紗羅ノ国
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阿修羅王は消えた夜叉王がまとっていた衣を強く抱きしめている。
どんな言葉なんかより、その姿が彼女の想いの強さを感じさせる。
オレはちらりと黒りんを見る。
ゆっくりと開かれる彼女の黒い瞳は、見えない誰かを見つめているようだった。
今光となって消えた夜叉王に思いをはせているのだろうか。
それとも、また別の誰かを思い起こしているのだろうか。
それだけで胸が締め付けられる気がした。
「小狼、こちらへ」
そんな中で発される阿修羅王の声は、いつもと変わることなく凛として美しいものだった。
遠くからでは何を話しているのか聴くことはできない。
ただ、ひとつはっきりとしていることがある。
(この城は、阿修羅王が制した。
月の城は願を叶えるために存在する。
その願いをかなえた後はどうなる?)
ゴオオオッ
不意に大地が揺れた。
黒様が急にオレの馬に飛び移ってくる。
腹に響く轟音。
聞いた方のないようなその音に、まさかと言う考えが頭をよぎる。
不意に温もりが背後からオレを包んだ。
硬い鎧越しであるはずなのに、不思議と彼女の温もりはそれをも飛び越えて伝わってくる。
耳元に触れる彼女の髪が背筋をぞわりとさせる。
吐息がかかり、唇が触れるかと思う程の距離。
「城が崩れるぞ」
耳に口をつけねば聞こえないほど、辺りは激しい地響きが鳴り響いていた。
その騒音の中ででも、モコナによる通訳で彼女の言葉がすんなりと理解できることに安堵をおぼえる。
ふりかかる天災の広大さにオレは麻痺してしまったのか、
まるでこの世に彼女と2人きりのような錯覚を覚える。
空間が歪み始める。
阿修羅族と夜叉族を同じ場所に呼び寄せることのできた力が、揺らいでいる。
その歪みの隙間に時空の谷が見えた。
なかなかお目見えしないそれは、一度飛び込めばどの時代、どの世界に落とされるかわからない渓谷で、魔法使いの中では注意するよう厳しく指導される。
たとえどんなに危険だろうと、このままあの谷に飛び込み、2人で何処かに消えてしまえればーー
一瞬頭を過ぎる叶わない願い。
必然に絡め取られたオレ達には到底無理な話だし、小狼くん達が心配だ。
オレたちにはオレたちの責任がある。
時空の谷は、あっという間にしゅるんと消えてしまった。
大きな岩が降る間、小狼くんと阿修羅王の姿を、黒りんはじっと見つめていた。
その瞳は次第に、炎のような、そして血のような紅を取り戻し始めていた。
「できる限り待つぞ」
「……そう言うだろうと思った」
オレは馬を落ちつけるために手綱を握り直す。
彼女とオレの考えの差に呆れてしまう。
「先生、お弟子さんの出来はどうでした?」
オレの軽口に、黒たんは軽く眉を寄せた。
「まだまだ、だ。
だが、あいつは強くなった。
独りになって、孤独を知り、そして仲間を知った。
ただ、剣は鍛え直しだがな」
彼女の柔らかな視線に思わず笑みを漏らす。
それを不審げに見る瞳。
真っ赤な瞳。
きっとオレの瞳も、蒼く戻ったことだろう。
これで、オレたちは元通りだ。
半年ぶりの、元通り。
まだ子供の2人と、小さな温かな存在に、どうしてこれほど安堵するのだろうか。
この旅の仲間の中では誰よりも長生きしているはずの自分が。
この旅の目的を知り、その為の駒として使われている自分が。
不意に轟音の中、オレ達の耳にもあの凛とした声が届いた。
「諦めれば、そこですべてが終わる。
願い続けろ。
強く、強く。
たとえ己が何者でも、他者が己に何を強いても、
己の真の願を、願い続けろ」
「今だ!」
黒りんが声をかけてくれなければ、阿修羅王の言葉で固まったオレの思考は再稼働できなかっただろう。
慌てて手綱を引き、馬を走らせる。
ギリギリのところで黒たんが手を伸ばして小狼君の首根っこを捕まえた。
そのまま見えている地上の方に馬を進める。
見慣れない風土から考えるならば、どうやら阿修羅国の方に落ちたらしい。
「鍛え直す必要がありそうだな」
黒様の声が背中でする。
「黒ぽっぽ厳しー」
オレも相槌を打つ。
「黒鋼さん!?ファイさん!?
