ピッフル国
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救助隊の乗り物から降り、直に病院へ、という言葉を適当に流し、少年たちのところに行こうと思ったら肩を叩かれた。
「・・・何か用か。」
「せっかく迎えに来てあげたのに、他に返事のしかたはないの、黒りん?」
ヘラリとわらった青年がお出迎えと来たものだ。
他に返事など用意していない。
近くの壁に設置されたテレビに目を向ければ、少女も無事に渓谷を脱したようで、滝の前で他の機体と一緒に立ち止まってしまっている。
どうやら行き止まりのようだ。
魂はやはり一緒なのだろうか、ダイドウジ主催だけあってコースも凝っている。
この滝の向こうがゴールだが、あまり水をかぶってはドラゴンフライは空を飛べなくなってしまう。
どうしたものか。
何を決意したのか、少女がハンドルをぎゅっと握る。
あれはアクセルを踏み込む時の癖だ。
ということは。
「え?」
隣で青年が間抜けな声を上げる。
俺も思わず画面を凝視した。
ウィニングエッグ号が滝に向かって全速力で飛んでいる。
今頃控室で少年も驚きのあまり絶叫していることだろう。
そう思うと少し笑えてしまう。
大丈夫なのだ、少女は神の愛娘。
きっとなにか驚くようなことをしでかしてくれる。
一瞬映像が途切れ、次の瞬間には少女が滝から飛び出してゴールしていた。
ファンファーレが鳴り響き、紙吹雪が舞う。
少女は一瞬ポカンとして、それから嬉しそうに歓声を上げていた。
隣の青年が肩の力を抜いて笑顔を見せる。
単純な奴だ。
ウイニングエッグ号は見事優勝。
これで羽根も少女のものだ。
白饅頭と少女がウイニングエッグ号の上で小躍りしている姿が流される。
周りを歩いていたのはスタッフや関係者だろうが、皆彼女のことを褒めているようで、どこか嬉しく感じる俺も、やはり単純なのだろう。
彼女は不思議な力を持っている。
それは青年の持つ魔法と似ているような気がするが、俺にはよくわからない。
でも、その力以上に、彼女は周りを明るく、温かくする生来の気質を持っている。
いつまでも守りたいと、そう思ってしまう。
“姫”というのは、そう言うものなのかもしれない。
そんなことを考えていると、左腕に手がかけられる。
その手は青年のもので。
「じゃーお医者さんに診せに行こうか。」
「面倒だ。」
そう言っても、青年は手を痛まない程度に引っ張って病院の方に連れて行く。
「そう言うと思ったー
お父さんがそんなんじゃ子どもたちが真似するでしょ?」
「・・・それもやめろ。」
青年はいつも以上にへらへらしている。
少女が優勝したからか、それとも。
「そんなことを言いに来たのか?」
尋ねて見れば、青年は少しだけ振り返って、
「それもあるけどー
ちょっと気になって。」
と言った。
こいつも気づいていたのか。
「いろんなレース中にあったアクシデントとさー
黒様がリタイアした間欠泉だっけ?なんか違う気がするんだよねー」
なんやかんやいいつつも、よく見ている。
「・・・最後のはモロに喰らっていたら怪我だけじゃ済まなかっただろうな。」
「サクラちゃんが気づかなかったっていうことは、自然のものでもなかったっていうことかな。
やっぱり知世ちゃんが言っていた通り、不正を働いたのがいたってことかー」
左腕にかけられた青年の手を振り払おうとすれば、ぐいっと強く掴まれて痛みが走る。
言うことを聞いて病院までついていくしかなさそうだ。
呑気なことをいいながら、呑気な顔をしながら、なかなか抜け目ないというか。
「・・・2派な。」
「そうかなぁとはちょっと思ったんだけど、やっぱりそうなの?」
蒼い目がきらりと光る。
なんやかんやいっても、やはり青年はいつも2人の子どものことを心配している。
そこそこにしないと、身を滅ぼすんじゃないかと時々不安になってしまう。
詳しい話を聞きたそうな顔を無視して、俺は病院の受付を見つけ、青年の腕をふりほどいた。
いよいよ表彰式だ。
あちこちにガードマンのスーツ姿のお姉さんがいて、知世ちゃんもずいぶん気を使っているんだろうことがうかがえる。
表彰台の傍にはオレ達レース参加者とスタッフが、知世ちゃんからの表彰を見ることができる特別席が設けられていた。
怪我の治療を終えてから行ったオレと黒たんを、小狼君と龍王君が手を振って迎えてくれた。
「黒鋼さん、怪我は大丈夫ですか?」
「ああ。」
「良かった。」
また嘘ついちゃっている黒たんに思わず苦笑が漏れる。
そうこうしているうちに、ステージにスポットライトが当たり、サクラちゃんの登場だ。
「さぁ!
ついに優勝がきまりました!
ドラゴンフライレース優勝者は!
誰よりも可憐に!
そして誰よりも速く空を駆けたウイニングエッグ号だー!!」
会場が一斉に沸きたつ。
サクラちゃんの優勝を、こんなにたくさんの人も一緒に祝ってくれるなんて、なんだかオレまでくすぐったくなるなぁと思う。
サクラちゃんも少し照れているのか頬を染めて、優勝賞品である羽根を受け取っている。
観客にそれを見せるようにいろんな方向を向いているサクラちゃんは、小狼君の姿を見つけると小さく手を振った。
それに気づいた小狼君もとてもうれしそうで、
それを無邪気に冷やかす龍王君に顔を真っ赤にする小狼君が面白い。
その横でちょっとホッとした顔の黒たん。
手を振れないのは固定していないから。
「怪我酷いのにちゃんと固定しないんだからー」
小声でそう言えば、聞こえないふりをされてしまった。
聞こえているって、オレ分かってるんだからね。
「あんまり大げさにしたらサクラちゃん責任感じちゃうもんねー」
そう言えばやっとこっちを向いてくれた。
「面倒だっただけだ。」
ほらやっぱり聞こえてる。
「そうしておいてあげるよ、お父さん。」
やっぱり優しいな、と思う。
彼女の優しさと強さは、いつもオレ達を支えてくれている。
「でもさ、変わったと思わない?
