紗羅ノ国
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二人の戦はほんの紙一重のところで決着がつかない。
(どちらも本当に強い。
王としての、心が)
不意に迫りくる殺気に振り返ると大きなくの字型の飛び武器が襲いかかってきており、それを刀で流す。
「黒鋼、と言ったか」
振り返ればあれだけ大きな飛び武器を器用に片手で受け止めている男がいる。
先ほど夜叉を狙っていた男だ。
天魔・空竜閃をうけてこれだけ動けるとなると、この男もそれなりに強い。
「この倶摩羅が相手を致す」
どれほどの思いで阿修羅に忠誠を誓っているのかが、その瞳から受け取れた。
「相分かった」
相手は遠心力を使い、風を切って飛び武器で殴りかかる。
それを受け止めると腕がしびれた。
「私の攻撃を受けれる男がまだ夜叉族にいたとは」
ギリギリと押され、力勝負では敵わないこと感じる。
俺は咄嗟に肩口につけておいた針を口に含み、倶魔羅の乗る馬の腹めがけて飛ばす。
うまく刺さったらしく、馬が急に暴れ出し、舌打ちをしながら馬から飛び降た。
(士気は認めるが、この程度であれば)
「やり方が汚いぞ!!」
倶摩羅は武器を投げてくる。
「戦場でそんな事に拘っていては死ぬ……」
攻撃を避けようとして不意に近い背後に気配を感じ、振り返れば夜叉と目があう。
はめられたと思った。
(やり方が汚いのはどっちだ)
夜叉の向こうからは阿修羅が刀を振る。
彼の体が不安定に揺れているのは熱のせいだろう。
このままでは刀を受けることはできないのは目に見えている。
辺りを見回すがこちらの手助けができる人員がいるわけでもない。
俺は覚悟を決め、刀を右手から左手に持ち替えた。
馬の背から夜叉の馬へと飛び移り、夜叉の後ろから右手で手綱を強くひく。
乗りなれぬ馬の手綱は利き手で扱う方がいいと思っての判断だ。
目の前で馬が勢いよく立ち上がったため、阿修羅は咄嗟にそれをかわすために攻撃を止めざるを得ない。
立ちあがった反動で、左手の蒼氷で倶摩羅の飛来具をいなそうとするが、流石にそれほど容易くはなく、腕に強い衝撃が加わった上に止めきれなかった余力で肩にぶつかり、激痛が走る。
骨折は免れているだろうが、かなりの痛手だ。
馬が驚いて走り出し、俺はそのまま地面に投げ出された。
再び目を開けた時には世界が揺れ、城門前の広場に蹲っていた。
心配してくれたのか、自分の馬が戻ってきて鼻先をすりつけてくる。
「黒鋼!無事か!?」
それを追うように駆けてくる夜叉。
彼も彼で体が辛いだろう。
顔色がかなり悪い。
「大事ない。
城に戻ろう」
痛む腕に気が向かないよう、急いで馬に飛び乗る。
夜叉もそれを認めると城への道を歩き出した。
城が急に騒がしくなった。
兵たちが帰ってきたのだろう。
となれば、黒りんも一緒だ。
部屋から出ようとしたが、出たところでどこに行けば会えるのか、それを聞く手段もないことを思い出し、立ち止まる。
なんとも手持無沙汰な時間で、そわそわする自分が馬鹿らしく、嘲笑を洩らす。
サクラちゃんと小狼君とはぐれてしまった時点で、自分の旅の目的は失われたも同然だ。
オレの関わり方は、他の3人とは異なる。
オレは、サクラちゃんが旅を終えられるように兎に角守らないといけない。
(だから、黒りんなんて関係ない)
その結論まで達すると、オレは布団にすとんと腰を下ろして、外を見た。
明るい月明かりに目を細め、障子を閉める。
そして、布団をかぶって横になった。
だがしばらくして飛び起きる。
(違う……サクラちゃんと逸れた今のオレの旅の理由は……?
あの子に名前を返すことだけ……?)
もちろんサクラちゃんを探すのが第一だ。
でももし彼女と逸れたままになるとしたら、それはオレが本来背負わされた旅の目的から切り離される事を意味する。
ーー果たしてそんな偶然があり得るのかの話ではあるが。
しばらくして部屋の戸が開く音がする。
彼女ならば気配なく帰ってくるはずなのに様子がおかしい。
振り返れば水の音と共に真っ黒な瞳とぶつかった。
何かを黒りんは口走ったが、なんと言ったのか聞きとれなかった。
「黒りん?」
右手に桶を持っている。
月明かりに、彼女が汚れていることは分かった。
「Надоело. Хорошо?」
(お疲れ、大丈夫?)