えっでも、目……赤と蒼!」
「夜叉国にいると黒くなっちゃうみたいなんだよね。
ごめんねぇ、オレたち、半年も前にこっちに落ちたみたいなんだよ」
頭が混乱しているのか、うんうん唸ってしまっている小狼君。
ちらりと黒様を見れば、その瞳は小狼君に向いている。
半年も会わなかったけれど、それほど小狼君に変わったところは見受けられない。
もしかしたらオレ達とは時間の過ぎ方が違っていたのかもしれない、と思う。
「そんなに!?」
この驚き方が証拠だろう。
彼らにしてはそれほどでもないだろうが、オレ達にしたらなんだかとても懐かしい。
黒たんも隠してはいるけれど、相当嬉しいのだろう。
「オレは言葉がわからないし、黒様がなんとかわかったからしゃべるのはすっかり任せていたけど」
だってほら、あんなに優しそうな目をしている。
「だったら月の城で会ったときに教えてくれれば……」
「あれは黒たんが、教えたら意味がないからって」
「そうなんですか……
ありがとうございます」
不意に話が自分に向けられ、黒ぽっぽはどこか不審げな表情を見せる。
「おれのことを考えて、ですよね。
ありがとうございます」
その言葉で分かったのか、彼女は少しだけ琥珀の瞳を見つめ、それから小さくうなずいてそっぽを向いてしまった。
その姿にオレは思わず笑顔が浮かんでしまう。
だって。
「わー黒様照れてる!」
「ちがっ……!!」
黒たんは可愛いところがあるから。
「小狼君!」
久しぶりに聴く澄んだ声に、黒りんもオレのことを忘れて声の方を向く。
「サクラちゃん、久しぶり!」
オレ達の姿を認め、目を輝かせる。
この子も何も変わっていない。
そのことに安堵する。
「ファイさん!黒鋼さん!」
馬から降り、サクラちゃんの腕に抱かれたモコナも含めて久しぶりに5人で集う。
温かい2人の子どもに囲まれて、黒りんも緊張もとけたのだろう。
いつもよりも顔色が明るい。
不意に小狼君の手元が光り、羽根がサクラちゃんの方へと吸い込まれていく。
そしていつものようにサクラちゃんが気を失い、それを支える小狼君。
「羽根、取り戻せた……」
いつも通りの、この世界とのお別れの時間だ。
小狼君はサクラちゃんを抱きしめている。
黒様は、やっとか、という表情で辺りを見回している。
ぽすっ
音を立てて手に入れた温もり。
片手を黒りんの腰に、もう片手を小狼君の肩に回したのだ。
何度抱いても、細いと思う。
この細さで、彼女は今日も戦場を駆けていたのだ。
そう思うと自然と抱く手に力が入る。
「……何をする」
頬の辺りから聞こえる声。
彼女はこんな事をしてもどきりともしないんだろう。
オレはにやりと口の端を上げる。
「また離れちゃうと困るでしょ?」
「待て!
