阪神国
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「小狼君は強いねぇ。
いろんな意味で」
ぽつりと呟く男。
巨大な巧断の中にある羽を取り戻すために、今、少年は傷だらけになっている。
「どうして彼に炎の巧断がついたのか、わかる気がするよ」
彼の言葉は、いつもどこか風のようで、
過ぎ去っていくように流れていくのに、髪をもてあそぶように俺に触れる。
「特級の巧断が憑いているだろう、お前も」
だから、思わず返事をするのだ。
「そうだけど……でも、違うよ。
きっとオレは前に持っていた魔力のせいかなって思う」
「そんなことはないだろう」
巧断は心で操ると聞いた。
それに、”前に持っていた”というが、彼の魔力がなくなったわけじゃない。
そのくらいは魔術が使えない俺にも分かる。
「どういう、意味かな?」
俺の言葉に感じるものがあったのか、問い返される。
へにゃんとした目は、少しだけ鋭い。
「前に持っていた魔力などには影響を受けないと言っているんだ」
何かを彼が言う前に、言葉を続ける。
「それから自由人気取りで、人と距離を置こうとするお前は一見掴みどころがない。
風はーー孤独だ」
出会って日はまだ浅い。
でも彼のこの姿が彼本来の姿でないことくらい、見ていればわかる。
自由人に振舞っているように見えて、一方で他人を寄せ付けない。
それは隠したい事がある表れか、自己肯定感の低さの表れか。
少し鎌を掛けて、聞き出す必要がありそうだ。
大きな爆発が立て続けに起きている。
彼の眼がじっとこちらを見ていることを考えると、声は届いているのだろう。
男は少しだけ目を細めて、下手な笑顔を浮かべ、それを隠すようにすぐに俯いた。
彼の金色の髪が顔を隠した。
「オレ、黒たんのそういうところ、嫌いだな」
少し経ってから男はぽつりと漏らし、それが案外本音のようにも見えて、俺は返事を迷った。
彼は折れないために嘘を上塗りし続けてきたに違いない。
隠しているつもりだろうが、職業柄俺にはその心の細さはすぐ見て取れる。
こういう手の者は手駒にされやすい。
裏切りにくく、扱いやすいからだ。
嘘と真実を入り混ぜることで相手を騙すのは定石で、こういう性格の者は自分でも嘘と真の区別ができなくなりがちだ。
それを考えるならば敵を騙すにはもってこいの手駒である。
この男も既に誰かの手駒にされている可能性が高い。
今の彼の様子は嘘か真かーー疑ってしまうのは忍者の性であり、生き残る術だ。
目の前の痛々しさに心を揺さぶられるのは弱者のする事。
俺が今考えねばならないのは、この男をどうするのが正解か。
今ここで手折るべきか、それとも。
「……お前は」
俺はそこで口をつぐむ。
少年が、羽を手に入れたのだ。
「行くぞ」
言葉を紡ぐ代わりに、俺は男の腕をつかんで引いた。
「小僧の勝ちだ」
男は困ったような泣きそうな顔に、一瞬で笑顔を張り付けた。
少年の元へと隣を走る青年の背中を叩き、囁く。
「俺はお前の何も知らない。
でも、勝つぞ。
必ず、だ。
お前にその気がなくとも、あの少年なら、お前も救える力がある」
男は立ち止まって目を見開き、俺は彼をおいて少年に駆け寄る。
鎌をかけたが当たりのようだ。
となればここで彼を手折るのは、馬鹿のすること。
「よくやったな、小僧」
髪をくしゃくしゃにして頭をなでれば、少年は本当に嬉しそうに笑った。
男をちらりと流し見れば息を切らす笑顔の少年の顔を無心に見つめている。
情報を持つこの男、遣わぬ手はない。
「待て小僧!」
黒たんの制止も聞かずに、空ちゃんの下宿が見えてくると小狼君は駆け出す。
「どうして止めるの?」
珍しく焦りの浮かんだ眼がオレを見つめた。
「少女の記憶はない。
そして対価で払った分、少年の記憶など戻るはずがない。
もし、あの羽で目を覚ましたら……」
彼女は聞くだろう。
あなたはだれ?と。
見ず知らずの、少年に。
小狼くんは泣くだろうか。
何よりも大切な少女から、自分が消えていることに。
「焦っても仕方がないよ。
いつかは直面しないといけないんだ。
今避けても、すぐにわかるよ」
黙りこくった黒様。
その足は走ることはないが、いつもよりも早い。
さくらちゃんの部屋に入ると、そこには小狼君がいて、目を開けた女の子が不思議そうに首をかしげていた。
