紗羅ノ国
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鈴蘭さんのお世話になっているうちに、いつの間にか今日の興行に出ることになってしまっていた。
姫は綱渡り、おれは花籠を用いた軽業。
(もし黒鋼さんとファイさんがいたら、どんな演技をするだろう。
ファイさんは身軽だしバランス感覚もいいから、空中ブランコなんかも簡単にやっちゃいそうだ。
黒鋼さんは剣、だよな。
騎乗演舞でも出られそう……)
そして一つため息をつく。
二人は今、ここにはいない。
モコナがここにいるからおれ達は言葉が通じるけれど、二人は大丈夫だろうか。
あの陣社の人たちに捕まってしまっていたら、と思ったところでそれはない、と思い直す。
自分の足であれだけ倒せるのだ。
(黒鋼さんがやられるはずがない)
「小狼君、大丈夫?」
不意にかけられた声に顔をあげれば、不安気な姫の顔。
「考え事?」
その腕の中でモコナが尋ねた。
「いえ、ファイさんと黒鋼さんならどんな演技で出るかなと考えていたんです」
姫をわざわざ不安にさせることもない、とおれは笑顔を浮かべた。
この話題には二人とも食い付きがいい。
「ファイは軽いからなー
トランポリンとかもできそう!」
「でもほら、お馬さんに乗って逆立ちしたりとかもできそう。
ファイさん器用だもん」
「あ、でも手品とかもいいかも!
ファイ手先器用だもん」
「そうね、観てみたいなぁ」
「黒鋼はねぇ、剣を使って空中曲芸をしたらかっこいいと思うの!」
「素敵!私もそう思う!」
楽しい会話。
ただ、それはここにいない二人の会話。
(二人は絶対大丈夫)
その自信はあるけれど、どうか早く会いたいと思ってしまう。
これは己の弱さからも来ることだろう。
(こんなんじゃ黒鋼さんに怒られるな)
「ねぇ、小狼はどう思う?」
モコナに声をかけられ、おれは、と言葉を紡ごうとしたとき、大きな揺れに襲われた。
慌てて姫を支える。
「な……何?」
慌てて外に飛び出す。
肌を刺す、強い念。
ぞわりと背筋に悪寒が走った。
(この感じ……)
空を見上げれば、真っ二つに割れた空と、その割れ目で渦を巻くどす黒い何か。
「……阿修羅様は!?」
近くに立っていた鈴蘭さんがはっとしたように駆け出す。
おれ達も気になってその後を追った。
激しい揺れに提灯を吊る紐は切れ、建物は傾き、酷いことになっている。
「倒れたり傷ついたりしちゃいないだろうね!?」
何とか御堂にまで駆けつけて扉を開け放った。
その中に佇む阿修羅像は、静かに紅い炎をあげていた。
鈴蘭さんは目を見開き、阿修羅像に駆け寄る。
「阿修羅様はあたし達一座の守り神、これが阿修羅様のせいじゃない!」
鈴蘭さんの背中は、どこまでも悲しそうで苦しそうで、震えていた。
みしみしと御堂も音を立て始める。
崩れるまで時間の問題だろう。
「じゃなきゃ本当に、あの人に会えなくなっちまう……」
その言葉にどきりとした。
鈴蘭さんは鈴蘭さんの大切な誰かの事を言っているんだろう。
「それはどういう……」
緊張で掠れたおれの声は、ガタガタと揺れる建物の音でかき消されてしまった。
彼女の言葉はおれ達にも当てはまる言葉だ。
黒鋼さんとファイさんとこの騒動で会えなくなってしまったら、どうなってしまうだろう。
おれ達にはモコナがいる。
でも2人は世界を渡る術はない。
この先数えきれないほどある世界の中で再会できる可能性など限りなく低いだろう。
ファイさんの魔法の知識や勘、機転の良さや優しさ。
黒鋼さんの剣の腕や観察力、行動力。
2人にこれまでどれほど助けられてきただろう。
おれ一人で、姫を守れるだろうか。
全てが不安でしかない。
「小狼くん……」
不安気に呼ぶ声にはっとする。
そしてその時、同じく大きなショックを受け、不安に苛まれた日を思い出した。
そんなおれに黒鋼さんは言ったのだ。
ー下を向くな。
やらなきゃならないことがあるなら、前だけ見てろー
姫を振り返り、笑ってみせる。
守れるのがおれだけなら、おれが守り切らなければならない。
黒鋼さんと誓った通り、必ず生きて事を成し遂げる。
「大丈夫、姫は必ずおれが守ります」
ファイさんと黒鋼さんに、胸を張ってまた会えるように。
「空が割れる!」
激しい揺れに慌てて外に飛び出す。
声の通り、見上げた空は真っ二つに割れていた。
そして、体に感じるこの感覚。
「なんか、とんでもない感じなんだけど」
男の言葉に刀に手をかけた。
「とんでもない殺気の塊がある」
まるで戦場のようだ、と思った。
「これは阿修羅像のせいに違いねぇ!」
「そうだ!