小狼君は旅の最初は全然笑わなくて、苦しそうで。
サクラちゃんは記憶が揃っていないせいもあるけど、不安そうで。
黒様が仏頂面なのは今も一緒か。」
思わずくすりと笑う。
「でも旅の間に辛いこともあるけど楽しいこともあって、
ああやってあの子たちが自分で頑張って笑っているのを見るとさ、
変わったなぁって思って。」
何、オレなんかいいこといってるね。
周りの空気にのまれて、なんか調子のっちゃってるのかな。
もう一度くすりと笑って黒様を見れば、どこか真剣な面持ちで、でもとても穏やかにオレの方を見ていて、少し驚く。
細い指がオレの頬に伸び、風がいたずらにもてあそぶ髪を耳に掛けた。
細い指先はいつも剣を握っているとは思えないくらい繊細。
そう言えば、髪もずいぶん伸びてきたな。
そのくらいみんなと一緒にいるんだ、変わって当然だよね。
とくに子どもの成長なんて早いし・・・。
「そう思えるお前も、変わったんだろう。」
その言葉は、オレの耳に入っていた歓声を掻き消してしまうほど、威力があった。
赤い瞳は、すっと外されて笑顔のサクラちゃんとその隣の知世ちゃんに注がれている。
言ったのはオレだった。
みんな変わったねって。
でも、まさかその変化に気づいてしまうほど、オレが変わっていたなんて。
この前から少しずつ忠告は受けていたけれど、こう体感してしまうと何とも。
一瞬で凍ってしまったオレの背筋は、辺りの熱気にもかかわらずしばらく解けることはなかった。
表彰式の後に連絡があった時間に、俺たちはピッフルカンパニーの飛行船の前にやってきた。
そこに集まっているのは、今回のレースの参加者たち。
懐かしい顔も、見たくない顔も揃っている。
(片方の妨害者は、あいつらだろう。)
楽しげに談笑する妹之山と浅野だ。
ダイドウジと手を組んでいたのだろう。
彼女が犯人探しに関して本気でないことは分かっている。
ー誰があんなことをしたのか突きとめて、必ず捜し出しますわ。ー
あの言葉が嘘で、本当に彼女が子どもたちを傷つける存在だったならばと思った日もあったが、レースに参加して確信した。
(あいつらの妨害は、妨害以上の意図がある。)
受付を済ませ、順に飛行船に乗り込む。
どうやら初めて乗るらしい少年と少女はすっかり興奮しているようだ。
モコナもそろってきゃっきゃと騒いでいる。
問題はもう片方だ。
それが見つけられない限り、子どもたちから目を離せない。
なぜならその犯人は、相手を殺してしまってもかまわないと思っているからだ。
そう考えると、俺達の知らないところで2派の攻防があったとも考えられなくはない。
配られた飲み物を右手で持ち、子どもたちから目を離さないように視界に入れつつ、ダイドウジに目を向ける。
すると不意にダイドウジと目が合い、向こうが微笑んだ。
(魂は同じ・・・か。)
俺も小さく笑みを返す。
ダイドウジの挨拶があり、続いて乾杯。
「サクラかっこよかったよー」
「本当にね。」
お酒を片手に青年とモコナが少女に言えば、恥ずかしそうに頬を染めた。
「黒鋼さん、手は大丈夫ですか?」
こんな祝いの席でも心配するところが、彼女の好かれる理由なのかもしれないが、そんなことは気にする必要なんてないのに。
「ああ。」
「黒鋼さん、私に言いましたよね。
隣で見ている人の気持ちも考えるようにって」
確かに言った。
片眉をあげて先を促す。
「黒鋼さんもですよ」
困ったようなその顔に、思わず笑う。
「俺はそう言うのは向かない。
根っからの忍びだからな。
……だが、礼を言う」
姫は少し残念そうな顔をしたけれど、それ以上は何も言わなかった。
次に青年に目を向ける。
「ファイさんは?」
「全然平気ー」
そして少年へ。
「小狼君、怪我は?」
「大丈夫ですよ。」
「ほんとに?
嘘じゃない?
我慢していない?」
彼の言葉は信用できないのだろうか。
ずいずいと詰め寄る少女に、少年は慌てている。
「ほ・・・本当です。」
ぎゅっと羽根が封印されたトロフィーを抱きしめる姿は、本当に嬉しそうで、とりかこむ3人と1匹は安堵を隠しきれない。
「開けないんですか?」
「羽根が戻ったら眠ってしまうかもしれないから。
知世ちゃんにきちんとお礼を言いたいの。
主催者さんでまだ忙しいみたいだから。
それからみんなにも言いたいの。」
少女の手が少年の手とつながるり、そして視線が俺達の方にも向けられる。
「モコちゃんと、ファイさんと、黒鋼さんと、小狼君がいてくれたから勝てた。」
この子はどこまで澄んでいるのだろう。
温かいのだろう。
いつまでも、いつまでも、このままでいてほしいと、強く願ってしまうほど。