「あなたは記憶を失っていて、一緒に記憶を探す旅をしているんです」
「あなたも一緒に?」
黒りんは、戸惑っていた。
赤い眼が宙に揺れて、足元に落とされる。
小狼君の困惑した空気にのまれている。
完全に。
少し意外だと思った。
彼女は忍者で、オレが首を絞めても平然としていたから。
「はい」
「知らない人なのに、どうして?」
だから今日はオレが小狼君を助けてあげよう、特別だ。
「はじめましてーさくら姫。
オレはファイ・D・フローライトっていいます」
静かに部屋の中央に進み、小狼君に部屋の外に出るように肩をたたく。
するとうつむいたまま、部屋から出て行った。
黒様は心配そうに小狼君の背中を見送っている。
「で、これが」
「モコナ=モドキ!」
手のひらに乗るモコナを手渡すと、サクラちゃんはほんのりと笑った。
「それからこっちの黒いのが、黒たん」
「黒鋼だ」
いつも通りの仏頂面が返ってくる。
「もう少し寝ておいで。
またご飯になったら起こしてあげるから」
そういえば、彼女ははい、と返事をして素直に横になった。
「モコナ、ついていてあげてくれる?」
小さな声で頼めば、シュタっと手を挙げた。
「任せろ!」
返事はもちろん、小さい声で。
オレは黒様に目配せをして部屋から出た。
黒様は玄関の方を見つめて立ち止まってしまった。
小狼君を慰めに行きたいんだろう。
でもそうしたところで何の解決にならないことも分かっているんだろう。
今、抱きしめてあげることで、何が変わるのか。
彼は自分の選んだ対価の重みを、しっかりと味わう必要がある。
それは、これからずっとついて回る苦悩を、受け入れて行くために。
「戻ろう、黒様も少し休んだ方がいい」
黒りんは小さく頷いた。
彼女の足取りは重い。
部屋に入ると窓から庭を見下ろした。
雨の中佇む小さな影。
黒りんは苦しくなんてないはずなのに、その眉寄せられていて、普段無表情なだけあって、それは新鮮だった。
「あの時泣くかと思った」
オレがそういうと、少しだけ間があって返事があった。
「ああ。
でも、泣きたくないなら、強くなるしかない」
そういう君は、何のためにその力を手に入れたのだろうか。
「今は、泣いているのかな」
さぁ、というように黒様の頭がかすかにかしげられた。
「でも、泣きたいときに泣ける強さもあると思うよ」
不意に黒様がこっちを向いた。
珍しくオレが真剣に話しているのにその顔は苦笑を浮かべていて、オレは少しむっとする。
「なに?」
「お前も、そういう意味で強くなれよな」
予想外の言葉にオレは目を見開く。
今日はこんなことばかりだ。
そんなことはお構いなしに黒様が窓から離れていく。
部屋を出ようとするから、思わず呼びとめた。
「どこいくの?」
「夕食の手伝い」
そっけない、いつも通りの返事。
「オレも……オレもいくよー」
だからオレもいつも通りを装う。
君のもっと近くに行ってみたい。
そんな心の声に耳をふさいで。
少年は落ち込んでいた。
少女の前では気丈にふるまってはいるが、やはり俯くことが増えた。
今日も浅野や正義と食事をしたが、どこか元気がない。
仕方がないと言えば仕方がないのだ。
現実を目の当たりにして、落ち込まないほうがおかしい。
だから、少年はまともなのだ。
まともだから、辛い。
でも時間は待ってはくれない。
「もういくんか、まだわいとハニーの愛のコラボ堪能させてへんのにー」
出発の時がやってきた。
「大丈夫?」
「うん、まだちょっと眠いだけだから」
男の声に答える少女。
まだ自我がはっきりしきっていない印象を受ける。
それはきっと記憶が薄いせいだろう。
次もここと同じ、安全な場所とは限らないのだ。
今のように落ち込んだ状況では、少女は守れない。
「小僧」
少女を寂しげに見つめる少年に声をかける。
「はい」
彼はどこか俺と似ている。
奪われることでもたらされるのは孤独だけではないし、孤独が全て悲劇で終わるわけではない。
「下を向くな」
だから、守り抜いて欲しいし、守り抜かせてやりたい。
「やらなきゃならないことがあるなら、前だけ見てろ」
少しだけ驚いたように見上げてくる頭に手を乗せ、かき混ぜる。
彼は強くなる。
まだまだ餓鬼なんだ、よそ見してる暇はない。
「はい!」
まっすぐな少年の目は好きだ。
だから俺が、鍛えてやる。
どんな世界に行っても、大切な人を、守れるように。
この、どこからか感じる視線からも。