聞いても彼女はちらりとこちらを見るだけで返事をしない。
そこで、言葉が今通じなかったことをふと思い出す。
だが、彼女を見ていればかけた言葉の返事はすぐに分かった。
(左腕を怪我している)
俺はだまって立ち上がり、そばに歩み寄る。
じっとこちらを見ていた彼女は、諦めたようにひとつため息をついた。
そしてオレに水桶を押し付けると、その場に崩れるように座り込む。
焦ってオレもしゃがみ込んで様子を見ると、いつもより呼吸が荒く、辛そうに目を閉じている。
高麗国で傷ついた時でも強がってばかりだった彼女が見せる、辛そうな様子。
以前のオレの前では決して見せなかった弱った姿。
言葉の壁のある今、彼女はオレに、全てを隠さずに見せる事に決めたのだ。
その事実がオレの胸にドンと音がなるほどの大きな衝撃を与える。
震えるようなその衝撃ーー一言で喜びと言い表せるわけではなかった。
何かが動き出す予感がする。
妙な高揚感が湧いてきて、それを取り繕うのに労した。
この目の前で荒く息を繰り返す苦しむ彼女の手を、ようやく掴めたかのようなそんな達成感は、オレの頭をおかしくさせてしまいそうだった。
己の心に鞭打って平生を取り繕う。
何せ目の前の彼女は苦しんでいる。
外からでは切り傷は見えないから、打ち身だろうか。
オレは服の合わせ目に手をかけ、うかがうように黒様を見る。
「頼」
呟かれたのは戦に行く前に教えてもらった言葉。
会話が成り立つ小さな喜びと、至近距離で伏目の長い睫毛を見下ろしながら彼女の着物の襟に手を掛ける事への奇妙な高揚感を覚えつつ、オレは服を脱がせる。
左肩に不意に指先が触れた時、彼女の体が強張った。
ちらりと顔色をうかがうと、表情はいつも通り伺うことはできない。
脱がせかけた手の下で肌が赤黒く変色しているところを見ると、酷い打ち身か、悪ければ骨折と言ったところか。
先に右腕を脱がせ、できるだけ腕に触れぬように服を脱がせる。
白いさらしの巻かれたなめらかな肌が、痛々しく変色している。
表情には出ていないが痛みに耐えているのだろう。
さほど暑くもないのに汗が伝う。
鍛えられた体は美しく、そして艶かしかった。
オレは彼女の肌から視線を引き剥がすと手ぬぐいを桶でしぼり、その打ち身に広げて乗せる。
熱を持って腫れていることは触れればすぐに分かった。
「Это не лишено смысла.
Если травма, как черный, я тоже горевать даже вы Mokona также Syaoran сакуры.」
(無理はしないで。
黒様が怪我をすれば、サクラちゃんも小狼君もモコナも悲しむよ)
言葉が通じないとわかっていても、言ってしまう。
黒様は分かっていないだろうに、ひとつ頷いた。
治癒魔法が使えたら、状況は変わっていただろうけれど。
黒りんは強い。
強い黒りんが怪我をするくらい強い相手なのか、それとも誰か、たとえば夜叉王をかばって傷ついたのか。
嫌な予感はこれだったのだろうか、と思う。
自分がついていれば何かできたかもしれない。
手ぬぐいはすぐに熱を吸ってぬるくなってしまう。
もう一度水につけてすすぎ、肩を冷やす。
黒りんは静かに目を閉じていた。
いくら戦に慣れているとは言っても、疲れるに違いない。
顔色も悪い。
オレはとりあえず布団を敷き、黒様の傷ついていないほうの手に触れ、彼女の目が開いたのを確認してから布団を叩いた。
彼女は億劫そうに目を開け、それで意味がわかったのだろう。
軽く頷いてから布団まで這うようにしてやってきた。
オレは彼女の肩に負担がかからないよう、うつ伏せになるのを手伝う。
共に旅をしていれば彼女の体に触れること等何度もあったし、背負われたこともあったけれど、これほど細くて壊れてしまいそうに感じたことはなかった。
もう一度手ぬぐいを変えようとするオレの手を黒様は掴んで首を振り、オレの布団を指さした。
寝るように言いたいのだろう。
だが、流石にこの状態で放置することはできない。
きっと彼女は情報を集めるために戦に行った。
本来オレも行くべきなのに、一人で行って傷ついた。
俺は首を振って、手ぬぐいを絞る。
眉を寄せている彼女に気づかないふりをして、肩に手ぬぐいを乗せた。
なかなか腫れは引かないが、彼女はこの傷のことは誰かに言ったのだろうか。
(言うはずないよねー)
ここまでの旅で彼女がそんなことをしないと言うことはよくわかっているつもりだ。
そうなれば自分がすることはひとつしかない。
(だって、用心棒の黒むーが倒れたら、あの人だって困るし)
そう胸の内で呟くけれど、どこかもやもやは残っていた。
「放」
この状況で何度も言われれば、言葉の意味もわかるというものだ。
俺は鎧を強くつかんだまま、笑顔で首を振る。
放すわけないじゃないか。
戸の向こうで困惑した声が再びかかる。
「直行」
昨日も聞いた言葉だ。
こちらの意味も、もうわかる。
わかるからこそ、オレは彼女を鎧ごと引っ張っていって、戸を開けた。
一人の兵士が目を丸くしている。
俺は鎧を指さし、自分を指さした。
後ろで黒様がため息をついている。
目の前の兵士は意味がわかっていないようだ。
(困ったなぁ)
不意に肩に手が触れられ、部屋に入れられる。
黒様が代わりに兵士と会話をしているようだ。
何を言っているのかは分からないが、兵士はひとつ頷くと廊下を走ってどこかに行ってしまった。
部屋に戻ってきた黒りんは眉を寄せている。
「ファイ行、頼」
その言葉に、自分の希望が通ったことが分かり、笑顔を作って頭を下げた。
大人しく黒りんが鎧をつけるのを手伝う。
手伝い無用、と言った顔をされたが、やはり怪我をしているのだ。
楽できるときに楽しておいてもらわないと困る。
しばらくして戸の外で声がし、黒りんが応対し、戻ってきたときにはその手には着物と鎧があった。
オレはそれを受け取り、着ようとするが、まだどこでどう紐を結ぶのかわからず、黒りんに着つけてもらわなければいけない。
「спасибо」
ありがとうと言っても、黒りんは反応しない。
(言葉、通じないんだよね)
ただ一言、どんな子供でも知っているはずのお礼の言葉を述べただけなのに、
いつも通り軽く言っただけなのに、
その言葉を理解してくれない。
理解し合えない。
でも、それをここの言葉でなんと言うのか、聞きたくてもどことなく聞くことは憚られた。
