
必ず帰る、とな。」
知世ちゃんはとてもきれいに笑って、
「はい。」
と返事をした。
その時、黒鋼さんの目がとても優しく笑っていたのを知っているのは、きっと隣にいた私だけなんだろうな。