やっぱりお前たちは夜叉族と通じていたのだな!」
倶摩羅の声にオレ達は振り返る。
彼の悲痛な声からは、いかに阿修羅王を慕っていたのかが手に取るように分かった。
この質問に答えるべき人は決まっていた。
「違います」
小狼君は冷静に答える。
「もしそうだとしても、2人の王はもういません。
もし2人の王の亡きがらか、形見が見つかったら、離さず一緒に葬って差し上げてください」
小狼君の哀しみも分かったのだろうか。
倶摩羅は俯き、肩を震わせていた。
どんな言葉なんかより、その姿が彼女の想いの強さを感じさせる。
オレはちらりと黒りんを見る。
ゆっくりと開かれる彼女の黒い瞳は、見えない誰かを見つめているようだった。
今光となって消えた夜叉王に思いをはせているのだろうか。
それとも、また別の誰かを思い起こしているのだろうか。
それだけで胸が締め付けられる気がした。
「小狼、こちらへ」
そんな中で発される阿修羅王の声は、いつもと変わることなく凛として美しいものだった。
遠くからでは何を話しているのか聴くことはできない。
ただ、ひとつはっきりとしていることがある。
(この城は、阿修羅王が制した。
月の城は願を叶えるために存在する。
その願いをかなえた後はどうなる?)
ゴオオオッ
不意に大地が揺れた。
黒様が急にオレの馬に飛び移ってくる。
腹に響く轟音。
聞いた方のないようなその音に、まさかと言う考えが頭をよぎる。
不意に温もりが背後からオレを包んだ。
硬い鎧越しであるはずなのに、不思議と彼女の温もりはそれをも飛び越えて伝わってくる。
耳元に触れる彼女の髪が背筋をぞわりとさせる。
吐息がかかり、唇が触れるかと思う程の距離。
「城が崩れるぞ」
耳に口をつけねば聞こえないほど、辺りは激しい地響きが鳴り響いていた。
その騒音の中ででも、モコナによる通訳で彼女の言葉がすんなりと理解できることに安堵をおぼえる。
ふりかかる天災の広大さにオレは麻痺してしまったのか、
まるでこの世に彼女と2人きりのような錯覚を覚える。
空間が歪み始める。
阿修羅族と夜叉族を同じ場所に呼び寄せることのできた力が、揺らいでいる。
その歪みの隙間に時空の谷が見えた。
なかなかお目見えしないそれは、一度飛び込めばどの時代、どの世界に落とされるかわからない渓谷で、魔法使いの中では注意するよう厳しく指導される。
たとえどんなに危険だろうと、このままあの谷に飛び込み、2人で何処かに消えてしまえればーー
一瞬頭を過ぎる叶わない願い。
必然に絡め取られたオレ達には到底無理な話だし、小狼くん達が心配だ。
オレたちにはオレたちの責任がある。
時空の谷は、あっという間にしゅるんと消えてしまった。
大きな岩が降る間、小狼くんと阿修羅王の姿を、黒りんはじっと見つめていた。
その瞳は次第に、炎のような、そして血のような紅を取り戻し始めていた。
「できる限り待つぞ」
「……そう言うだろうと思った」
オレは馬を落ちつけるために手綱を握り直す。
彼女とオレの考えの差に呆れてしまう。
「先生、お弟子さんの出来はどうでした?」
オレの軽口に、黒たんは軽く眉を寄せた。
「まだまだ、だ。
だが、あいつは強くなった。
独りになって、孤独を知り、そして仲間を知った。
ただ、剣は鍛え直しだがな」
彼女の柔らかな視線に思わず笑みを漏らす。
それを不審げに見る瞳。
真っ赤な瞳。
きっとオレの瞳も、蒼く戻ったことだろう。
これで、オレたちは元通りだ。
半年ぶりの、元通り。
まだ子供の2人と、小さな温かな存在に、どうしてこれほど安堵するのだろうか。
この旅の仲間の中では誰よりも長生きしているはずの自分が。
この旅の目的を知り、その為の駒として使われている自分が。
不意に轟音の中、オレ達の耳にもあの凛とした声が届いた。
「諦めれば、そこですべてが終わる。
願い続けろ。
強く、強く。
たとえ己が何者でも、他者が己に何を強いても、
己の真の願を、願い続けろ」
「今だ!」
黒りんが声をかけてくれなければ、阿修羅王の言葉で固まったオレの思考は再稼働できなかっただろう。
慌てて手綱を引き、馬を走らせる。
ギリギリのところで黒たんが手を伸ばして小狼君の首根っこを捕まえた。
そのまま見えている地上の方に馬を進める。
見慣れない風土から考えるならば、どうやら阿修羅国の方に落ちたらしい。
「鍛え直す必要がありそうだな」
黒様の声が背中でする。
「黒ぽっぽ厳しー」
オレも相槌を打つ。
「黒鋼さん!?ファイさん!?