ぶっこわしちまえ!」
周りで士気高く拳を振り上げる男達。
異様な空気感に眉を顰める。
「やめなさい!!」
不意に辺りに大きな声が響いた。
激しい揺れの中でも、男達を黙らせる気迫。
なるほど、これは陣主と呼ばれるだけある。
「たとえ争乱を呼ぶと言われていても神の像。
壊すことは許されません。
それよりなぜこのようなことが起きているのか、これから何が起こるのかを確かめる方が先です」
いつになく厳しい表情を見せた蒼石は、踵を返し姿を消した。
夜叉像の方に行くのだろう。
男と顔を見合わせ、俺達も像の方へと回った。
「サクラちゃんの羽根が関係あるかもね」
走りながらぽつりと男が呟いた。
強大な力、これほど大地を揺るがすことがあの羽根にできるのだとしたら、何とも恐ろしい気がする。
夜叉像の部屋の扉は既に開いていて、中には蒼石が佇んでいた。
脈打つ像に、男は目を細める。
「夜叉像が、また血の涙を……」
紅い赤い涙。
悲しげに零れる鉄の香。
ドクン
一際大きく脈打つと、蒼い炎をあげて燃えだした。
これは、ただ事ではない。
「……近づいてくる」
何が起こるのかわからない。
離れてしまった姫と小僧はどうなっているのか。
彼らはこの事態に巻き込まれているのか。
心配は尽きない。
不意に慣れた感覚に身体を見下ろせば、消え始めている。
この消え方は、まさか。
「えっ移動するの!?」
引き寄せられる先を見上げる。
空の向こう側から禍々しい気配が流れてくる。
そのおどろおどろしさが何処か懐かしく、恐怖と期待のせいか身体中が脈打つ。
(少女の羽根、か)
きっと、空の向こうにある。
ただ問題は一つ。
(少年らと同時に移動せず、まためぐり合うことができるのか)
何を考えても仕方がないのかもしれない。
あの3人だけを旅に送り出すのは不安しかない。
だがもし、全てが必然なのであればーー
「黒鋼さん、ファイさん!?」
俺達を見て驚く蒼石。
不安げな表情、彼にも守らねばならぬものがある。
きっと彼の心は今、焦りと不安と心配と罪悪感に苛まれているに違いない。
「心配いらない」
そう言ったつもりだが、どこまで彼に届いただろう。
俺達は空の向こうへと吸い込まれていった。
地面に足がついた。
辺りを見回せば、黒い瞳にぶつかり、紫電に反応して後ろに飛びのいた。
久しぶりに感じる鋭い殺気だ。
危ない危ない。
「御前?」
かけられた言葉は初めて聞く物で、意味は分からない。
ただ、その声に聞き覚えはある。
姿形も見覚えはある。
「Как и черный?」
黒様、と、いつものように呼びかけたのに、相手も首をかしげている。
やはり違うのだろうか、とも思う。
大きな理由は瞳の色。
目の前の黒様は、あの血を思わせる紅ではなく、漆黒の瞳。
ただ、黒様と思しき人の持つ刀は間違いなく蒼氷だろう。
今の身のこなしも、見覚えがある。
それに服が蒼石さんに貸してもらった着物と同じものを着ている。
(……じゃあやっぱり黒りん?)
オレは戦う意思がないことを表すために両手をあげて笑顔で近づいた。
殺気を出すことなく、どこか胡散臭げな目で見ているところを見ると、彼女も俺だと気づいて警戒を解いてくれたのだろう。
彼女はオレが近づくと刀を横にしてその刀身を指さした。
首をかしげつつ、それを見る。
刀身はいつも通りだ。
よく磨かれたそれは、何も変わりない。
オレは一瞬なにもないよ、と言おうとして、目を見開いた。
「Ученик черный!」
(瞳が黒い!)
思わず声を出しても、きっと彼女には伝わっていないのだろう。
だが、驚いた内容は理解してくれたらしく、頷いている。
ところで彼女は気づいているのだろうか?
自分の瞳も黒いということに。
オレは同じように刀身を指さして黒ぽっぽの方に刀を押し返す。
黒ぽっぽはまさかという顔をして、刀を見、目を見開いた。
「又俺同……」
聞き覚えのない言葉だが、俺もか、と言ったのだろうことはわかって、オレは思わず笑ってしまう。
言葉が分からないと言うことは、モコナ達とはずいぶん離れてしまったということだろう。
辺りを見回すが、どうやら森の中にいるらしいことは分かった。
黒ぽっぽを見ると、少し首を傾げてから、おもむろに指をさした。
とりあえず歩くしかないといったところだろう。
黒様の指先に進んでいくと、道に出た。
忍者の感ってすごいな、と思う。
流石黒りん!と囃そうとして、自分の前に黒い頭が現れた。
「若無戦気、退」
そのデジャビュに、彼女のいいたいことを理解する。
(戦う気がないなら下がれ、か)
彼女の頭の向こうに見えるのは、黒様と同じように黒い長髪に黒い瞳の男性。
「何誰也?」
その言葉の響きは、黒様の使っている言葉に似ている。
もしかして、これは……。
「吾黒鋼也。
斯浮亜依也。
非吾等怪者。
旅者也」
黒りんの口からすらすらと異国の言葉が出てくるのは不思議だった。
男性はじっとオレ達を見て、それから微笑みを浮かべた。
どうやら納得してくれたらしい。
「来」
そういう男性に黒りんは一つ頷く。
オレの方を向いて、唇にそっと指を当てた。
(口をきくな、と言ったところかな。
話せないふりをしろっていうことか)
オレが頷くと、黒様は男性の方に歩いて行った。
「吾夜叉也」
どうやら男性が名乗ったことは理解できる。
その名前が、ちょうど少し前に聞いたものだったから。
