ピッフル国
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「4人そろって予選通過ということで、かんぱーい!」
呑気にグラスを合わせる3人と1匹を傍目に、黒りんはお酒を口に運ぶ。
「あー黒鋼先に飲んじゃってるー!
いけないんだー」
モコナの指摘にふんと顔をそむけていて、相変わらずだ。
「でもサクラちゃん頑張ったねー」
そう言えば嬉しそうに頬を染めた。
「ありがとうございます」
「でもなんかびっくりしたね。リタイアたくさん出たし」
「ドラゴンフライは調整が難しいと言いますし」
困った顔の小狼君。
決勝のことも心配しているのかな。
「んーでもねー
あとで予選通過した人に聞いてみたけど、あれだけリタイアが多いのは初めてだって」
ちらりと目を向ければ、黒様の目がちょっぴり怖くなっている。
小狼君とサクラちゃんがちょっと危ない目にあったんだもんねぇ。
「仕掛けがあったんだろう」
あれはもう気づいていたって言う顔だな。
「おれは飛んでくる機体を避けるのに必死で、何も気づけませんでした」
「そうだよね。
サクラちゃんは?」
モコナと楽しげに話しているサクラちゃんに話を振れば。
「キラキラしてました!
煙がキラキラしていたの!
その中びゅーんて飛んだの!」
キラキラした笑顔で立ちあがって手を広げる。
黒様が頭を抱えている。
「そうだ飛ばなきゃ!」
ぐっと握りこぶしを作って外に飛び出したサクラちゃん。
「待ってください!姫!」
それを追いかける小狼君。
「……飲ませるなと言ったはずだが」
眉間にしわを寄せた黒りんがサクラちゃんのコップの匂いを嗅ぐオレの傍にやってくる。
「オレじゃないよ。
モコナのにも入っているから、犯人はモコナかな?」
楽しいのは大好き。
にぎやかなのも大好き。
それはモコナもオレも、たぶん一緒。
「うわぁ姫!!」
派手な音を立てて飛び損ねたドラゴンフライが落ちる音がする。
「押さえていろよ小僧」
ため息をつきながらお父さん出動。
その後ろ姿を見送るオレは、そんな温かさが少し嫌いだ。
大暴れのサクラちゃんは、捕まえて、黒たんがお姫様抱っこで運べば面白いほどすぐ寝てしまった。
サクラちゃんを覗く小狼くんの嬉しそうな表情に胸が温かくなる。
「おれも早めに休みます」
「そう?じゃあお休み」
黒様はひょいっと手を上げて、小狼くんとサクラちゃんに背を向け、オレもそれに続いて階段を降りる。
窓の外は街明かりが美しい。
「平和だね」
「ああ」
白い壁に指先を滑らせて階段を降りる黒様。
歩く度にポニーテールがしなやかに揺れる。
白い首筋に後毛が艶めかしい。
本当に、日本国の人は彼女を男と思っていたのだろうか。
俄には信じられないが、確かに小狼くんの例もある。
リビングに戻ると黒様はまた酒のボトルを手に取った。
その様子を見ていると、気まずそうに眉を顰める。
「……これで最後だ」
ボトルを少し傾けてみせる。
飲み過ぎを咎めて見ているとでも思ったのだろう。
なんだかおかしくて笑ってしまった。
「うん、オレもこれで最後にしようかな」
ソファの隣に腰掛ける。
この国のテレビには、いろんな情報が流れる。
面白い恋愛劇、サスペンス、ニュースに歌……ダラダラと垂れ流す情報。
ニュースは時折薄暗いものも流れるが、セレスで経験した惨事に比べればどうということもない。
「……穏やかな、いい国だな」
深い呟きだった。
黒様の故郷はどうだったのだろう。
彼女の戦闘能力を見る限り、この国よりは危険だったに違いない。
以前両親も他界していると話していた。
彼の世界の龍王君も、失っていたはずだ。
彼女の過去を知りたいーーそんな気持ちが掠める。
血生臭い過去を多く背負うのだろうが、心優しい彼女には、きっと多くの出会いがあったに違いない。
そう思うとどこか心の奥がちくりと痛んだ。
「……そうだね」
月並みな返事に、彼女は優雅に酒を飲み干した。
「おっはよー」
予選の次の日だからか、黒様の朝はいつもよりも少し遅かった。
ちらりと辺りを見て何かを探している様子。
すぐに2人を気に掛ける辺り、お父さん度が増している気がする。
「小狼君たちは買い物に行ってくれてるよ」
「あれだけ騒いで早起きか」
腰に手を当てため息。
オレは立ちあがってキッチンに向かう。
「まぁまぁ、お父さん朝ご飯にしようよ」
「誰がお父さんだ」
彼女は自分が少しずつ表情を表に出すようになってきたことに気づいているのだろうか。
オレ達と旅が始まってもう1年近くなる。
彼女も忍という影の仕事から離れて、少しずつ本来の自分を取り戻してきているということなのだろうか。
テレビから流れる映像に黒りんが映される。
「昨日のレースのだー
ひゅー、黒様かっこいい!」
口でひゅーという度、黒たんの視線が痛い。
「これ見ている人は黒たんが子持ちだとは知らないんだろうねぇ」
ついからかいたくなってしまう。
「だからその話題から離れろ」
くすくす笑いが止まらないまま、キッチンでホットケーキを焼く。
ここのキッチンはとても便利。
桜都国もとても簡単だったけれど、ここはボタン一つで机が熱くなって加熱できたり、箱に入れると一瞬で温まったり。
調味料のケースには計り機能がついていて、大抵は自動で計ってくれるんだ。
ミルクパンでホットミルクを作りながら、ウインナーを炒めて、ホットケーキをひっくり返して、はちみつを出して、
「ありがとう」
黒たんが差し出したお皿に盛りつけていく。
椅子に座った黒りんの前にお皿やコップを並べて、
「はいどうぞ」
そう言えば、黒様はにやりと笑った。
「ありがとう、母さん」
オレは思わず目を見開いてしまう。
紅い目はオレに軽口を叩いた様子がうかがえないほど、どこか鋭い。
それはオレの心中を探っているようだ。
「……確かに『命にかかわらない程度』だが……」
彼女が忍者という職業から解放されて、自分を取り戻して来ていると思った自分が馬鹿だった。
彼女は生粋の忍者だ。
その観察眼には貼り付けたオレの笑顔なんて無意味だろう。
きっと彼女は昨夜もそう思っていたのだ。
穏やかないい国だと、それはきっと、オレのこんな些細な変化も含めた、彼女の気持ちだったのかもしれないーー
「ここまで入れ込むとこの先どうなるか分からないぞ」
事実を突きつけながらも微かな迷いを見せる瞳から思わず目を逸らす。
忍者としての彼女だけではなく、時折見せるこんな優しいところも、やはりオレを苦しめる。
「……なんのことかなぁ」
何とかそう取りつくろう。
「気づいているならそれでいい」
これは黒たんなりの優しさなのかもしれない。
オレが無意識に彼女たちに近づいていて、後で苦しむことのないように。
でもその優しさは、無意識に近づいていることを自覚するよりもなお、辛い。
首を真綿で占められるようなとは、まさにこのことか。
「いただきます」
小さくつぶやいてホットケーキにフォークとナイフを伸ばす。
そのホットケーキを切るのにはずいぶん慣れたけれど、それでもまだどこか危なっかしい姿。
もしかしたらオレは、もう彼女達のいない日常は考えられない。
本当はこの旅こそが、オレが消してしまうであろう非日常であるはずなのに。