えっでも、目……赤と蒼!」
「夜叉国にいると黒くなっちゃうみたいなんだよね。
ごめんねぇ、オレたち、半年も前にこっちに落ちたみたいなんだよ」
頭が混乱しているのか、うんうん唸ってしまっている小狼君。
ちらりと黒様を見れば、その瞳は小狼君に向いている。
半年も会わなかったけれど、それほど小狼君に変わったところは見受けられない。
もしかしたらオレ達とは時間の過ぎ方が違っていたのかもしれない、と思う。
「そんなに!?」
この驚き方が証拠だろう。
彼らにしてはそれほどでもないだろうが、オレ達にしたらなんだかとても懐かしい。
黒たんも隠してはいるけれど、相当嬉しいのだろう。
「オレは言葉がわからないし、黒様がなんとかわかったからしゃべるのはすっかり任せていたけど」
だってほら、あんなに優しそうな目をしている。
「だったら月の城で会ったときに教えてくれれば……」
「あれは黒たんが、教えたら意味がないからって」
「そうなんですか……
ありがとうございます」
不意に話が自分に向けられ、黒ぽっぽはどこか不審げな表情を見せる。
「おれのことを考えて、ですよね。
ありがとうございます」
その言葉で分かったのか、彼女は少しだけ琥珀の瞳を見つめ、それから小さくうなずいてそっぽを向いてしまった。
その姿にオレは思わず笑顔が浮かんでしまう。
だって。
「わー黒様照れてる!」
「ちがっ……!!」
黒たんは可愛いところがあるから。
「小狼君!」
久しぶりに聴く澄んだ声に、黒りんもオレのことを忘れて声の方を向く。
「サクラちゃん、久しぶり!」
オレ達の姿を認め、目を輝かせる。
この子も何も変わっていない。
そのことに安堵する。
「ファイさん!黒鋼さん!」
馬から降り、サクラちゃんの腕に抱かれたモコナも含めて久しぶりに5人で集う。
温かい2人の子どもに囲まれて、黒りんも緊張もとけたのだろう。
いつもよりも顔色が明るい。
不意に小狼君の手元が光り、羽根がサクラちゃんの方へと吸い込まれていく。
そしていつものようにサクラちゃんが気を失い、それを支える小狼君。
「羽根、取り戻せた……」
いつも通りの、この世界とのお別れの時間だ。
小狼君はサクラちゃんを抱きしめている。
黒様は、やっとか、という表情で辺りを見回している。
ぽすっ
音を立てて手に入れた温もり。
片手を黒りんの腰に、もう片手を小狼君の肩に回したのだ。
何度抱いても、細いと思う。
この細さで、彼女は今日も戦場を駆けていたのだ。
そう思うと自然と抱く手に力が入る。
「……何をする」
頬の辺りから聞こえる声。
彼女はこんな事をしてもどきりともしないんだろう。
オレはにやりと口の端を上げる。
「また離れちゃうと困るでしょ?」
「待て!
やっぱりお前たちは夜叉族と通じていたのだな!」
倶摩羅の声にオレ達は振り返る。
彼の悲痛な声からは、いかに阿修羅王を慕っていたのかが手に取るように分かった。
この質問に答えるべき人は決まっていた。
「違います」
小狼君は冷静に答える。
「もしそうだとしても、2人の王はもういません。
もし2人の王の亡きがらか、形見が見つかったら、離さず一緒に葬って差し上げてください」
小狼君の哀しみも分かったのだろうか。
倶摩羅は俯き、肩を震わせていた。
